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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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 元気な声のクラスメート相手に笑っている慎太郎の姿を確認する。その視線に気付いたのだろうか、慎太郎がこちらを見た。ニッと笑って慎太郎が視線を元気な友人へと戻すのを見届け、開けられたままのA組の扉の前に立った。久し振り過ぎてドキドキと鼓動が飛び出して行きそうで、空いている方の手で胸を押さえる。大きく息を吸い込み、そっと吐き出してその勢いで入り口をくぐった。ざわついていた教室内が一瞬“シン”と静まり返り、見た事の無いクラスメートに視線が集中する。
「……あ……」
 俯き、しり込みする奏。やっぱり入り辛い。帰ろうかと思ったその矢先、
「奏ーっ!!」
 聞き覚えのある高い声が教室の隅から飛んできた。視線が一気にそちらに方向を変える。そして、そんな視線をものともせず、
「こっち! こっち!!」
 立ち上がって手招きしている航が目に入った。
「……堀越くん」
 ホッとした笑みを浮かべて、自分の席へと向かう。
「来ぃひんかと思た」
 “時間、ギリやで”と席に着いた奏に航が笑いかけてくる。
「途中まで送って貰ったんだけど、先に母の方を送ったから……」
 何を話していいのか分からなくて、とりあえず、今朝の状況を話してみる。
「お母さん、仕事してるんや? シンタロんちと一緒やな」
「堀越くんとこは?」
「うちは、祖父ちゃんと祖母ちゃんだけやから」
「え?」
「祖父ちゃんとっくに定年やし。祖母ちゃん、専業主婦やから」
 笑顔のまま言葉を返す航を見て、奏が言葉を失う。
「派遣社員……とか?」
 が、当の航は何事もなかったかのように訊いてくる。内心胸を撫で下ろし、奏も普通を装う事にした。
「学校の先生。……て言うか、特別講師」
「凄いやん! どこの学校?」
「桜林女子」
 奏の答えに航が考え込む。
 “桜林女子”……“藤森先生”……。
「ピアノ弾いてた! “秋桜の丘”!!」
「“桜林祭”の事?」
「うん!」
「君達もギターで弾いたって、母から聞いたよ」
「……うん」
 奏の言葉に航が恥かしそうに答える。
「……大事な曲やねん……」
「“大事”?」
「うん。あのな……」
 航の頷きと同時に教室の扉が閉まり、
「起立っ!」
 日直の号令が響いて、二人が慌てて席を立った。
  ――――――――――――
 現国→数A→世界史→物理。あれよあれよと授業が進み、その合間に二人は色々な事を話した。奏が二人を見かけた時から始まり、航が倒れた後からライブ復帰までの経緯やら奏の登校拒否の経緯など……。
「激しい運動さえしなければなんとか普通に生活できるから……」
 病名等の詳しい事は互いに言わなかったが、似たような現状になんとなく安心感を抱いた。
「俺はな、シンタロが居れば平気やねん!」
「え?」
 首を傾げる奏に航が笑う。
「B組行こ! 弁当持って!」
 “昼は一緒に食べるんやんか”と航。カバンから出した弁当のトートバックを持って、二人が向かい側の教室の扉をくぐると、廊下側三番目と四番目の席をくっ付けて机が既にセッティング済だった。パタパタと歩く航の後を奏が追い駆ける。
「えっと、シンタロ……は知ってるからええか……。奏、こいつ、石田。中学からの友達で、バスケ部」
 奏と石田が同時に頭を下げる。
「で、石田。こっちは、藤森くん。お母さんは、桜林女子の音楽の先生やて」
「え!? ピアニストの藤森響子!?」
 驚く石田より、奏が更に驚く。
「詳しいんだね」
