はちみつ色の狼
6 Green Trap.
最後には、ルイスの痩せているようで筋肉質な腕が、顔をガラス窓に押し付ける。
顔が張り付いた部分のガラス窓が白く曇ると同時に、否応無く見せ付けられる解剖現場。
死んで何時間か、何日も経っているであろう遺体。
普通で在れば、血液の循環が滞ってから時間が経過しているのなら血液は噴出などしないであろうが、この遺体は普通では起らない事が起こる。
ネットリと粘着質の血が、遺体の置かれた解剖台へと流れ出し、噴出した緑色の血液は検視官のマスクや、ゴーグルなどに飛んでいく。
うっわ・・・・やばっ、額に手をやり出ている筈の冷や汗を拭く。
もう少しで気を失おうと自分自身の脳への血液循環を無意識的に止めようとしたその時に、事件は起こった。
ノコギリの入っていた筈の遺体の胸の隙間から、可笑しな事に瘴気のようなものが出てきたように見える。
骨がノコギリで削られて出た粉煙ではない、ただ薄い空気の膜のような物がそこから浮遊してきたような。
その様子にジャンは、軽く頭を捻る。
「・・・・?」
なんだろうか?疑問に思うと共に、先ほどまでは嫌々見ていた解剖現場に目を凝らす。
すると、先ほど見ていたのと同じ場所から光る結晶のようなものが勢い良く噴出し、それとほぼ同時くらいに大きく身体にまで振動しそうな音で警報が鳴り響く。
ブーブーと訓練の際にしか聞かないような大音量と赤いランプが点灯し、事の重大さを思い知らせる。
「・・ちょっと、これ?・・どういうことだよ?!」
ルイスも、新人隊員達もその場から立ち上がり目を見張る。
ジャンは、すぐさま無線に手を出し、監視室と上司である執務室の方へと報告を入れる。
あいにく、大佐は会議が長引いているようでまだこの研究棟の上の階にある会議室の方にいるとの事であった。
このそこ等中で鳴り響く警報音と赤ランプで何か起こったことは察知しているであろう。
声を出したルイスも、周囲で右往左往する新人隊員たちを制止こちらを振り返る。
二人とも、眉間に皺がよる。これは何かの間違いなのか、それとも何か起きているのか?
何が起こったのかわからない。
ただ目の前のガラス窓の中の人々が早足で目の前のガラス扉から出て行こうとするが、その手前で無常にも締め切られた。
がんがんと拳で叩かれる窓ガラス、だがガラスは強化されておりびくともせず、くぐもった様な鈍い音だけを響かせる。
中にはおおよそ10数名の軍人と先ほど捜し当てられた死体を検分する2人の検視官に中で他の作業をする医師がいる。
皆が皆、不安そうな顔になりその不安な視線の先には、ガラス扉の向こうが移っていた。
ジャンは、その扉の向こう側の人間の一人であったが、その不安さは伝わってきた。
外側にいるものは、外側にいる者で同じように不安に包まれている。
ざわめく、館内。
研究棟の中は、そこら中で赤ランプが点灯し、先ほどまで聞こえても耳鳴り程度だった空気清浄機の音が3倍にも大きな音に変化をしていた。
「何か、やばい雰囲気だな、・・・こりゃあ。」
「だよね・・・、ドアもロックされてるみたいだし・・。」
思わず小声になってしまう、二人。
すぐさま此方からも準備室とその部屋との仕切りであるドアをチェックするルイスだが、そのガラス扉は開くことは無い。
窓をコツンと叩く音でそこを見ると、たまに診療室でお世話になっていた医師がそこにおり口をパクパクとさせている。
何が起きた?と口がそう言っている様に見えるが、こちらはわからないと首を振るばかり。
ルイスは、準備室のパソコンを弾く研究員にどういう事なのか問おうとするが、彼らも訳がわからないと首を振るばかり。
「こう言う場合は、冷静にならないとね。」
「そうだな・・・・。」
「まず第一に・・・・、この部屋は大丈夫みたいだね。」
ルイスは扉を指差しながら、廊下へ通じる扉が自由に開けることができる事を示す。
ジャンは、一人の研究員にX線の写真の有無を尋ねる。
もちろん、疑問なのは先ほど噴出した瘴気の様な物。
尋ねるとすぐさま研究員の一人が、準備室の壁にプロジェクターで一枚の骨の写真を投影する。
緑色の遺体のX線に因る写真映像で、解剖以前の写真。
ジャンの疑問に答えるように、胸骨の下部分に、見えづらくはあるが何か球状の物が存在しているように見える。
透明の物体なのであろうか?薄っすらと写真に写る一見見た目、影のような物。
「?」
「悪いけど、拡大してくれる?この部分っ。」
ジャンは、丁度胸とあばら骨の丁度中心を指差す、すると研究員が頷いてパソコンを弾いた。
大きくなったその部分には、やはり何か円のような物が見える。
肩口からルイスが覗き込む。
「ジャン・・・、それ玉??」
「・・のように見えないでもない。」
「こんなのあったら普通にノコギリで開くの?」
「俺が、知るわけ無いだろうがっ・・・」