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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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「ありがとうございます。後は、若林さんの……」
 名前が出た所で、
「お―――い!」
 ご当人到着。
「こんなもんでいいかね?」
 と、小さな紙を航達に見せる。
「凄っ!」「達筆!」「流石ですね」
 口々に感嘆する三人に、若林氏が照れている。
「後は火曜日に渡すだけやな」
 みんなから受け取った物をギターケースにしまった航の顔が一瞬曇る。その頭にポン! と乗る慎太郎の手。見上げた航の瞳に四人の笑顔が飛び込んできて、航が笑顔を返した。

  
 クリスマスイヴを翌日に控えた火曜日。
  
  ♪ 10年未来……
  
 公園に三人の声が冷たい空気に乗って響き渡る。
  
  ♪ 海は藍いままかな
  
 メインの声は奏。
  
  ♪ 遠い未来に 想いをよせる
  
 不確定な未来を確実にする為の旅立ちに、感謝の気持ちを込めて奏が歌う。
  
  ♪ 10年未来
  
 失いたくない笑顔と仲間と、
  
  ♪ 遠い夢 近付けてるかな
  
 今、この瞬間を記憶に刻み込みながら、
  
  ♪ 10年未来
  
 同じ十年後に想いを馳せ、
  
  ♪ まだ 夢を 見ているかな……
  
 三人、笑顔を見合わせる。
「気が付いた方もいらっしゃると思いますが……」
 拍手の後、下げていた頭を上げて慎太郎が微笑む。
「『10年未来』、航のパートを奏が、奏のパートを航が歌っていました」
 気付かなかった聴衆が驚いたように顔を見合わせ、気付いていた聴衆が頷く。
「理由は……」
 ここまで言って、慎太郎が後方にいる奏を見る。
「奏」
 慎太郎が一歩横に身体をよけ、そこに奏が前に出てくる。何事かとざわつく聴衆を見渡し、ペコリと奏が頭を下げた。
「色々あって、しばらくここでの活動を休む事になりました」
 聴衆から、驚きの声が上がる。
「いつ頃戻って来れるかは分かりませんが、必ず戻って、また、三人で歌いたいです」
 奏が再び頭を下げ、それと同時に航のギターが何かのメロディーを奏で始める。それを追うように慎太郎のブルースハープとギターが重なり、持ち場についた奏のピアノが鳴り響き、いつもの最後の曲のイントロになった。
  
  ♪ 顔を上げて
  
 三人で歌う最後の歌。
  
  ♪ 僕らの声が聴こえますか?
  
