WishⅡ ~ 高校2年生 ~
テーマは『実る事のない初恋』。
♪ 口に出さない I Love You
伝える事の出来ない想いは、三人の共通点である。
♪ 無防備な笑顔も
航の通る声を
♪ かまいたくなる仕草も
奏の切な気な声が追い駆け、
♪ 分かってる
慎太郎の声が包み込む。
♪ その笑顔 失いたくなくて
一途に想われる、その“女子”に、
♪ 君のそばにいたくて
自分をダブらせる桜林の女子が、
♪ 心にベールをかける
一斉に溜息をつくのが聞こえた。
♪ 君を守るほどの力もないボクに
三人の声が、
♪ ここにいる事を……
航ひとりになり、
♪ そっと見守る事を……
奏がそれを追い駆け、
♪ どうか……
慎太郎が更に追い、静かに音が消えた。
完全に消えた音を確認し、それにとって代わるように拍手が起こり、三人が揃って頭を下げる。
「ありがとうございます」
初めてのラブソングは思ったより好評のようで、その安堵感が顔に出てしまう。
「去年、ここで飛び入りさせてもらった時は、まさか、今年も……なんて思ってなくて。バタバタと三曲だけ演奏して帰ったのを思い出します。今日はゆっくりやってるつもりなんですけど、そろそろ時間みたいなので……」
会場のあちこちで“えーっ!?”とブーイングが起こる。ストリートでは有り得ない事だ。
「ありがとうございます」
二度目の慎太郎の言葉に、航と奏も揃って頭を下げる。
「いつも、公園でのライブの時はこの歌を最後に歌います。だから、ここでも、最後は同じ曲で……」
まだタイトルの決まっていない曲を告げると、ギターの表面を叩いて、航のカウントが始まった。
♪ 顔を上げて
慎太郎の低い声が、優しく語り掛けてくる。
♪ 僕らの声が聴こえますか?
コーラスの無い前半は慎太郎の声だけ。
♪ ひとりじゃないよ
その低い声に、後半から奏のハモと航のハミングが重なる。
♪ 僕らはすぐそばにいるから
そしてサビ。
♪ 見上げた空はどこまでも
三人の声が低音の慎太郎と同じ言葉で音を綴っていく。
♪ だから メロディー 風にのせ
最後の最後、
♪ 君に届きますように……
三人が顔を見合わせながら消えていく声と音を合わせ、予定の演奏が終わった。航が一歩前へ踏み出し、その左隣に慎太郎が付く。奏がキーボードを離れ、航の右隣に付いた。そして、三人揃って、
「ありがとうございました!」
深く頭を下げる。ステージを降りるのは上手(かみて)から。慎太郎を先頭に舞台袖に向かえばいいのだ。拍手の中、頭を上げた三人が頷き合って舞台袖に向かおうとしたその時、
「もう一回!」
手拍子に乗って、誰かが叫んだ。驚きつつも袖に引っ込もうとした三人を
「もう一回!」
更に増した声が引き止める。まるで、コンサートのアンコールのようだ。袖に隠れている学園祭実行委員の方を見ると、終了の放送を入れるべく持った筈のマイクをコトリとテーブルの上に置いた所だった。
「え?」
戸惑う三人に、実行委員も拍手を送る。
「……あの……」
と、今度は揃って客席最前列の藤森教諭を見る。学園祭の担当だと言っていた教諭に、どうしたものかと助けを求めてみる。そんな三人を見て、微笑んだ教諭が“どうぞ”と手を差し伸べた。
「……“やれ”って事?」
「……アンコール演奏?」
「……もう一曲?」
再び顔を見合わせた三人がコソコソと小声で囁き合う。その間も、客席からの声援は鳴り止まない。やがて、奏が定位置に戻り、航が一歩下がり、
「えーっと……」
慎太郎がマイクに向かうと、手拍子が拍手に変わった。
「ありがとうございます。先生からの許可も出ましたので、もう一曲だけ……」
言いながらチラリと後ろの二人を見る。
心配そうに見ている航に、スタンバった奏が微笑みを返して大きく息を吐いた。
準備の整った二人が慎太郎に視線を送る。
「これで最後になります。“10年未来”」
キーボードとギターとブルースハープの音が交差しながら前奏を奏で、
♪ 君と見上げ
航と奏の声が秋の空に響き渡る。
♪ 笑いながら けれど 不安で
聴衆はピッタリ、自分達と同じ世代。
♪ まるで現在(いま)が全てみたいな
その歌詞に各々の不安を改めて見つめ直す。
♪ 10年未来
遠いようで近い未来。
♪ 君は…… 僕は……
思わず隣にいる友人の顔を見てしまう。
♪ まだ 夢を 見ているかな……
互いに微笑みを交わす者もいれば、思わず手をつないだ者もいる。確信があるような無いような、そんな近くて遠い未来に思いを馳せた聴衆から三人へ、惜しみない拍手が送られた。
演奏が終わって、先程と同様に航が一歩前へ出てその隣に慎太郎が並ぶ。奏は少し奥から航の右隣へと急いだ。
「……とっ!」
奏が躓き、慌てて二人が手を差し伸べて、
「ありがとうございました!」
三人仲良く頭を下げる。拍手の中、ゆっくりと頭を上げた三人の背後のスピーカーから実行委員の放送が流れる。
『200X年度、桜林祭、野外ライブ、これにて終了します』
もう一度深くお辞儀をして、三人は拍手に送られてステージを下りた。
「奏」
袖への階段を下り切ると同時に、奏が膝を付いた。アンコールの時、顔色が良くなかった。演奏前の大きな深呼吸も気になっていた。こうなるだろうと予測して、航と慎太郎が同時に声と手を出した。
「……ちょ、と……休めば……へ、き……」
と弱々しく微笑む。
「どっか休めるとこ……」
航が辺りを見回すが、舞台袖からは外は見えない。
「とりあえず、出るか」
慎太郎が奏の脇に手を入れて立たせようとしたその時、
「奏くん!」
木綿花が舞台袖に飛び込んで来た。
慎太郎に支えられた奏の頬をはさみ、そのまま、今度は服の袖を捲くる。
「木綿花!?」「木綿花ちゃん!?」「……い、伊倉さん!?」
その大胆な行動に何事かと驚く三人。
「やっぱり」
それすらも無視して、木綿花がひとりで頷く。
「奏くん。ゆっくり深呼吸して」
「え?」
「いいから!」
その勢いに、思わず従ってしまう奏。木綿花が指導するまま、大きく息を吸い込み、吐き出し……。何度か繰り返した後、奏の顔色を確認した木綿花が、
「保健室にいきましょ」
にっこり笑って、慎太郎と航に奏の身体を支えるように指示を出す。
「伊倉さん……?」
「アンコールの時に顔色が悪いなって思ったのよ」
何度も堀越宅と飯島宅に出入りしている内に、病気の事が木綿花に知れてしまったのである。最初は驚いていた木綿花だったが、今では航達同様、良き理解者だ。
「ほら!」
そう言って、捲くった袖の下の腕を指す。微かに浮き出始めている紫色の痣。
作品名:WishⅡ ~ 高校2年生 ~ 作家名:竹本 緒