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はちみつ色の狼

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大きな声が中にも外にも響いていく。
ジンの悲痛な声と同時にまれに見る素早さで、その英雄面をしている新人兵士の腕を捻り上げ開閉ボタンから一緒に離れる。

その間、十数秒。

「・・・きゃ!!!!」
「なっ!!!!」
「・・・ひ。」

「??」

窓際へと捻り上げたその男の手と体ごと、そのまま周囲の人間が見つめている先を同じように見つめる。
自分のすぐ近く、厚さ数十センチの強化ガラスの向こうで起こる事態。
先ほどまで安堵で笑顔を顔に浮かべ開閉ボタンによって開かれる筈であったドアの前で待ちわびていた人間達が、次の一瞬で恐怖に慄いた顔に変化している姿が眼に映った。
その中にいる人間に含まれている人間の顔が見る間に苦悶の表情へと変化していく。
自分の首を締め付けるような格好をする者。
窓を引っかくような素振りを見せる者。
あるものは、傍にあったパイプ椅子を取り上げ、ガラス扉を割ろうとまでするものがいる、
その者は、持ち上げた瞬間に力尽き自らその場に倒れこんで行く。
殆どの人間の顔は青白く、それはまるで呼吸困難に陥った人間の顔であった。
そのほかには、すでに倒れこんで白い目を向いて口から泡を吹いている人間や、爛れた皮膚から血を流す人間などが多数。
涎、失禁に自分で掻き毟った傷で血まみれになる人間。
研究室の中にいるすべての人間がほんの数分で倒れ、びくんびくんと断末魔の筋肉反射を行っている。
まるで、戦場のような光景。
すべての時が止まったように、皆その様子から目が放せないでいた。
スピーカーから聞こえてきていたうめき声が、最後の女性の物だけになりそれも次第に失われていく。
目の前に広がる死の世界。
シーンと静まり帰る準備室内をジンの小さいが力強い声が響く。


「二酸化硫黄、またはマスタードガスが発生した可能性というよりも、・・・そのようだ。」


「・・・・。」
「・・・・・・・・。」

「い、いますぐに毒物処理班を呼びなさい!!マスタードだとするとゴムの防護服は着ないこと!」

エレノアのその声と同時に動き出す兵士達。
ジャンは自分が腕首を掴んでいた先ほどまで英雄面をしていた新人兵士に視線をやると、今は床に座り込みワナワナと身体を震わせていた。
自分のしようとしていた事の重大さに今更ながら気がついたようで、すいませんすいませんと何回もその言葉を繰り返していた。
その腕を放すとどっと疲れが、身体を襲ってくる。
もう少しで、あと1秒遅ければここにいる全員がああなっていた。
そう思うと身体全体の穴と言う穴から今更ながら冷や汗が噴き出した。
呆然と立ちすくみながら、地面を眺めているジャンの肩を誰かが叩く。
その人物に視線をやると、ジンが立っていた。

「・・・なんすか?」
「お前のおかげで助かった。」

彼は無表情にそういうと、すっとまたエレノアの右隣に戻っていく。
大きく開け放たれた準備室の窓から入ってくる風と共に、かぐわしい金木犀のような香りがジャンの鼻へと運ばれる。
目の前で起こった大惨事とは、場違いな匂いに少し疑問を抱きながらも視線を窓の外へと向ける。

外は、まるで何も無かったかのように晴れ渡る青い空。
そして白い大きな入道雲がこの惨事が嘘のように、平和そうな装いを見せていた。




作品名:はちみつ色の狼 作家名:山田中央