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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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 車椅子から動けない帆波は、隠れる事など出来ないはずだ。
「帆波!」
 一階の作業場から台所・居間へと襖を開けながら進んでいく。
「……なんで居らんねん……」
 祖父母が智行の後からゆっくりと居間へと入って来た。
「なんで居らんのですか!」
 顔を見合す祖父母に、智行がハッとする。先月、風邪をひいたと言っていた。会えなくなったのはその頃からだ。もしかしたら、風邪をこじらせて体調を崩したのかもしれない。
「なんかあったんですか!?」
 今にも掴みかかりそうな智行に祖父が座ろうと促す。
「お茶、淹れまひょな」
 困ったような微笑みで祖母が台所へと姿を消した。
 一人、立ったままの智行が祖父に促されてようやく腰を下ろす。
 苛付いてもしようがない。智行は混乱している頭の中を必死に整理した。
「帆波、なんで居らんのですか? 元気なんですか?」
「……元気や……」
 祖父の一言にとりあえず胸を撫で下ろす。
「なんで……」
「出来ればそぉっと引っ越したかったんやけど、見付かってしまいましたな」
 申し訳なさそうに祖父が頭を下げた。
 “そぉっと”“見付かって”って?
「石川さん、それ、どういう事ですのん?」
「引越し準備の為に、帆波には別のところに行ってもろとるんですわ」
「そやから、引越しって!」
「ぼん。お幾つになられました?」
 突然の問いに面食らった智行が思わず即答する。
「二十六です」
「ややこやったぼんが、もう二十六どすか」
 微笑みながら祖父が頷いた。
「そろそろ、御店を継ぐ準備せなあきませんな」
 智行の家は、帯問屋の元締めである。祖父母は既に他界しているので、現在は智行の両親が取り仕切っているのだ。兄弟は智行の三つ上に姉が二人。長男の智行が継ぐのは生まれた時から決まっていた事だ。
「準備って……」
「それなりの話も来てるんやおへんか?」
 家を継ぐ為のそれなりの話……。要するに“縁談”。見合い話のことである。
「そんな話は……。第一、俺には帆波が居るんやし!」
「帆波では、御店の女将さんは務まりませんがな」
「そんなん!」
 やってみなければわからない!
 そう言おうとして、智行は躊躇った。“やってみなければ”では、家は継げないのだ。
「わしらがここに居ったら、進む話も進まんようになってしまいます。紗雪(さゆき)さんの代で“猪口”を潰すわけにはいきまへんやろ?」
 母親の名前を出されて言葉を失う智行。猪口の祖父母には男子が授からなかった。だから、母が婿養子を貰って継いだのだ。元締めの問屋が潰れてしまっては、辺り一帯の帯屋が軒並み傾くかもしれない。
「俺がアカンかっても、姉ちゃんが二人も居るんやし」
 智行が食い下がるが、
「長男が居るのに、娘さんが継ぐなんて事、世間さまが許しますかいな」
 祖父に簡単にあしらわれる。
「そんなん、関係あらへん!」
「猪口家には一大事どす」
 ピシャリと言われ、智行は自分の膝をギュッと掴んだ。自分の言葉が全てひっくり返される。しかも、正論で。
「引越しは、帆波が言い出した事どすのえ」
 祖母がお茶を出しながら言った。
「帆波が? なんで?」
 首を傾げる智行の前に、祖母がコトリと小さな箱を置く。
「……これ……」
 見覚えのある箱に智行が更に首を傾げた。
 去年のクリスマス、意を決して渡した“指輪”だ。この箱を抱え込んで肩を震わせていたその涙に、
「帆波から、“ごめんなさい”って」
 帆波も同じ想いだと思ったのに……。
「なんでですか!? 納得いきません! 帆波に会わせてください!」
「ぼん……」
「帆波の口からちゃんとした理由を聞くまで、俺、諦めませんさかい!」
  ――――――――――――
  

 ものの二・三分で堀越宅に到着した飯島親子が居間に通される。
「航くんは?」
「自分の部屋に行かせました」
 祖父の言葉に母が頷く。
「シンちゃん。航くんのところに行っててくれる?」
「分かった」
 何だか厄介払いのようだな、と思いつつ居間を出たところで振り返ると何やら深刻そうな顔の祖父母の顔が見えた。まだ高校生の自分達には手の出しようのない事があったのだと悟る。そして、静かな二階へと向かった。
「航」
 ノックをしてドアを開けると、ベッドに凭れて座り込んでいる航が目に入った。抱えているのは木枠の小さな写真立てだ。
「おばさんは?」
「お祖父さん達と話してる」
 慎太郎が航の隣に腰を下ろすと、写真を見ながら航が話し始めた。
「祖父ちゃんに“飯島さん、呼んでくれ”って言われてん。なんでかなって思たんやけど……。俺がこっちに来たばっかりの頃、お墓参りに行きたくなくて、シンタロん家に逃げてきた時あったやん?」
 航の言葉に慎太郎が黙って頷く。
「あの時、おばさん、母ちゃんみたいやったって……」
「関西弁?」
「それもあるけど。おばさんにキュッてされた時、ホンマに母ちゃんみたいやってん。具体的にどうこう違(ちご)て、雰囲気がなんとなく。それ、祖父ちゃんらに話した事があって……。……姉ちゃん、“お母さん”って言うてた。そやから、おばさんなんやなって……」
 航の指が写真の母をそっと撫でる。
「おばさん、ちょっと似てんねん。元気でよう笑(わろ)て、どことなく天然で……。名前も……」
「名前?」
「母ちゃん、かおりって言うねん」
 “歌”を“織る”と書いて歌織。慎太郎の母は香澄だ。
「“か”しか合ってねーじゃん」
「それでも! ……なんか、似てるやん」
 写真を見詰める航を見て、
「……だな……」
 慎太郎が頷いた。

  
  ――――――――――――
「ぼんに……いや、猪口さんに迷惑はかけられへん。それがあの子の出した答えなんどす。どうか、分かっておくれやす」
 祖母が涙ながらに智行に頭を下げた。
「“迷惑”って、何がですか? 帆波の存在が迷惑やなんて、そんなん思た事ありません!」
「ぼん……」
「その言葉だけで、帆波がどんだけ喜ぶか……」
 そう言って、祖父母が再び深々と頭を下げる。
「やめて下さい」
 智行が祖父母の頭を上げさせようと手を伸ばすが、祖父母は首を激しく振ってそれを拒んだ。
「……石川さん……」
 頭を下げたまま、二人の肩が震えていた。ついた手の隙間から畳が濡れていくのが分かる。それに気付いた智行が、引きかけた手を止めた。
 彼女が大事だ。全てを犠牲にしても守ってやりたいと思う。しかし、それを伝えたところで、この感謝のされようは異常ではないか? 彼女の身体のことを含めても、ここまで涙されるのはおかしくないか? たかが引越しの準備に、彼女だけが先にどこかに行かなければならないのも、よく考えればやりすぎのような気もする。何か自分に会えない理由でもあるのだろうか?
 会わなくなった頃からの記憶を順に遡っていた智行が祖父の肩を掴んだ。
「やっぱり、“なんか”あったんですね!?」
 身体を起こされた祖父が黙ったまま首を振る。その隣から、
「堪忍しとくれやす! 堪忍しとくれやす!」
 祖母が智行と祖父の間を割って入るかのように、祖父にしがみついた。
  ――――――――――――

  
 月明かりだけの部屋に、香澄がそっと足を踏み入れる。