表と裏の狭間には 三話―裏側の日常―
「あれ?話してなかったっけ?煌、キレると自販機投げるのよ。」
池袋のバーテンダーか!!
「バーテンダー皆があんな化物ってわけじゃないだろうけど………。」
問題なのはそこじゃないだろう。
まさかガードレール振り回したり、街灯引っこ抜いたりしないだろうな?
「するわよ。」
するのかよ!?
「煌はサヴァンなのよ。」
「サヴァン?」
「そう。天才症候群(サヴァンシンドローム)。常人とは脳の構造が若干違うため、常人とは異なった特徴を持つ者。煌の場合は、感情が高ぶったときに体のリミッターが外れるって特徴。人間が無意識のうちにリミッターをかけてるのは知ってるわよね?」
ああ。
「煌はそのリミッターが外れちゃうの。だからあのバーテンダーみたいな芸当が出来るのよ。」
なるほど。それは怒らせたらマズイな。
……というか彼はバーテンダーではなかったはず。
「そういえばさ。」
この前も思ったことだが。
「この組織ってこんなに暇で平和でいいのか?」
説明を聞いた当初は、毎日毎日暴力団と抗争しているようなおどろおどろしい組織だと思ってたんだが……。
「暇なときは結構暇よ、うちの組織。そんな毎日毎日抗争してたら、弾薬も尽きるし、何よりあたしたちの体が保たないわよ。」
そりゃ道理だ。
「それにうちは班で戦闘シフト組んでるから、戦闘あるときでも暇なときは暇だし。」
そんなものか。
「だから暇なときは日常を謳歌する。これはあたしたちの鉄則よ。いつ召集かかるかわかんないんだから。」
確かにそうだな。
「……というか、別に毎日ここに来る必要はないのですよ?」
「そうなのか?」
こいつら毎日ここに来てるから、てっきりそういうものかと思ってたんだが。
「暇なときはここに来る必要は特にないのよ。好き勝手行動してて問題ないわ。」
「それならそうと早く言えよ!!」
「でも紫苑君、この前旅行行ってたの。」
あれは正式に休暇をとっただろうが。
「確かに、召集に応じられないようなことをする際は休暇の申請が要るが、そうでない場合は特に申請は要らないんだぜ。」
「まあ、わっちらは暇だからここにいるわけなんだけど、紫苑君には雅さんとか真壁君とかいるでしょ?妹さんもいるんだし。」
「ちょっと待て!何故俺の交友関係を把握してるんだ!?家族関係も!!」
「当たり前でしょ?」「当然だな。」「普通っすよ。」「……何か問題でも?」「冗談きついよ。」「皆知ってるの。」
全員即答かよ。
「よく考えたら最初に呼ばれたとき、俺の名前知ってたのもおかしいよな?」
「だって報告上がってきたし。」
「報告!?」
「僕らがあの後、『この男を知ってる人いない?』って聞いたら速攻で情報が上がってきたっすよ。」
速攻かよ。
「目撃者の中にお前を知ってる奴がいてな。」
「誰だよ……。」
「真壁君よ。」
は!?
「真壁が!?」
「ええそうよ。というか、あの時あなたに銃を向けたのは彼よ。」
……よく思い出してみればどこかで聞いたことある声だったなーと思っていたのは正解だったらしい。
「うちの学校で人気を得ている人は大抵うちの構成員なの。」
「なんだって!?」
「そんなに驚くようなことでもないだろ。情報操作は組織の基本だぜ。」
そういう問題じゃないと思う。
「……我々は我が校の生徒を間接的に掌握しているという訳です。我々が次期生徒会に立候補する際もこのアドバンテージを最大限に活用させていただきます。」
次期生徒会に立候補するつもりか。っつーか今からイカサマ宣言かよ。
「そんなものよ、組織なんて。」
こいつらはたまに本気で訳が分からないな。
「……今日はすることもないし。これで解散にしますか。じゃ、解散。」
「雫、中学のほうはどうだ?」
その夜。
俺は家で、雫と日常会話を繰り広げていた。
「転校生ってことで何か問題になったりしてないか?」
「ううん、してないよ。皆親切にしてくれるし。」
「授業はついていけてるか?」
「うん。あのくらいなら何とかなるよ。危なくなったら教えくれる?」
「ああ、任せろ。」
やっぱりこういう何気ない会話は心が落ち着くな。
「そういえばね。この前都市伝説の話を聞いたんだ。」
「都市伝説?」
「うん。えっとね。」
そう言って雫が語りだしたのは、アークの物語だった。
『それ、実は本当なんだぜ――』つい言いそうになったが、寸でのところで飲み込む。
この事は雫には言わない、って決めたんだったな。
「お兄ちゃんはどう?部活やってるって言ってたよね?」
げっ。
「ああ。まあね。お前は何か部活入ったのか?」
「私?えっと………この時期に部活って……変じゃない?」
「変じゃないよ。」
こういうところ妙に気にするからなこいつは………。
「えっと………美術部。」
美術部か………こいつ絵が好きだからな。
「頑張れよ。」
「うんっ。ありがとう、お兄ちゃん!」
やっぱり雫は、こういう純粋な表情が似合う。
「………あれ?」
「まあいいから、ほら、さっさと食って何かして遊ぼうぜ。」
「うんっ!」
……純粋すぎてたまに不安になるけどな。
「ちーす。」
翌日。
登校した俺は、いつも通りにクラスに向かう。
「オイ真壁、ちょっと来い。」
既にいた真壁を呼ぶ。
蓮華がまだ来てないのは幸いだった。
そのまま、敷地の北にある森へ。
よく昼食を食う広場で、真壁と話をすることにする。
「そろそろ来ると思ってましたよ。」
「お前……アークの構成員だったんだってな。」
「ええ。そうですよ。」
真壁はどうということもなく認めた。
「俺に話を聞かせたのは………あれを狙ってたのか?」
「そんな訳ないじゃないですか。そもそもあれは想定外すぎました。まさか話しただけで拠点を突き止められるとは思ってなかったのですよ。」
いや、俺があそこに行ったのはたまたまだったんだけどな。
「それで、紫苑君は僕をどうしたいのですか?銃を向けたことなら謝りますが、何分規則だったもので、理解していただきたいのですが。」
………まあ。
「別に気にしてないさ。俺も結局入隊させられちまったしな。これからもよろしくな。」
「はい。どうぞご贔屓に。」
昼休み。
俺はいつも通りに、学校北側の森の広場で、真壁と蓮華の二人と食事を楽しんでいた。
「今日の化学は面白かったな。」
「実験は化学の醍醐味ですしね。」
「まさか爆発するとは思わなかったのですけど………。」
そういえばそんな事故もあったな。
「ガラスが王水でも溶けないというのは本当だったのですね。」
アンタ何してるのかと思ってたら王水作ってたのかよ!!
そのまま取り留めのない会話を続ける。
話した端から忘れていくような、どうでもいい会話を。
でも、この会話が、俺は好きだった。
裏側に否応なく巻き込まれた俺だが、まだこんな日常を楽しめることに、感謝しなければならないのだろう。
「そうだ、今日、帰りにどっか寄ってかないか?」
俺はそう切り出した。
「ええ!そりゃあもう!最近紫苑君ったら誘っても誘っても断り続けてるものですから、何か問題を抱えているのではないかと心配してたんですよ!どこに行きましょうか?」
「僕はゲーセンとかカラオケとかがいいと思うけどな。紫苑の行きたい所でいいと思うよ。」
作品名:表と裏の狭間には 三話―裏側の日常― 作家名:零崎