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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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「“ピアノの詩人”と言われるショパンの曲の中でも最も人気のある曲だから、タイトルではピンと来なくても、聞いた事はある筈よ」
 “英雄”という曲らしい。奏は頷くが、航にはサッパリだ。きちんと座っている奏の横で、航が頬杖をついたまま、音楽室のミニコンポから流れる音に耳を傾ける。
 力強い序奏部で始まるこの曲は、ポーランド軍の進軍を思わせる。ピアノのリズムが軽快な馬の蹄の音のようだ。ふーん……と聴いていた航が、奏に説明でもしてもらおうとチラリと隣に視線を移した。
「……奏?」
 震える肩に驚きつつも、事を大袈裟にしてはいけないと感じて小声で声を掛ける。膝に置かれた手が各々の膝を握り締めている。今にも泣き出しそうなその瞳を見て、“ヤバイ”のだと悟った。
「先生!!」
 座ったまま、航が手をあげた。
  ――――――――――――
「今日は音楽鑑賞にしましょう」
 音楽教諭の声が響く。曲はショパンのポロネーズ・第六番『英雄』。繊細な音の羅列が聴く方にも弾く方にも心地良い、最も人気のある曲。勿論、奏自身も大好きな曲のひとつだ。
(聴くだけなら、きっと、平気だ)
 そう思いながらも、自然に背筋が伸びる。右隣には頬杖をついている航。その子供っぽい仕草にクスリと笑うと同時に曲が始まった。
 物心ついた頃には、既に得意として弾いていた曲。ミニコンポから流れるその旋律に、自分が弾いているような錯覚に陥る。十六小節続く序奏部の後、誰もが知っている旋律へと移り、中間部へとかかる瞬間、錯覚に陥ったまま、演奏しているかのように呼吸を整え……気付いた。
(……これ、CD……)
 自分の音ではないピアノ曲。大好きなショパンの曲。今にも動き出しそうな指を抑えるかのように、その膝を握り締める。ほんの七分強のこの曲でさえ、弾く事を禁じられているのだ。いや、弾いたところで、きっと去年の二の舞。曲の半ばで胸の痛みと苦しさに倒れこんでしまうだろう。それが悔しくて、哀しくて……。奏は唇を噛締めた。
  ――――――――――――
「先生!!」
 突然の航の声に、音楽教諭が驚いて顔をあげた。
「堀越くん?」
「保健室行っていいですか?」
 チラリと隣で俯いている奏を見る航に、音楽教諭が何かあったのだと察する。
「え、えぇ」
 心配そうな教諭に“大丈夫”とばかりに頷いた航が、
「奏、行こ!」
 震えている奏の右腕を引っ張った。奏が驚いたように航を見上げる。
「行こ」
「ど、どこへ?」
 どうやら航と教諭のやりとりが耳に届いていなかったようだ。
「保健室」
 有無を言わさず、自分と奏の荷物をまとめて航が離席を促す。
「……僕……別に……」
 驚いたままの奏の腕を引き、航は音楽室のドアを開けた。
  

「堀越くん。僕、別になんとも……」
 困った顔で奏が引き摺られたまま階段を降りる。その言葉に、腕を引いていた航が足を止め、奏の顔を覗き込んだ。航の真ん丸の瞳に映る奏が、奏をジッと見る。
「奏、俺とおんなじ顔してた……」
「え?」
「ストラを禁止されてた時の俺と、おんなじ顔」
 初めてのストリートライブで倒れた航。動かなくなった右足。緊張とストレスとジレンマ。昨日、休み時間に語り合った互いの一年間の話を思い出す。
「音楽、好きやろ?」
 航の突然の質問に奏が戸惑う。
「ピアノ、弾きたいやろ?」
 微笑みながらの言葉に胸が締め付けられる。
