はちみつ色の狼
「ヘンダーソンズ」は、駅の方角とは反対の少し町の外れにありそこに行くまでにいろんな人間とすれ違う。
赤と黄色と緑のカラフルな鉢巻や、ネクタイをした男達。
顔にカラフルな色の化粧を施した女達。
そこに紛れ込んだ子供に、それを追いかける大人。
この雰囲気はいつでも、わくわくする。
いつもの町なのに、大祭の夜の町はいつもと違う匂いがするような気もする。
先ほど、車で通り過ぎてきた電飾の下も今は綺麗にライトアップされてなんだか、クリスマスのような雰囲気をかもし出す。
あと、鈴とサンタとトナカイさえいれば本当にクリスマス気分だなと考えずにはいられない。
「シルベウス大祭と言うのは、実際のところどんな祭りなんだ・・・?」
ぼそっと呟かれる言葉。
隣をゆっくりと歩くジンは別段質問というわけではなかったが、ジャンは律儀に答えを探しそれを声に出した。
「シルベウスの大祭は、古来・・まあ、何年かは知らんのですが、大分昔からある祭りで、
祭りの象徴は、シルベウスの流星群の到来とそれと共に訪れるであろう秋への実りを祈る祭りみたいなもんです。」
「・・・・へぇ。」
ジンは、目を丸くして語っているジャンの顔をじっと見ていたが、急に笑いだした。
「な、なんです?」
「お前、おもしろいな。俺ぜんぜん質問とかしていないのに。」
「・・・はあ、すみません。」
「まあいい。・・・ところで、なんでそんな詳しいんだ?」
「俺、ここらの生まれじゃないんですけど、まあ、物心ついた時にはここにいたからっちゅうか。まあ、だいたいは、この祭りもこの町もすきだって言うか。」
「・・・・・何時からその大祭は始まるんだろうか。」
また、独り言のような質問のような言葉に律儀に答えを言おうとするジャンを静かに制するジン。
「これは、別に質問をしているわけではないよ。」
「わかってますよ、ただ俺の知ってることなんでお教えしても問題ないでしょう。」
「・・・そうだな。」
「毎年だいたい11時30分から12時の間の30分くらいかな?」
ジャンはそう言うと今は少し遠く離れたコンコースの時計台に目をやり、もう少しですねと呟く。
二人の足は止まることは無く、ただ店のあるほうへと進んでいく。
「街中じゃ、祭りの最初に雷みたいな音の太鼓を叩いてみんなで空を見上げるんですよ。」
「へえ・・・。」
「ついでに言うとこれは、今日から8日間は見られます。豆知識ですけど。」
「・・・役に立ちそうにない、豆知識だな。」
ジンは少し笑いながらまた空を見上げた。
「・・・俺の友達は、今頃大祭のクィーン達を見に行ってんです。」
「その方が楽しそうだな、・・・ごつい男と飲むよりも。」
町は、先ほどよりも活気があるように見える。
通りを歩く人間達も普段は見ないような格好をしている者もいれば、こんな夜更けには似つかわしくないような子供たちまで大祭の始まりを待ちわびている。
そんな子供達の手には、小さな太鼓と撥が握られ今か今かと空を眺める。そんな子供達を眺める大人たちも今日は微笑を浮かべてビールを片手にこちらも同じく大祭の始まりを待つ。
「この地区では、あんな小さな子供がこんな遅くまで起きているのか?」
ジンの視線の先を見ると、3人の子供達が笑顔で走っている姿が見える。
もちろんその疑問はもっともである。ただいまの時間11時半過ぎ、まもなく、12時なろうとしているのだ。
普段であれば、子供はベットに入り睡眠をとっている時間である。
「ああ、あれは無礼講です。この大祭の週だけは子供も好きな時間まで起きてても怒られないんですよ。」
「・・・へぇ。」
「下にも、子供の作品があるんですよ。」
「した・・?」
ジンは、下を向きながらその子供達の作品を探すがなかなか発見できないようで眉間に皺を寄せている。
苦笑しながら、ジャンがこれですと指差すとああ、なんだとジンはその物の目の前で立ち止まる。
「鏡の作品。」
砕かれた鏡と色違いのタイルを砕いて作られた魚や、鳥のモザイクがいろんなところにところ狭しとある。
道路の一部と一体化していて人目では判別しにくいが、一旦目に入るとそれは、美しい輝きを放っていた。
「学校で作ったのをこの日の為に飾るんですよ。」
「・・・これ、踏まれるんじゃないのか?」
ジンは、今まで踏んでいたのも気がつかなかったくせに、今更モザイクを避けて歩こうとするが、大量にあるので避けるのに避けられない。
その様子に苦笑していると、ジンはこちらを少し睨むような表情を浮かべる。
「でも、それ、踏まれる為にあるんですよ。」
「・・・?」
ダンダンダンと急になり始める太鼓の音。
その音がどんどん大きくなり、その響きが腹に到達しそうになった頃。
「そら・・・、」
ジャンはまだ下にあるモザイクを見ていたジンの顎へと手をやり、顔を上へと押し上げる。
その行動に嫌そうな表情を見せるジンだったが、その空を見上げた瞬間に圧倒されたのかそのまま口を聞くこともなくなった。
空を埋め尽くす、無数の流星。
暗い夜空が、真っ白になるくらいの量の隕石が一気にこの星へと降り注ぐことによって塵へと変化することで光を発するのだと
テレビの偉い学者が言っていたが、この星を見た人間はただ感動をして、塵だとか隕石だとかはどうでも良くなる。
周りの人間も、今はただ空を見上げて太鼓の手も止まってしまっている。するのは、自分自身の心臓の音と、遠くで響く12時丁度の時計台の音のみ。
キラキラと光る辺り、滝か何かの中心に自分はいるのかと一瞬そんな感覚に陥ってしまうような落ちてくる空。
白い光だけと想像するが、実際には赤や、黄色や緑とカラフルな洪水のような光がそこら中にあふれかえる。
何の気なしに隣を見ると、ジンもそこらにいる子供達と同じく後ろに倒れそうなくらい仰け反って空を眺めている。
顔は興奮の余りか、星の光に照らされた白い肌が少し高潮しているようにも見え、黒い真珠のような瞳も大きく見開かれて
その表情も今日一日では想像もつかない様な、かわいらしい物であった。
自分も小さい頃からこれを見て毎年感激していたが、最近は飲みに行くことを大祭の楽しみにしていた。
改めてこうじっくりと眺めると大祭の雄大さを身をもって感じ、また来年見たくなる。
もう一度、ジンの顔から視線を離し、上を向き直すと珍しいと言われている青い大きな星が流れるのが見える。
あ、とこの大祭のもう一つの目玉を思い出して、隣に声を掛ける。
「大佐の下の鏡も見てください・・。」
「・・?・・・っ!」
空の流星が移りこんだ鏡のモザイク、まるで中から外から飛び出してくるように見える星たちと子供達の作った魚や鳥。
それは、空の流星とは違った意味で感動をさせる。
下を向いたジンはじっと見ているかと思うと、静かにその場に座り込んで下と上を交互に見入る。
その感動と興奮したような笑顔が、思わずジャンを微笑ませる。
「踏まれる為の作品・・・か・・。」
ぼそっと呟かれる言葉。
二人は、同じように上空を眺める。
それはその周囲にいる人間、この西部地区に住む人間すべてに言えることであった。