 慎太郎の声がいつもより低く優しく囁くように響く。
  
  ♪ 僕らはすぐそばにいるから
  
 しばらくの間聴き納めになる、三人のハーモニー。
  
  ♪ 見上げた空はどこまでも……
  
 互いに確かめ合い、見交わす視線。
  
  ♪ だから メロディー 風に乗せ
  
 その先には、聴いてくれているみんなの笑顔。
  
  ♪ 僕らの想いが 君に届きますように……
  
 そして、『10年未来』。
 ――― 三人の声が消え、音が消え、
「ありがとうございました!!」
 深々と頭を下げる三人に、拍手が送られる。頭を上げた三人が顔を見合わせ笑い合う。その笑顔と聴衆の笑顔を瞼に焼き付ける奏。少しずつ散っていくみんなをジッと見つめる。時々、会釈をしたり手を振ったりしながらもその笑みは穏やかに晴れていた。
「奏」
 慎太郎がピアノの前の椅子を持ってきて、勧める。もう、見送る人もいない。片付けを手伝おうとした奏を航と慎太郎の二人が止めた。
「ええから、座っとき」
「お前、絶対に疲れてるから」
 否応無く座らされる奏。その目の前で楽器達がテキパキと片付けられていく。
 そんな所へ、
「お疲れ様」
 小田嶋氏と高橋氏がやって来た。
「奏くんは、一度家へ帰るのかな?」
 小田嶋氏が座っている奏に声をかける。
「いえ、父が迎えに来てくれて、ここから直接空港に行く予定です」
「じゃ、あっちに行こう」
 奏の身体をヒョイと椅子から下ろして、高橋氏が日当たりのいいベンチを指差す。ベンチには手を振る若林氏。
「でも、僕、ピアノ……」
「それは慎太郎くん達が持ってきてくれるさ」
 “ね?”と二人に言われ慎太郎と航が頷く。有無を言わさず日向のベンチへと連れて行かれる奏。それに少し遅れて、慎太郎と航が荷物を持ってベンチへ向かった。
 ――― 数分後、奏の父親が公園へと姿を現した。互いに挨拶を交わす大人達。
「……わざわざ、そんな……」
「いえ。是非、空港まで見送りに行かせて下さい」
 奏の見送りに大人達が押し問答を始めた。
 結果。当初の予定通りに、みんなで空港へと見送りに行く事となった。藤森母は、一足先に空港へと行っているらしい。奏が“航くんと慎太郎は一緒に……”と言うので、航と慎太郎は藤森父の運転する車に同乗、残った大人三人は小田嶋氏の車で後を追っていく事になった。
「奏」
 藤森家の車の後部座席に三人並んで座る。運転席の真後ろに奏、真ん中に航、助手席の真後ろに慎太郎。
「奏。……これ、俺等から」
 航がポケットから小さな袋を取り出し、奏の手の中に入れた。
「何? 御守り袋?」
 和風の織物の袋は、神社などで見掛ける御守りによく似ている。
「うん」
 頷く航の横で、奏がてのひらに乗った御守りを見る。
「え? これって……」
 袋の表書きにクスクスと笑い出す。
「袋は木綿花ちゃんの手作りで、表書きはミカちゃん作」
 そう。そんな手作り御守りの表書きの刺繍文字は【石田大明神】。
「御利益は絶大らしいぜ」
 大明神本人のお墨付きだ。
「何か音がする……」
 笑っていた奏が袋を揺する。シャラシャラと硬い物が擦れる音が聴こえた。
「開けていい?」
 奏の問い掛けに二人揃って頷く。
「これ……。ピック? 四枚?」
 中から出て来たのは、ギター演奏の時に使用するピック。
「俺のとシンタロのと……」
 一枚ずつ指差しながら航が説明していく。
「小田嶋さんのと、高橋さんの」
「これは?」
 最後に出て来たのは小さくたたんだ和紙。広げるとそこには【信】の文字。
「若林さんに書いてもらったんだ」
 ピックも何もない若林氏。何かないかと思案の末、思い付いたのが“ありがたい言葉”をしたためた物だった。何か言葉を書いて下さいとお願いしたところ、出来上がったのがそれである。
 氏、曰く。仲間を信じ、自分を信じ、可能性を信じ、夢を信じ、未来を信じる。……だそうだ。
「御守りに、なるかな?」
 航が不安気に奏を見る。
「なるよ! 勿論!」
 嬉しそうな奏を見て航と慎太郎も笑顔になる。と、
「僕も……」
 今度は奏が座席後ろの手荷物をゴソゴソし始めた。
「これ」
 出て来たのは三枚のCD。
「慎太郎と航くんと、後一枚は、京都のお姉さんに」
「何のCD?」
「聴いてみる?」
「うん! 聴きたい!」
 同じ物がもう一枚。実はカーステに入ってるんだ。と奏。そのスイッチを藤森父がON!即座に流れてくるギターとブルースハープとピアノの演奏。
「これ……」
「“銀杏並木”……」
 驚く二人に、運転席の藤森父が微笑む。
「桜林祭の前に家で演奏したでしょ?」
 二人が頷く。
「あれ、パパがこっそりマイクを仕掛けていて、録音されてたんだ」
 藤森父が音楽のプロである事を思い出す二人。