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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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 藤森宅。土曜日の夜のリビング。真剣な顔で姿を現した息子に言われ、藤森夫妻が並んで座っている。そのテーブルを挟んで向かい側、
「パパ、ママ。お願いがあります」
 パジャマの上にカーディガンを羽織った奏が両親を見据える。息子の突然の“お願い”に心当たりがある筈もなく、両親が顔を見合わせた。
「……手術……受けたいんだ」
「え!?」
「手術って……胸の?」
 驚く両親の言葉に奏が頷く。
「僕、音楽を続けたいんだ。航くんや慎太郎と一緒に……」
 クラシックだけが人を感動させる音楽ではないと、ストリートライブで教わった。各々が各々の気持ちを伝える事が出来るのが“本当の音楽”なのだと知った。確かに、自分にはクラシックの世界での土台がある。しかし、それは“藤森響子”のいる舞台であって、よしんばそれを引き継いだとしても自分の何かが伝えられる訳ではない。大好きな音楽。それを気付かせてくれた二人と、自分の何かが伝えられる場所を奏はストリートでの活動で見付けたのだ。だから……。
「僕は、僕の手で、僕の言葉で、今の僕を伝えたいんだ」
 二人がやっているように……。
「でも、今のままだと、僕……」
 病院で両親が告げられた医師の言葉を思い出す。
『高校卒業までは……』
 気になって、つい立ち聞きしてしまったのは夏の初め。その時まで、悔いの無いように一生懸命“今”を生きよう。そう思った……そう思っていた。
「わがままだと思うし、贅沢を言ってるとも思う。でも、ほんの少しでも可能性があるのなら、その可能性に賭けてみたいんだ」
「……奏……」
「夢を見るんだ。三人揃ってストリートで歌ってる夢。高校生じゃなくて、もっと大人になってる僕ら……十年後の……僕ら……」
 今と同じ、風の吹き抜ける公園で、春の、夏の、秋の、冬の陽射しの中で歌い続ける、10年未来……。
 やがて、
「……早い方が……いいな……」
 テーブルに手を付いた父親が、深い溜息の後で息子を見て言った。
「あなた!」
 驚いた母親が、息子と主人の顔を交互に見る。
「どうしても踏み出せなかった一歩を自分で踏み出したんだな、奏」
 ゼロではないが、余りにも低い可能性。それに賭けるには見合わない大切な命。お仕着せの判断では告げられなかった手術への一歩。
「ドナーもすぐには現れないだろう。早めに申請して……。少しでも元気な内に手術が出来るように……」
「パパ!」
「学校は休学ね。でも、いいの、奏?」
「ママ!」
 母の問いに奏が嬉しそうに頷いた。
「急いで病院に連絡して……。ママは三月までは桜林にいなくちゃならないだろ?」
「あら!!」
 学校の講師としての契約は三月までだという事を今更ながら思い出したようだ。
「出発が早ければ、私は一人で残留ね」
 “仕方ないわ”と眉をひそめる。
「今日明日中には大体の時期が分かるだろうから、そうなったら場合によっては忙しくなるな……」
「いつ頃か分かったら教えて。二人にちゃんと言うから」
  ――――――――――――
「ママに付いてリサイタルをやっている時は、ただ漠然と“将来もピアノを弾いているんだろうな”と思ってた。でもね、君達とストラやってて気付いたんだ。僕のやりたい音楽は“これ”だって……。君達と一緒にみんなの力になれる音楽を伝えていきたいんだ、ずっと……」
 今にも倒れてしまいそうな顔色で、それでも瞳だけはキラキラと明日を見ている。
「戻ってもドナーが現れるまでは……静養?」
「うん。だけど、曲は作れるよ」
 家でジッとしていても、病院でジッとしていても、詞は書けるし曲だって作れる。暇になる分、その時間は増えるのだ。
「離れてても、“三人”……か……」
 慎太郎が自分達を見回して微笑み、奏が頷き返す。
「そして、絶対に帰ってくる」
「絶対やで。約束!」
「うん、約束!」

  
 十二月の第二週は先週末に決めた通り、朝のライブは二人で、午後のライブは三人で行なった。
「奏、出発は?」
「二十三日の夕方」
 二学期終了式の翌日だ。
「今度の土曜日は、ライブ、二人でやって。僕は休むから」
 出発前にムリは出来ないという事なのだろう、と二人が頷く。が、
「その代わり、火曜日にやりたいな」
「え!? 火曜日って……」
「二十三日……。出発の日やん!」
「うん」
 ホットレモンティーの缶を両手で包み込んで奏が頷いた。
「最後にライブやって、そのまま出発したいんだ」
 みんなの笑顔と二人の音と声を耳に残したまま、その余韻に浸りつつ旅立ちたい。
「んじゃ、倒れたりしないように、しっかり体調整えとけ!」
 “搭乗ロビーで倒れたら洒落になんないぞ”と慎太郎が奏の頭を小突く。
「小田嶋さんとかには……?」
 小田嶋氏達は、只今、ライブ中である。
「自分で言うよ」
 今まで内緒にしていた事、全部。きっと、あの人達はそれすらも受け止めてくれる筈だ。航や慎太郎のように……。
「ほな、若林さんも呼ぶ?」
 今日は自治会会議で、朝から顔を見ていない。が、流石に会議もそろそろ終わっているだろう。
「“呼ぶ?”って言ったって……」
「大丈夫!」
 慎太郎の言葉に航が携帯をスチャッ! と取り出した。
「祖母ちゃんから、若林さんとこの電話番号聞いてあんねん」
 航の祖母は地域婦人会主催の手芸教室の先生である。若林夫人はそこの生徒なのだ。
「なんの為に?」
「なんかの為に!」
 “♪今がその時ぃ……”
 歌いながら航が携帯のボタンを押した。
  ――――――――――――
 小田嶋・高橋デュオのライブ終了と同時に若林氏が大慌てで公園に姿を現し、全員揃った所で奏がアメリカ行きを告げた。
「遠いなぁ。遠すぎるよ。日本じゃダメなのかね?」
 奏の手を握り締めて若林氏が言い、
「アメリカの方がドナーも見付かりやすいですからね」
「医師達の経験も豊富だし」
 小田嶋氏と高橋氏が頷き合う。
 奏の突然の告白に驚きはしたものの、誰一人として内緒にしていた事を責める訳ではなく、ひたすらその身を案じてくれる。
「治ったところで無理はいかんよ。ゆっくり養生して、ちゃんと元気になってから帰っておいで」
 治る事を前提で若林氏が握り締めた奏の手を振った。
「医者の言うパーセントなんか当てになるもんかね。私らがついとるんだ、絶対に良くなるさ」
 氏の笑顔にみんなが頷く。
「……二十三日……。午後はなんとしても休みを貰わないとな!」
 高橋氏が手帳を広げて顔をしかめる。
「いいのか、所長がそんな事して?」
「馬鹿野郎! こーゆー時の為に有給休暇を貯め込んであるんだよ!」
 覗き込んでくる小田嶋氏の顔を肘でどけながら、当日のシフトがどうにかならないものかとその前後のシフトと睨めっこする高橋氏。慎太郎に何やら話していた航が、今度は小田嶋氏に耳打ちしている。若林氏は奏の手を握り締めたままだ。
 何があってもいつもと変わらないメンバーに、奏がそっと頭を下げた。
  

「航くん!」
 翌週の土曜日。ライブが終了した小田嶋氏が、最後列で見ていた航と慎太郎の元へ駆け寄って来る。
「これが僕ので、こっちがあいつの」
 そう言って小さな物を航の手の中に入れた。