【第六回・弐】感情性長期
そんなに強くない風が吹くと緊那羅が足を止めた
「…悠助…?」
緊那羅が呟くとさっきより強い風が吹き電線が泣き声のように鳴った
「ラムちゃん?」
阿部が数歩戻って緊那羅に声を掛けると緊那羅がいきなり走り出した
「ちょ…おい!! 緊那羅!!;」
おそらく全力疾走しているのであろう超特急の緊那羅の後を追いかけて京助も走り出す
「な…なんなのよッ!;」
置いていかれまいと阿部も走りにくいブーツで走り出した
「嫌な…予感がするっちゃ」
呟きながら緊那羅はジャンプして平屋の屋根に乗ると再び走って次はその後ろ隣の二階建ての家の屋根へと飛び移る
いくら運動神経のいい京助でも緊那羅の真似はできないらしく緊那羅の行く方向に続いていそうな道をひた走り緊那羅について行く
「も-----ッ!;」
阿部も必死で二人の後を追いかける
「寒中マラソンかい?」
途中雪かきをしていたおっさんに声をかけられたが返事を返す暇がなく片手を上げて対処した
何軒目かの家の屋根に着地して緊那羅が止まり下を見下ろすとそこには小さな足跡ともう一つの足跡が残っていた
「…悠助」
はぁと緊那羅が息を吐くとその息は白く残ってそして消えた
緊那羅が屋根から飛び降りてその足跡に近づき辺りを見渡した
「お前;アレは反則;」
追いついてきた京助が緊那羅の肩を叩いて言った
「ごめんだっちゃ;…それより…」
苦笑いで謝った緊那羅が残っていた足跡に再び目を向けた
「…悠助の足跡と…」
緊那羅がしゃがんで小さい方の足跡に手を乗せた
「何よ; アタシん家じゃない;」
息を切らせてやっと阿部がやってきた
「じゃぁこの足跡は阿部のか?」
京助が悠助の足跡ではない足跡を見て阿部の足元を見る
「え? アタシ?」
阿部も京助に釣られたのか自分の足元を見た
「違うっちゃ…阿部さんじゃない…」
明らかに残っていた足跡と阿部の足跡は異なっていた
「っていうか…変じゃない? この足跡…歩いた形跡ないよ?」
阿部が足跡を見て言うと緊那羅と京助も足跡を見る
「本当だ…ここだけ…」
京助が言う
「お母さんかなぁ…でも今日仕事のはずだし…」
阿部が二人を横切って家の戸へと歩いていく
「おい阿部あんま…」
京助が阿部に声を掛けようと顔を上げて止まった
「…京助?」
京助の言葉が途中で止まったのを不思議に思い緊那羅が京助を見ると京助はどこかを真っ直ぐ見たまま止まっていた
「……?」
首をかしげながら緊那羅が京助が見ている方向に体ごと向けた
「…阿部さん…?」
ついさっきまでそこにいた
ついさっき自分たちの横を通った阿部の姿は何処にもなかった
家まで後数歩というところで足跡は消えていた
「阿部!」
京助が戸口に走り戸を開け玄関に入ってみるが家の中に人の気配はなく玄関にも靴はない
「阿部ッ! おいっ!」
家の中に向かって京助が阿部を呼ぶが返事はない
「…マジかよ…」
京助が呟いた
「…慧喜…」
緊那羅が思い出して言う
「なぁに?」
作品名:【第六回・弐】感情性長期 作家名:島原あゆむ