死線
気がつくと、わたしはホームに立っていた。
周囲が大勢の人でごった返していたので、時計を見上げる。
朝の人身事故が起こってから、まだ数分も経っていない。やはりわたしは悪い夢を見ていたんだ。
亡者の手も、少女の残骸も、どこにも視えない。
列車は途中で止まっていて、先頭の車両付近の車体とホームが鮮血で汚れている。
どうせ当分電車は動かないので、わたしは駅員がその場を離れた隙に飛び込みの現場を覗いた。
線路の上に散らばっているのはピンク色の肉片。腐った魚みたいな胴体から内臓が零れていて、駅員を困らせる生ゴミと化していた。
千切れ飛んだ頭には見覚えがある。鏡の中でいつも陰気な表情を浮かべてきた顔が滑稽なほど醜く歪んでいた。さっきの人身事故で誰が死んだのかをやっと思い出す。その首に引っかかっているのはペンダント。路上で売られていたのをわたしが「可愛い」って言ったら、アイツが「しょーがねーな」と苦笑して買ってくれた宝物。
でも、今は赤黒い血に染まってしまっていて、それが何色だったのかすら判らなかった。
それなのに、もうわたしは涙さえ流せない。