「分かるよ。俺もそうやったもん」
 丁度到着した保健室。養護教諭が奥のベッドを用意しておいてくれた。音楽教諭から連絡を受け、待っていてくれたのだ。ただ、事が大袈裟に伝わっていた為に奏は否応無くベッドへと向かう事になってしまったが……。
 奏がベッドに腰掛け、航がベッド脇の椅子に座る。
「……俺な、“緊張とかストレスとかで倒れてしまうかも”って言うたやん」
 傍にいてくれる友達に言える限度ギリギリの事。知っているのは校内では石田くらいだ。勿論、慎太郎と木綿花はそれ以上の事まで知っている。航は、それを奏に言おうとしていた。
「ホンマはな、ここに……」
 そう言って航が自分の頭を指し示す。
「ここに事故の後遺症があって、“倒れる”=“死ぬ”になり兼ねへんにゃんか」
 恐ろしい事を笑顔で伝えてくる航に、奏が心配そうな顔になる。
「ストリートライブ……やってて、大丈夫なの?」
 あれだけの人数に囲まれて演奏するのだ。緊張やストレスが無い筈がない。だが、航は笑顔のまま頷いた。
「シンタロ、居(お)るから」
「え?」
「俺な、シンタロが一緒やったら平気やねん」
 “不思議やろ?”とまた笑う。
「“二人いれば、大概の事はなんとかなるもんだぜ”」
 自分を見詰めたままの奏に親指を立ててみせる。
「……て、シンタロが言うねん。で、なんとかなってる」
「死んじゃうかもしれないのに?」
 それが怖くて、奏の身体はピアノを拒否するのだ。
「死なへんよ」
 クスクスと笑う航。
「だって……。怖くないの?」
「“死ぬ”って事より“シンタロとストラが出来んようになる”事の方が、ずっと怖いわ」
 “死”を目の前に突き付けられているにも関わらず、航の笑顔には迷いも澱みもない。その変わらぬ笑顔に奏は二人の“絆”の強さを感じた。
「奏は、“死ぬ”より怖い事ないの?」
 極ありきたりな質問をするかのようにサラリと航が問い掛ける。奏が一瞬言葉に詰まったその時、
“♪キーン♪コーン♪カーン♪コーン”
 六時限目終了のチャイムがなった。
「堀越くん。ひとまず教室に戻りなさい」
 保健室入り口脇の机にいた教諭の声が響く。
「はーい!」
 返事を返し、
「HR終わったら、カバンとか持ってくるから」
 慌しく保健室を飛び出す航。それを見送りながら、奏は胸を押さえた。
 ――― 『奏は、“死ぬ”より怖い事ないの?』 ―――
 航に訊かれて、真っ先にピアノが浮かんだ。今日、CDを聴いていただけで震えた指。普段は両親が音楽から自分を遠ざけていたから気付かなかった。いや、“恐れ”が先行して自ら無意識に避けていたのかもしれない。避けていたクセに救われたくて、慎太郎と航の姿を探していたのだ。楽しそうに音楽と遊んでいる二人に……。
「……ピアノ……弾きたい……」
 座っていたベッド。奏は、そのブランケットに蹲(うずくま)るのだった。
  ――――――――――――
 HRが終わり、奏のカバンを持って航と慎太郎が保健室に戻った時、奏の姿はなかった。音楽教諭が奏の父に連絡をしたらしく、迎えに来たというのだ。
「なんだか辛そうに泣いてたから、君達を待たずに帰ってもらったのよ」
 と、養護教諭。
「……俺……、励ますつもりやったのに……」
 奏のカバンを抱き締めて、航が肩を落とした。
「奏、明日、来るやろか?」
 新品同様の通学カバンを見詰めて呟く航の頭に、ポンと慎太郎の手。
「来なけりゃ、あいつん家、押しかけようぜ」
 いつになく強引な慎太郎の言葉に航が顔を上げた。
「“カバン、届けに来ました”って」
「うん!」
 奏のカバンを抱えたまま、二人は学校を後にした。
 
 
 翌日、水曜日。奏は学校を休んだ。そして、
「……ったく、お前は……」