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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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「ほな、行くわ」
 ギターを掛けた航と慎太郎に奏が挟まれるように歩き出す。
「頑張りや!」
 手を振る帆波に振り返す航と、会釈する慎太郎と奏。
 演奏は三番目。
 舞台脇のドアから、三人は袖へとスタンバった。
  ――――――――――――
 一組目が演奏している舞台袖で、奏の左肩に慎太郎がずっと手を置いている。航は右手を握ったままだ。
「いつもとおんなじやから……」
 呟く航の言葉が奏に向けられているようで、実は航自身にも向けられている事に気付いた慎太郎が、空いている方の手で、航の頬をプニッとつまんだ。
「ドキドキは一緒だ」
 今までで一番大きなイベントだ。緊張しない筈がない。
「もっと大きいとこでやってたんやろ?」
 航が引き攣った笑顔を奏に向ける。
「うん。まぁ……」
 でも、そのリサイタルで倒れたのだ……。
「しっかり前見て、ダメだと思ったら、俺等の顔をチラ見!」
 慎太郎が励ます。今回は航の地元での演奏になる為、MCは航なのだ。
「噛んだら、ちゃんと突っ込んでやるからさ」
「そこが不安やわ……」
「じゃ、航くんが噛んだら、僕がボケて……」
「ボケてどないすんねん!?」
「ボケてどーすんだよ!?」
 ナイス突っ込み!
 あまりのタイミングの良さに、自分達で笑い出す。
「トリオ漫才出来るわ」
「コミックバンドじゃねーし!」
 クスクスと笑って、緊張をほぐす。
 舞台上は、二番目の演奏者。楽器はバイオリン。
「ちょっと、大人やん」
「音大生……かな?」
 その場慣れした姿に奏が頷く。
 下は幼稚園年少から上は音大生まで……。実に幅広く集まったものだ。これで盛り上がれば、今年の地蔵盆は成功間違いなしなのだろうが、まだ始まったばかりで、講堂の端にいる役員達の顔はなかなかに険しい。
「……シンタロ……」
 出番が迫り、航が慎太郎の肩を突付く。
「挨拶、後でええんやんな?」
 ここに来て段取りが不安になったらしい。
「任せるよ」
 慎太郎に一任されて航が情けない顔になる。
「えーと……」
 航の不安を察して言葉を足す慎太郎。
「出て、お辞儀して、そのまま“秋桜の丘”。挨拶はその後。……てのが、いつもやってるライブ」
「一緒でええ?」
「一緒の方がいいな、僕。その方がリズムが掴めるから」
 何気ない、奏のフォローが入る。
「うん。分かった」
 航が頷いたところで会場から拍手が響き、二番目の演奏者が戻って来た。
「行くぞ」
「「うん」」
 慎太郎が袖の階段を上がり、そのすぐ後ろを航、更にその後ろに奏がついて歩く。
 三人が姿を現した途端に会場が微かにざわめき、そのまま拍手が広がっていった。口コミで広まった噂の主の奏と地域の子ではない慎太郎。ざわめくのも仕方ない。
 ペコリとお辞儀をすると、すぐさま奏がピアノに向かい、航がギターを構え、慎太郎がブルースハープの位置を直した。
 ギターの面を叩く航のカウントで“秋桜の丘”の演奏が始まる。
 本来なら主旋律を奏でているピアノがバックにまわり、ギターとブルースハープが臨機応変に主旋律を辿っていく。これは『藤森響子』の“秋桜の丘”ではなく、ここにいる『三人』の“秋桜の丘”なのだ。
 ギターのコスモスの花びらをブルースハープの風が揺らし、ピアノの陽射しが包み込む。原曲を知っている者も知らない者も、そのバランスの絶妙さに身体を揺らした。
「こんにちは!」
 予定の百五十人を超える観客を前に、航の声が響く。
「夏休みの里帰りでライブが出来るとは思てませんでした。いつもは、今住んでるとこで週一でやってるんですけど……」
 航が話している間に、慎太郎がブルースハープを首から外し、準備できると同時に奏と航に目線を送る。
「いきなり“オリジナル”もなんですんで……」
 初めて聴いてくれる人達ばかりのライブだから、一曲だけコピーを入れたのだ。
「最初は、去年流行った曲で……」
 航が告げた曲名は『恋せよ乙女』。
「早口なんで、噛んでも聞き流したって下さい」
 そして、またもや航のカウントで曲が始まる。
  
