相聞歌
英治、俺はお前のことが好きだ。友愛の情ではなく、俺はお前に恋情を抱いている。男同士で考えられぬことだとは思うが、偽りのない気持ちだ。去年の師走に好きな人がいると言ったのは、実はお前のことなのだ。
このようなことを告げられて迷惑かも知れない。疎まれて避けられてもしようのないことだが、告げずにいられなかった。
応えてくれとは思わないが只、俺がお前に心底惚れていることを、どうか知って欲しい。
英治、今、無しょうにお前に会いたい』
「やっぱり」
佐衛士は呟いた。その手紙はあきらかにラブレターだった。それも同性の親友に宛てたものだ。ストレートに想いを伝える真摯な文章である。手紙は相手の健康を慮って結ばれ、書かれた日付と大伯父の署名がなされていた。
佐衛士は大伯父と親友が写る先ほどのスナップ写真を手に取った。大伯父の隣で微笑んでいる小谷英治は線の細い、見るからに虚弱な容姿をしていた。当時の食料事情によるものか、それとも元々が病弱な性質(たち)なのか。大伯父が手紙の結びの部分で彼の体調を気にしていた訳がよくわかる。
外して手に持っている眼鏡から、かなりの近眼であることもわかった。もう少し、頬に肉がついていたなら、そこそこ整った顔をしているだろうに。笑んだ目の表情は優しげではあったが。
――本当に、この人が好きだったのかな
祖母の話や生前を思い出すと、写真の中の地味な青年は、大伯父には不釣合いに佐衛士は感じた。
海軍兵学校でも海軍でも、良いパートナーを見つけられたはずだ。こんな、どこにでもいるようなタイプを六十年も想い続けるなど、佐衛士には考えられなかった。
もっと素晴らしい出会いが待っていたかも知れないのに、佐衛士と同じ年頃でそれを諦めてしまうのは、ひどくもったいなく思われた。
――この人、いったいどうしてるんだろう? じいちゃんが毎年帰っていたのは、この人の墓参りだったのかな。同い年なら、戦争に行ったかも知れないし、だったら八月六日に亡くなったとは限らないよな。
祖母の話では、中学入学時の席次は小谷英治の方が上で、彼もまた海軍兵学校の受験を視野に入れて特待制度を利用した生徒の一人だと言うことだった。そう言えば、戦争に行かなかったと言っていたような。
佐衛士は彼からの手紙の束を返して、裏面の住所を見た。大伯父や祖母の故郷のものだった。佐衛士は思い切って紙縒りを切り、小谷英治からの手紙を広げた。
『先日は白米をどうもありがとう。家族みんなで美味しく頂きました。久しぶりの白いご飯に弟は大喜びで、その様子を見ると幸せな気持ちになれます。ちゃんと僕も頂いているから、心配なさらぬように』
大伯父は彼の元に食料を送ったようで、それについてのお礼で始まり、西村家の近況、日常のことなどが書き連ねられている。こちらもやはり大伯父の身体のことを心配していて、
『君は丈夫なだけが取柄だと言うが、過信なさらぬように。大丈夫だと思っている人間が一番危ない。
僕のように常日頃、あすこが悪い、ここが悪いと薬や医者の世話になっている人間の方が気をつけるので、かえって長生きのような気がするよ。君の方こそしっかり食べて、くれぐれも元気に過ごしてください』
と結ばれていた。
小谷英治の容姿に似て筆圧の低い、柔らかな印象の文字だ。大伯父の質とは違うが、こちらもまた上手い。
続けて二、三通目を通してみる。どの文面も大伯父の様子を気遣い、優しさが受け取れた。戦争や日ごとに厳しくなる生活事情などの『負』の要素には触れられず、日常の中のささやかな喜楽を綴り、最後には必ず相手の健康を祈る。押し付けがましくなく、一種の奥ゆかしさが読む佐衛士にも心地良く、小谷英治の人柄を感じさせた。恋愛感情があったかどうかまではわからないが、彼が大伯父のことを大事な人間だと思っていたことは確かだろう。
「佐衛ちゃ〜ん、お風呂のお湯、張れたわよ〜」
箱の中の黒い海軍手帳に手を伸ばした時、台所から祖母の声が飛んで来た。佐衛士は手紙の束を無雑作に箱に戻した。それから散らかった物を適当に部屋の隅に寄せ、片付けの体裁を整えると、先ほどの『文箱』を小脇に抱え、自室に引き上げた。