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はちみつ色の狼

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「先ほども、いいましたが・・・。」
「・・・敬語は使用禁止、えらそうにしない。」

ジンは、言われた通りを眉間に皺を寄せながら呟く。
ジャンは、隣でため息を吐きながらその様子を見つめ、すぐさま目の前にある木製の年期の入った扉へと視線を移す。
扉には、誰かが手書きで書いたのであろうか下手糞な赤字で、「Hendersons(ヘンダーソンズ)」とある。
ドアのノブに手を掛けてもう一度その顔を覗き見ると不機嫌そうな顔がそこにはある。


「不本意そうな顔・・・だけど。」
「ああその通り。・・・・だが、俺は役はこなせる男だよ、ジャン。」


はいはいと、ジャンは投げやりに言いながら扉を開くと外では感じ取れなかったざわめきがそこにはあった。

もうすでに出来上がった者や、今から楽しもうと二人と同じく扉から入る者。
口々に何かを話しているのだが、まるで片言の違う言語に聞こえるから少し笑いを誘う。
多分だが、東部と西部とでは方言というのか違いが多々あるに違いない。
先ほどまで不機嫌そうだった顔のジンも今はその熱気と言うか、騒々しさに飲み込まれ目を大きくなるにしている。
それだけ、この小さな「ヘンダーソンズ」と言う店が人気があるのか、ただ大祭の騒ぎでこんなに多いのか・・。
室内は、木製の床に木製の壁と木で覆いつくされているが客の絶え間なく吸うタバコの性なのだろうか、その壁の色はもうすでにニコチン色というか、黄土色くらいに変色をしている。
ドアのすぐ傍の窓には、この町にあるカフェや、雑貨店、他にもいろんな店の小さな広告が所狭しと張られそれによって外からの視線を排除しているようにも見えた。
長年使い込まれているであろうプール台には、破れた部分も見られるがそんなことは気にしないとばかりに皆玉の打ち合いに熱中し、そのすぐ傍にある電話ボックスには、カップルらしき二人ずれが狭さにも負けずにビールを片手に中で愛を語り合っているようにも見える。

二人はそんな中、カウンターへと進んで行こうとするが、鼻先にもう何十にもの人間がいてなかなか前へは進むことが出来ない。
大勢の”大人”と呼ばれる人種が、総勢30〜50名は集まっていて、踊ったりビールを胃の中へと流し込んだりしているのだ。
殆どの人間はこの町に住んでいる所謂顔なじみであるが、大祭の観光客が数名紛れ込んでいるようでもある。
観光客は、東部や北部などでおなじみの白い肌で日焼けしていないおのぼりさんが多いようであったが、その客も今日ばかりは無礼講と町の連中も入り混じって楽しく飲んでいるようである。

入り口から酒のカウンターまでは、3mもない位置ではあるが平均サイズのジンは、西部の猛者に飲み込まれ先に進むのに時間を要する。
ジャンは先に進もうとするが、それはそれでこの自分よりも身長の低い人物を迷子にしてしまうのではないか?と心配でしょうがなく自分のすぐに目の届く目の前に配置したと言うわけである。

BMには西部の曲をLiveで演奏するミュージシャンが、いつもはなんの変哲も無いワインバーのカウンターを改造した特設ステージで演奏をしている。
ギターに、ハーモニカ、バイオリンに笛。開拓時代の音楽そのままにまるで皆踊りださずにはいられない景気のいい、カウボーイでも出てきそうな昔馴染みの曲が流れている。
そのステージの丁度目の前に通り、酒が頼めるカウンターへとゆっくりと進んでいると、ジンが急にジャンの方へと振り返り、甘い声で歌っている歌手の方を指差した。
真ん中にいる歌手は、これまたお馴染みでロングブロンド、そばかす顔、愛嬌のある笑顔でいつの間に気がついたのかこちらに手を振っていた。
ジンは、先にこの視線に気がついていたのだろう。


「彼女は知り合いか?」
「・・顔なじみっすよ。」
「ただのか?」
「・・ええ、まあ。」
「へえ、それにしては・・・、」


その後にジンがステージに振り返ると同時に、彼女はジャンに向かって投げキッスを行う。
それを見てそのままの体勢でジンは呟く。


「ここでは、ただの顔なじみにキスを投げるのか。」
「・・・・・ぇ、ぁ。」
「そうなのか・・。」
「・・・い、いや前の彼女っす。」
「へえ、前のなぁ。結婚しようとしたとかかな。」
「って言っても学生時代です!今は、友達です!!」
「そんなに興奮しなくてもいいだろ?ただの友達に・・。」
「・・・・。」


それに俺は、別に質問をしたつもりもないし、答えろと言った覚えも無いとジンは、しらっとまた飲み物のカウンターの方へと歩みを進める。
残されたジャンは、数分呆然とその場に立ち竦んでいた。
心の中に渦巻く、この言いようも無い感情。殴りたい、この男を殴りたい。
だが、殴れない。ホテルも取れない駄目上司だが、上司は上司なのだ。
震える拳を握り締め、その後を追う。

ジンは、すでにカウンターで自分の飲み物を頼み、それを待っているところであった。
ジャンが来たと同時に彼の前に出された飲み物は、トロピカルな傘付きのかわいいピンク色をしたカクテルであった。


「な、なんすか!!!それっ!!!」


少し笑いを堪えながらその横に立ち、カクテルを手に持つ彼の顔を覗き込むとジンは、それを隠すように横手にもち笑うなっと口の中で言う。
その様子に、またもや噴出してしまいそうになりながらもカウンターへと向き直り、オーダーへと向かう。
オーダーを取る男は、ジャンと同じかそれ以上に大きく開拓の町の人間特有の肌の色をしている。
彼は忙しいのかカウンターの台の上にある注文の紙と睨めっこをしているのか、全くジャンの顔をみることはない。
それどころか、顔も見ずに気配だけでオーダーを取ろうとしている。

「何にします?」
「んじゃ、とりあえずビールでお願いするよ、ドイル。」
「???へっ?」

紙の上で滑らせていたペンが止まり、名前を呼んだ人物の方向へと視線が向けられる。
さきほどまで眉間によっていた皺も消え、その顔は驚き、すぐに笑顔にかわっていった。

「ジャンじゃねぇかっ!!!おい、サラ!!」

カウンターの奥の方から顔をひょこっと飛び出る少し小太りだが愛嬌のある顔。
その表情は、少し嬉しそうな笑顔であった。
作品名:はちみつ色の狼 作家名:山田中央