はちみつ色の狼
ジャンはその場所に広がる硫黄のような臭気に眉を顰めながら一歩前へと出て片膝を付き、その地面から突き出したモノを眺める。
そのものは、死体というよりも死体の一部で生理学的に言う『手の一部分』であった。
突き出しているのは手首から上の20センチ程で、砂の様子からして埋められたものではなく、
恐らくは最近起こった砂嵐で埋まったと言うほうが言い当てている。
鼻頭を袖口で抑える。
鼻を押さえているのも関わらず激しい異臭を漂わせている物体。
「緑の・・・指?」
リードが呟いたとおり、その指先は緑色をしている。一見人間ではないような様子であるが、
静脈動脈の状態からすると100%の確立で人間であるが、この緑色はなんだろうか?何か、病気を持っているとかそういう類か?
色々な疑問がよぎるが、第一に何か病原体がいるのかも知れないと考える。
そこへと向かう指を引っ込めて変わりにポケット中の愛用のボールペンを取り出して少しその周囲を掘るが、まだまだ全体が出てくる様子はない。
臭いしひどい状態だっと、一人ごちながら立ち上がり、真後ろでいまだ恐怖に慄くリードに指を数回鳴らしてこちらを向くように合図をだす。
リードはと言うと、数秒間は放心していたが、やっとジャンの合図に気が付くとああっと声をだして立ち上がると
敬礼のポーズをとるが、その奇妙な一部をまた凝視して、思考をとめてしまう。
まだ二等兵で軍に入りたての新人には衝撃だったのだろうが、今は座り込んでいる場合ではない。
今は、風向きも変わりジャンの後ろから風が吹いてくる。その風でまたしても埋め戻されそうな物体。
「っと、・・・おいおいっ」
ジャンは、立ち上がりリードの肩を揺らして再び正気に戻らせる。
「・・・トランシーバー・・・、あるか?」
「ああっ、・・・ああ、は、はい!!」
リードは腰元に着けたトランシーバーをジャンに手渡す。
それでルイスを呼び出すと、まためんどくさそうな声が聞こえてきたが、この場所からはルイスの頭も見えない。
遠くへ来てしまったものだと先ほどまではのんびりと考えていたが、それも今は面倒な状況である。
できれば、日が暮れるまでにこの下に沈みこんでいる死体を掘り出して基地へと持ち帰りたい・・・、
が、正直持ち帰りたくなんかない。
「まいった・・・っ。」
気分は、なえている。
基本、戦争やテロとの戦いで血を見るのは平気である。
血が流れるのは当たり前であるし、自分もその血を流さないために戦っていると思えば、気持ち悪いなどと言ってはいられない。
だが、こうもまだ生の状態で不気味な緑色を保っているものを見ると大丈夫とはいえない。
空気の乾燥しているこの砂漠でこんなに生っぽい様子をしている死体は珍しく死んで間もないようにも見えるが、
所々が腐食しているのかその指先と言うよりも、つめ先は溶けている様にも見受けられ、死ぬ前にこんな状態であれば痛みは間逃れないであろう。
時々、砂漠の作業でどこかから迷い込んだ動物が乾燥した空気でミイラ状態になっているのはよく見て平気なのだが、
こんなに生々しい物は、反吐がでそうになる。
実際、その場に座り込んでしまいたい気分なのだがさすがに、一日だけとは言え、部下の手前貧血なんぞ起こせるものか・・。
ジャン・シルバーマンの苦手な物はジューシーな血も滴るようなレアのステーキ肉とスプラッタムービー。