  ♪ 学校前の長い坂道
  
 慎太郎の声に
  
  ♪♪ 季節短し 恋せよ乙女
  
 航の声が重なり、会場が小さくどよめく。
  
  ♪ 結んだ髪……
  
 デュオの曲だから奏はピアノに専念となる。
  
  ♪♪ 春・夏・秋・冬……
  
 二人の声が会場に響く。
  
  ♪ 必要な物は……
  
 久し振りに歌った歌。練習では三割の確率で噛んでいたりするのだが
  
  ♪ 「順応力」「応用力」……
  
 そんな心配もどこ吹く風。で、無事クリア!
  
  ♪ 奇跡はもう目の前
  
 曲が終わりに近付き、三人の視線が合う。
  
  ♪ 恋せよ乙女!
  
 歌の直後に、ギター二本とピアノの音がジャン! と消えて一曲目の演奏が終了した。中高生を中心に拍手が起こる。お辞儀をする三人の顔に安堵が浮かんだ。
「普段は、オリジナルの曲を中心にやってます。ので、次からは俺等のオリジナルです」
 そして、公園でいつもやっている曲を何曲か続けて演奏。その度に拍手が大きくなる。どうやら人数が増えているらしい。
「シンタロ……」
 後ろを向いて準備しているフリをしながら、航が囁くように声を掛けてくる。
「なんか……増えてきてる……」
 観客が演奏中に携帯でメールしているのだ。文面は人それぞれだが、内容は同じ。
 【結構いい感じ。見においでよ】
 クラシックじゃ退屈だし、技術の伴わない演奏はちょっと……。と贅沢を言っていた中高生が偵察に来ていた友人のメールで集まってきたのだ。
「……奏……」
 慎太郎が奏の傍まで歩いて、打ち合わせ……のフリ。
「大丈夫か?」
 慎太郎の問い掛けに頷いた奏が、そのまま航を見て頷く。
「そろそろ時間なんで、次でラストです」
 マイクに向かってMCしながら、航の手が震えている。
「えーと……。ん、と……」
 言葉に詰まり始めた。途端に慎太郎が航の肩を抱えつつ、マイクに向かう。
「次のライブで披露する予定だったんですけど、こちらでやらせて頂けるという事で急遽、ここで初披露です」
 慎太郎の言葉のタイミングを見計らって、
「『10年未来』」
 奏がピアノ前のマイクで曲名を告げる。慎太郎と奏の顔をキョロキョロと見る航が、小さく深呼吸をして頷いた。
 もう、大丈夫!
 三人で頷き合い、新しい曲の演奏が始まる。
 ピアノとギターとブルースハープ。
  
  ♪ 君と見上げ 手をかざす空
  
 航の高く澄んだ声に、奏の声が重なったまま始まる曲。
  
  ♪ 眩しい陽射し 高い雲
  
 ……なので、慎太郎はギターを弾きながらブルースハープ、と大忙しだ。
  
  ♪ 10年未来
  
 やがて、静かに入るサビ。ブルースハープの音色が消え、慎太郎の声が低く重なる。
  
  ♪ 空は青いままかな
  
 三人が互いの演奏と声に耳を傾け、
  
  ♪ 僕はまだ夢を見ているかな
  
 観客がその様子に微笑む。
  
  ♪ 10年未来
  
 重なり合う三つの声が、講堂に響き渡る。
  
  ♪ まだ 夢を 見ているかな……