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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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「頑張り過ぎちゃったから、チアノーゼ起こしかけてる」
 ちなみに、木綿花はこの学校の“看護科”在籍である。
「チア……?」
 首を傾げる航に、奏の袖を下ろしながら木綿花が説明する。
「血液の中の酸素が不足して、皮膚とかが紫色になるの」
 納得しながら、木綿花に先導されて保健室へと向かう。
「あの……。伊倉さん。……母は……?」
 折角の学園祭でこんな事になってしまって、怒っているかもしれない……。いや、アンコールを許可したのは藤森教諭自身なのだから、落ち込んでいるかもしれない。
 色んな考えが巡って不安そうな顔になった奏に、
「先に保健室に行ってる。酸素ボンベの用意しておくって」
 “大丈夫よ”と木綿花が笑った。
「あたしは片付けがあるから戻っちゃうけど、ある程度回復するまで、保健室ね」
「……うん……」
「藤森先生ね……」
 母の名が出て、奏が先導している木綿花の背中を見る。
「アンコールをOKした後、ずっと祈るように手を組んでたの」
 大勢の観客からのアンコール。嬉しそうに戸惑う三人。顔色の優れない息子。ここで切り上げる事を告げるのは簡単だが、もう一曲……、あと一曲なら弾かせてやりたい。そんな思いで差し伸べた手。演奏を始めた息子が途中で倒れたりしないよう、後悔する事無く、ちゃんと演奏しきれるよう、組んだ両手に思いを込めて……。
「素敵なお母さんよね」
 校舎前で振り返った木綿花に、
「うん」
 奏が笑った。
 ――― 保健室へ入ると、藤森教諭が心配そうな顔で奏に手を差し伸べ、用意しておいたベッドへと誘導する。それを見届けて、航と慎太郎は自分達の楽器を片付けにステージへ、木綿花がクラスの方へと戻って行った。
「……楽しかった?」
 ベッドに横たわる息子に問い掛ける。
「……うん……」
「そう……」
 顔色の戻って来た息子に、安心したように微笑む。今は、“藤森教諭”ではなく“奏の母”なのだ。
「航くんと慎太郎は?」
「ギター取りにいくついでに、ステージの片付けを手伝ってくるって」
 女子校での男手は数少ない男性教諭のみである。たった二人でも、若い力は随分と助かるのだ。
「じゃ……僕も……」
 楽になったから、と身体を起こす奏の肩を母が抑える。
「ムリはしないで、横になっていなさい」
「でも……」
 眉を寄せる奏の姿に母がクスリと笑った。
「何?」
「慎太郎くんの言った通りだなって」
 保健室を出る時に慎太郎に言われたのだ。
『動けるようになったら、絶対に“手伝いに来る”って言うだろうから……』
「……だからね、“すぐに戻るから、大人しく寝てろ”って言っておいて下さいって」
「だって」
「ちゃんと回復するまでは手伝いに来ても手伝わせてやらない! とも言ってたわよ」
「もう……!」
 観念した奏が、再び横になった。
「演奏して、客席相手にMCして、あなた達の事も見て……。視野の広い子ね」
 奏にブランケットを掛け直しながら、母が頷く。
「だから、僕……」
 航や慎太郎が自分の事を気にかけてくれているのは嬉しい。だけど、それが負担をかけているようでイヤなのだ。だから、そうならないように二人の前では倒れたりしたくない。それなのに……。
 ふと、廊下から賑やかな声が響いてきた。
『俺が持つ!』
『っせぇな!』
 よく通る高い声と聞き取り辛い低い声。航と慎太郎だ。