「石田の彼女な、桜林の生徒やねん」
 “あぁ、それで”と納得する奏。
「そいでもって、彼女の愛妻弁当やねん」
 ウシシと笑う航の指した先には石田の弁当。開けられた弁当をジッと見る奏。真っ赤になる石田。
「ふ、藤森母と俺の弁当は関係ないだろーよ!」
 そう言いながら、ミニハンバーグをパクリと口にいれる。
「照れとる、照れとる」
 ケケケッと航がおにぎりをパクつきながら、おかずの野菜をよけて、肉だけをつまむ。それを見ていた慎太郎が、
「弁当で好き嫌いしてんじゃねーよ!」
 “ちゃんと食え!”と睨みつけ、
「後で食うんですっ!」
 航が睨み返す。なんだか楽しくて、クスクス笑いながら奏も食べ始めるのだった。

  
「……石田くんっていう友達がいてさ……」
 その夜の藤森家の食卓で、奏の声が楽しそうに響いている。
「ママの事、知ってた」
「あら!」
「彼女が桜林の生徒なんだって。“小堀ミカ”って」
「あらあら!」
 意外な繋がりに母も父も驚いたようだ。
「でね。体育は堀越くんも見学だから……」
 嬉しそうに学校の話をする息子に、両親が目を細めている。いつも両親の仕事にくっ付いて来ていた一人息子。学問の大半を家庭教師に頼り、学校というものを殆ど体験した事がなかった。その上、ここ数年は母と一緒にリサイタルやらの公演で世界を飛び回っていたのだ。この楽しそうに学友の話をする姿が、本来の十六歳の姿なのだと、両親揃って顔を見合わせた。
「ごちそうさま!」
 奏が両手を合わせて席を立つ。いつもならそのまま食後も家族で会話を楽しむのに……と両親が声を掛ける。
「疲れたの?」
「違うよ」
 心配し過ぎだよ、と奏が笑った。
「宿題があるんだ。まだ途中だからやっちゃわないと」
 その言葉に両親がまたも顔を見合わせる。
「“月曜だけ”じゃなかったのか?」
「え?」
「“月曜だけ行く”んじゃなかったっけ?」
 月曜だけの登校なら、明日提出の宿題なんてやらなくていい筈だ。
「もうっ!!」
 笑う父を睨むように頬を膨らませた奏がリビングを後にし、
「パパったら……」
 奏の出て行った方を見ながら母がクスリと笑うのだった。
   ――――――――――――
「……と、地理・音……楽……」
 宿題を終え火曜日の時間割を合わせていた奏の胸に、一抹の不安がよぎった。直接ピアノに触れる事さえなければ大丈夫な筈だ。そう言い聞かせても、どこかであの痛みが疼いているような気がしてくる。
「……大丈夫。僕が弾くわけじゃないんだから!」
 自分に言い聞かせるように頷くと、奏は早々にベッドへともぐり込んだ。

  
 翌日、火曜日。
 何事もなく、平穏に五時限目までが過ぎ去った。
「音楽室、長テーブルやから俺等隣同士やで」
 音楽室までの道すがら、航が“出席番号順が……”と話している横で、奏は不安が拭いきれずにいた。この後に及んで、“今から早退できないだろうか?”とか“音楽の授業だけ休む事はできないだろうか?”とか……。そんな考えが浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
「奏? どないした?」
 奏の様子に航がその顔を覗き込んでくる。
「顔色、悪いで」
「そ、そんな事ないよ」
「……そーか?」
 心配そうな航を作り笑いで制して、長机に並んで座る。
「ヤバイと思たら、早めに言うてな」
 “ヤバイ”感覚は当人にしか分からないのだ。それを知った上で、航は奏に笑顔を向けた。
 席に着いて間もなく、音楽教諭が姿を現し授業が始まった。去年と同じ教諭。席に奏の姿を見付け、安心したように微笑むとCDを一枚取り出した。
「行き成り歌ったりするのも変だから、今日は音楽鑑賞にしましょう」
 取り出したのはショパンのポロネーズ。