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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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 事情は居間で聞いた。なぜ呼ばれたのかも十分に理解できた。実際に役に立つかどうかは分からないが、精一杯、力になりたいと航の…帆波の祖父母の手を握り締めた。
 薄暗い部屋の中。ベッドの脇に止めた車椅子で、小さな写真立てを胸に息を殺すように涙をこらえている帆波を見止める。
「……帆波ちゃん……」
 囁くように声をかけ車椅子の横から手を伸ばして優しく抱き締めると、一瞬、帆波の呼吸が止まった。
「お母さん……?」
 震える手が香澄の腰に伸びてきてそのまましがみ付くと、帆波がこらえていた想いを吐き出すかのように声を上げ始める。
「辛かったね……」
 腕の中で震える肩。香澄は帆波の頭を撫で続けるのだった。
 
 
  ――――――――――――
 石川宅の居間で、奥に祖父母、手前に智行とその母が座っていた。
「堪忍しとくれやす!」
 祖母が謝り続けているところへ、
「智行! 何してんの!?」
 騒ぎを聞きつけた智行の母が駆けつけたのだ。
「お母ちゃん?」
 息子が彼女の家に行くのは知っていた。が、買い物から帰って来た娘達が、彼女の家の前で怒鳴っている智行を見掛けて、慌てて母に知らせたのだ。
「おじさん、おばさん……」
 智行の母が、祖父母に声をかける。
「頭、上げておくれやす」
 代々続く帯問屋の猪口家と代々紋彫業を生業としている石川家。智行の母・紗雪は帆波の母・歌織とは幼馴染みである。娘同様に可愛がってくれていた祖父母のその姿は、紗雪の心に耐えがたい痛みを投げかけていた。
「智行、今すぐ、迎えに行っておいない!」
 そわそわと落ち着かない息子に、胸の痛みを紛らわすかのように声をかける。
「紗雪ちゃん! そないな事!!」
 祖父が“とんでもない”と首を強く振る。
「うちが言うても言わなんでも、この子、行くと思いますえ」
 母の微笑みに頷く智行。席を立ちたくても、祖父母が頭を下げたままの状態ではどうにも動けなかったのだ。
「行って来る」
 母の言葉を待っていたかの如く、素早く腰を上げる。
「智行! “これ”忘れたらあきまへんがな!」
 居間を出ようとする息子に、紗雪がテーブルの上の小箱を渡す。
「ちゃんと連れて帰って来るんやで!」
「分かってる!」
 ペコリと一礼して居間を出る智行を祖父母が頭を下げて見送った。
  ――――――――――――

  
 不意に航の携帯が鳴った。
 ベッドに投げ出された携帯がブルブルと震えながら音楽を奏でる。携帯に近い慎太郎が手を伸ばし、そのまま航へと渡した。
「……智兄……?」
 受信の名前を見て、首を傾げながら携帯を開く。
「……はい……」
『航くんか?』
 何やら急ぎ気味の声が聞こえる。
「……うん……」
『すまんけど、そこの住所を……』
「住所? うちの?」
『そう。そこの住所を……』
 首を傾げたまま住所を告げていた航が、
「え!? ……駅に!?」
 びっくり眼で慎太郎を見た。
“え・き?”
 口パクで携帯を指差す慎太郎に航が頷く。
「……うん。分かった」
 閉じた携帯をそのままポケットに入れる。
「猪口さん? “駅”って?」
 机の横に掛けてある上着を手にした航に、慎太郎が問い掛ける。
「なんやよう分からんけど、智兄、今、駅に居てるって。で、タクシーでこっちに来るさかい住所教えてって」
「お姉さん……かな?」
「うん。多分」
 上着を羽織った航が慎太郎に手招きする。
「でな、場所がよう分からんから、家の前まで出ててくれって」
 取り込み中らしき大人達には頼めない……という事なのか、と二人は階段を下りた。
  

  ――――――――――――
「おじさん。覚えてはる?」
 ようやく頭を上げた祖父に、紗雪が微笑む。
「かおちゃんとうち、いっつも一緒に居って。三年生の夏休みやったわ……」

  
 家から自転車で少し行ったところに川がある。歩くと三十分だが、自転車なら十分かからない距離だ。
 流れの穏やかなこの川は、付近住民の努力の甲斐あって、二人が小学三年生になったその年から遊泳の許可がおりていた。勿論、子供だけでは遊泳禁止である。ちゃんと大人が付いていてとの条件つきで出されていた許可だ。
『紗雪ちゃん、ここ、遊んだらアカンってお父ちゃんから言われてるとこ』
 一応、小学校学区内ではあるが、家からの距離もあるし、一昨年までは足も入れられないほど汚れていたこの川。大人の中には、遊泳許可を受け入れられない人もいた。
『今年からは遊んでも良うなったんやで』
『そやけど、ここに来るって言うて来てへんから、お父ちゃんら心配すると思う』
 歩くと三十分かかる学区の一番端。ここへ来るまでは大通りを二本超えなければならない。まともに掛け合って許可が出る筈もないのだから、当然親には内緒なのだ。
『ちょっと浸かるだけやん』
『でも、誰も居てへんし……』
 先日、結構な夕立があった。その為、少し流れが速くなっているので、遊びに来た人達も河原まで来て引き返していくのだ。
『うちらが入れば、他の人も入るって!』
『そやけど……』
『それにな。今入れば、うちら、一番乗りやで!』
 煮えきらない歌織にピースを出して笑う紗雪に、歌織も笑う。
『そやな』
『そうや!』
 ビーチサンダルのまま、二人同時に川に入る。サラサラと流れる水が気持ちいい。
『そんなに、水、早うないやん』
 “な?”と振り返ると、
『気持ちええな』
 すぐ後ろに歌織の笑顔。紗雪が膝丈までの深みへと進んでいく。
『紗雪ちゃん、待って!』
 足場をヨタヨタと確かめながら歌織が紗雪へと手を伸ばした。その瞬間、バランスを崩して歌織が倒れる。
『かおちゃん!』
 驚いて手を伸ばすが、倒れてしまった歌織の身体は流れの速くなっていた水に飲みこまれて流され始めた。
『紗雪ちゃん!』
『かおちゃん!』
 互いに伸ばす手。
『あ!』
 今度は紗雪が足を滑らせる。
 足が簡単につく深さなのに、苔と流れで立つことも出来ずにどんどん流されていく。水面に顔を出しているのがやっとだが、それも上流から流れてくる水をかぶってしまうので、呼吸もままならない。
『紗雪ちゃ……!』
 微かに聞こえた声に必死に顔を向ける。だが、そこには歌織の姿はなかった。
『かおちゃん!?』
 歌織を見失うと同時に力が抜け、意識が……途切れた。
  

「……気がついたら、おじさんが居って、うちらエライ怒られたな」
 思い出して紗雪が笑う。
  

 たまたま仕事を紋屋まで取りに行っての帰り道、騒ぎになっている河原を通った祖父。
『子供が流された!』
 誰かの声にふと見ると、見覚えのある自転車が二台並んで止めてあった。“まさか”と思いつつもその自転車を確認する。
『歌織と紗雪ちゃんの!?』
 サドルの下の名前に慌てて河原に走り出すが、人だかりの中に二人の姿はなかった。
『女の子二人らしいで!』
 その声を聞くや否や川へと入り、浅瀬を泳ぎ、二人を助け出したのだ。
 二人を両脇に抱え込んで河原へと上がった祖父に、救護隊が駆け寄ってくる。誰かが通報したらしい。
 幸い、時間が浅かったのですぐに意識を取り戻した。
『……お父ちゃん……?』
『……おっちゃん……?』