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はちみつ色の狼

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この兵舎は、昨日事故があった研究室のすぐ隣にあり、4人の防毒服の人間が、なにやらレポートの用紙にチェックをつけ、昨日の研究室へと続く通路を歩いていく。他にも白衣を身に着けた人間もいるが、その人間達はこの兵舎ではあまり見かけない顔ばかり出合った。
多分、中央の人間がこちらへ経過観察かなにかできているのだろう。
事故なのか、テロなのか?どちらとも取れる出来事であったので早急に調べる必要があるのだろう。
ジャンはそう考えながらもどこか、少し人事のような気がしていた。
実際にはあの研究室で一歩間違えていれば死んでいたかもしれないのだが、自分が傭兵部隊の兵隊であり毒ガスなどの知識が全く無いことと、体力に自信があっても考えることや調べることが苦手だと言うことに比例してのことであろう。

・・そういや、昨日あんなことがあったのが遠い昔みたいだな。

ぼうっと考えるのは、昨日見つけた緑の遺体に、そのスプラッタな解剖シーン、そして・・・唇。

唇・・?!


「忘れろ、忘れろ!!!」


唇の部分以外はもう、薄ら覚えになって遠い昔などとさほど感慨などはないのだが、ことさら忘れようとするとそこだけズームアップされる記憶。
柔らかな桜色のぷっくらとした唇に、白いうなじ。金木犀のようないい香り。

「・・・・・くっそ。」


視線を廊下へと戻し、歩みをよりいっそう速めてトイレの目の前へと行き着く。
トイレには誰もはいっている様子も無く、その周辺は幾分静けさが感じられた。

ドアに手を掛ける。

そういえば、朝浴びたシャワーついでに見た顔には、目の下に大きなクマが住み着いていて柄も言われないようなひどい顔をしていた。
なんだかんだと考えた末寝たのは、ほんの1時間やそこら。
砂漠での体力仕事に加え、精神衛生上よくない考え事が重なるといくら体力に自信がありタフな自分でも疲れが出る。

欠伸をしながら手を掛けていたドアをゆっくりと開き、自分の身を中に滑り込ませる。
するとそこには、思いもしなかった人物の顔があった。

「ぅ・・・げ。」

思わず出た声。
ジャンは、ぎょっとした大きな眼のままでその開いたドアの中にいる人物の顔から視線が離せないでいるが、男の方は、忙しそうに白い素肌の上にシャツを羽織っている。
その男は、朝からジャンの頭の中で暴れまわる妄想劇場の主、ジン・ソナーズ大佐その人であった。


「・・なんだ、その狐に抓まれたような顔。」


一瞬だけそちらを見てジャンの表情が不満なのか、眉間に皺を寄せてどこで仕入れてきたのか真新しいシャツの袖口のボタンを留めている。
柔らかそうなそれでいてすこしだけ長すぎる前髪が邪魔なのか、ボタンを留めながらも前髪を気にしている。
そのなんとも自然な様子を見て、やっとの思いで口に出した言葉は、思ったままのそのままでなんだか馬鹿っぽい響きである。

「な、なんであんた。まだここにいんの?!」
「あんた???」


あんたと言う言葉で、またしても眉間に皺を寄せるジン。
確かにここはもう飲み屋でもなんでもないので敬語を使うのが当たり前。
ジャンはすんませんと呟きながらそれまではトイレドアの前に立ち止まっていたが、中に入って行き言いなおす。
洗面所の鏡の前には、でかい金髪と小さい黒髪の男が二人。


「なんで大佐が、ここにいるんですか?・・・・まだ。」


そうだ、なんであんたがここにいるんだよ。人んちからなんも言わずに逃げ出して、もう一生会う事はないだろうとおもってたのに。
なぜか、思わず口調が荒くなる。
別段彼は悪びれる様子も無く口を開く。

「今朝一番の電話でこっちに残るようにと総督府の連中に指示された。昨日の毒物事件で、医療従事者の死者が出たのでこちらに医者が派遣されるまでの応援だ。」

なんとも、当たり前のような言葉。
だが、そんな答えを自分は求めているわけではない。

「なんか言って行くとか、」

そう言ってみて、我ながら少し女々しいと感じたが聞かずにはいられない。
人の家に泊めてもらい、礼も何も言わずに去っていった人間は、この目の前でボタンに悪戦苦闘している人間、その人である。


「・・・。」

その言葉に少し詰まり、止めていたボタンから指を外しこちらを文字通りじろりと見るジン。
何っ?!とジャンは勢いに任せてジンを睨みつけるが、この男からしてみれば睨みつけられるなんて身に覚えのないことなのだろう。
だが、ジンはその睨みをすっと避けるように、視線を避けると少しだけ口を開いてこう呟いた。

「すまなかった、・・・ありがとう。昨日は、泊めてくれたようで・・。」

思いも寄らなかった言動に、目を丸くして少し動揺するジャン。
えっらそうな態度しか取れない大佐職の人間でもちゃんとお礼も挨拶もできるんだ・・・と少しの感動を織り交ぜた感想を持ちつつ、いいですけどと呟く。
だが、そのすぐに続いた言葉で、先ほど呟いた”いいです”けどの言葉も撤回したくなったのだが。

「しっかし考えても見ろ、新しい職場の初日に朝帰りのような事ができるか??それとも、俺に昨日と同じ服装で同じ匂いでここに来いと?いや、昨日よりも酒の匂いも汗の匂いも酷い・・。」
「・・、ぇ・・・、」
「おはようジャン・シルバーマン少尉、心を込めて珈琲を入れておいたわ、とかそういうのを求めていたわけじゃないだろう・・に。」

ぶつぶつと紡がれていく言い訳というか、えらそうな言い分。
ジャンは、呆然と聞き入っていたが放って置くともっと長時間語られそうなので、「・・・・あなたのおっしゃるとおりです。」と話を打ち切りに掛かる。
打ち切られた筈なのに、まだ心なしか動いている口元を見てジャンは思わず眉間に皺を寄せるが、ジンはそれを見るまでも無くすぐに自分のボタンへとまた取り掛かる。
そして、静けさが舞い戻る。
昨日の酒場でのあの楽しかった出来事も、雰囲気も嘘のような日常。
あの酒場では、あんなに笑顔を見せて笑いかけスキンシップまでして家にまで泊めたのに、理不尽なこの雰囲気の悪さになんだかジャンは気分が悪くなる。
それに、なんで、こんなにまでただ二つばかりしかない、腕のボタンで苦労をしているのだろうか?
疑問に思うのは当然である。もし、うまく嵌らないのであれば嵌めなければ済む話であるだろうに。
大佐である以上、なのかどうなのかボタンを嵌めるのにプライドも何も無いだろうに。


「ボタン、すっげぇ苦労してますね・・。」
「・・このボタン、小さすぎる。」
「外したまんまにしといたらどうっすか?」


正直な質問をして鏡越しに眉間に皺を寄せながらも一生懸命にボタン嵌めに取り組むジンを尻目に、自分の頭をポリポリと掻きながらトイレの中へと入っていくジャン。
本当は、小便なのでもちろん便器は外のほうでよかったのであるが、なんだかボタンで苦しむ上司の横で用を足すのもなんだか緊張して出る物も出なさそうなので中へと入ることに下のだが、
入る途中に聞こえた”大の方か・・。”と言う小さなジンの呟きに、思わず、「小です!!」と叫んでしまうジャン。
もちろん、この場には二人しかいないのであるが少し恥ずかしさを感じるのは言うまでも無い。
作品名:はちみつ色の狼 作家名:山田中央