 奏が再び身体を起こした。母が横になる事を促すが、
「もう平気なんだから」
 と、その手を制す。二人に心配をかけたくなくて……。
 そして、賑やかなまま開くドア。
「奏、起きてる!?」
 ギターとステージピアノを抱えた航が、驚きつつベッドに駆け寄る。
「大丈夫なのか?」
 ギターと椅子を抱えた慎太郎が……以下同文。
「うん。発作を起こした訳じゃないから」
 微笑む奏に、航が抱えてきたピアノを下ろす。
「はい。奏のピアノ。ここに置くな」
「ありがとう」
 その様子を“やれやれ”と見ている慎太郎を目にして、奏がさっきの廊下の声を思い出す。
 ――― 『俺が持つ!』 ―――
 きっとすぐそこまでは慎太郎が持っていたのだ。航に負担をかけないように……。そうやって、いつも助けてくれている。
「奏、どうした?」
 慎太郎に頭をクシャとされて、奏が我に返った。
「ボーッとしてたぞ」
 “まだ辛いか?”と顔を覗き込んでくる。
「ムリせんと、ゆっくりしとき」
 航が奏の手を取って、ポンポンと叩く。
「うん」
 頷いた視界が曇り、航に取られていない方の手で目をこすった。と、同時に航と慎太郎と母が驚く。
「「「奏!?」」」
 その揃った声に今度は奏が驚いた。
「どうした?」
「どっか痛いんか?」
「苦しいの?」
 各々が心配そうに奏を覗き込む。目をこすった手を見ると……いや、こする直前に気が付いた。視界が曇ったのは、不意に浮かんだ涙の所為……。心配されている事が嬉しいやらもどかしいやら……不甲斐ないやら。心配などかけたくないのに、そうされざるを得ない今の自分。
「違……。僕……」
 このままだと、一年経たない内に更に心配をかけてしまう事になる。
「大・丈・夫!」
 奏の心の内を察したかのように、ポンポンポンと握った手を叩きながら航が笑いかける。
「“ポンポン”って……。不安が飛んでく気ぃせぇへん?」
 笑いながら、奏の手をポンポンと叩き続ける。まだ慎太郎と出会う前、上手く感情を表す事が出来なかった航の手を叩いてくれた祖母。
『航ちゃんは、一人じゃないのよ』
 そう言って笑ってくれた祖母の姿を思い出しながら、航が奏の手を叩く。
「……うん……」
 頬に流れる涙を拭い始めた奏を見て頷いた慎太郎が、隣にいる藤森母に何やら袋を渡す。
「これは?」
「奏が保健室に来たのを知った女子からです」
 小さな紙袋の中には、可愛く折りたたんだメモ達とクッキー。
「僕に?」
 涙声で驚く奏。
「俺も慎太郎も貰たで。ファンレター……みたいなもん?」
 航と慎太郎のそれは、各々のギターケースの横にある。
「桜林(ここ)に来ると、“モテ期”になる」
 航がクスクスと笑った。
「マメだよな、女子校の女子って……」
 理解できない様子で慎太郎が苦笑う。
「そりゃぁね……」
 と一言呟いて、後の言葉を飲み込み、藤森母が微笑んだ。
“男っ気がないから、男子に飢えてるのよ”
 とは、流石に言えない。
「心配してくれる人がこんなに居(お)るんやもん。泣いてる場合ちゃうで」
 “な?”と、涙の引いた奏に悪戯気に笑いかけ、航がようやく手を離した。そのまま、ベッド脇に立て掛けてあるギターケースを手に取る。
「何時?」
 慎太郎に問いながら、保健室の中をグルリと見回す航。部屋の奥に、壁掛け時計を見つけ時間を確認する。
「そろそろ行く?」
「そうだな……」
 頷きつつ、慎太郎もギターを手にする。
「帰るの?」
「うん。祖父ちゃん祖母ちゃんにお土産渡さな!」
 と、料理部のマドレーヌ掲げた航とクッキーを掲げた慎太郎が顔を見合わせる。
「そんな顔すんなよ」
 慎太郎の手が頭に乗り、奏が自分の頬に手を当てた。どんな顔をしていたのだろうと母を見るが、母はただ微笑んでいるだけだ。