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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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「定期的にしてる筈やけど……」
 学校のピアノだから、その筈である。
「確認してくる」
 明日は自分も含め、何人もの人が弾く事になるのだ。音が違えば、楽しい筈のライブが台無しになり兼ねない。奏は舞台に駆け上がった。
「ちょっとごめんね」
 優しい笑顔を少女に向け、椅子に腰掛ける事無く、奏の両手が鍵盤の左から右へと物凄いスピードで一音ずつ流れて行く。その場にいた全員の目が、舞台上のピアノに釘付けとなる。
「……ここと……ここと……ここ……」
「奏?」
「すいません! 音叉と……」
 奏が、調律に必要な道具を要求し、学校側の音楽教諭が職員室へとそれを取りに走った。
 呆気に取られる人達の目の前であっという間に調律を始め……終えてしまう奏。
「終わった?」
 いつの間にやらピアノの横に来た航と慎太郎が奏を覗き込む。
「うん」
「なんか違ったのか?」
「三ヶ所だけ、音が少し……。ね?」
 と、ずっと見ていた少女に微笑むと、少女が笑って頷いた。
「そんなとこやと思たわ」
 笑う航に、
「ぜ〜んぜんっ、分かんなかったぞ」
 頭を掻く慎太郎。
「凄いなぁ、奏くん。調律、出来るんや?」
 舞台のすぐ下で役員達が感心している。
「いえ、そんな……」
 恥かしそうに頭を下げて舞台から降りようとする。それを、
「確認せんでもええの?」
 航が止めた。
 講堂の入口には帆波の車椅子を押して、祖父母達が入って来た所だ。
 航が奏に耳打ちする。
「“秋桜の丘”、弾いて」
「え?」
「音の確認」
「でも……」
「智兄、調律の確認に、一曲弾いてもろてもいい?」
 屈託のない笑顔を舞台下に向けて航が提案する。
「どないしましょ?」
「調律しはったんや。本人に確認してもらうのがええんちゃうんか?」
 ザワザワと役員から声が上がる。
「よろしいやろか?」
 役員の一人がピアノの順番を待っている人達に問い掛けると、互いに顔を見合わせて、誰とはなしにOKの頷きが波のように流れた。
「サクッとやってな」
 奏に猪口氏が小声で伝える。が、奏はまだ戸惑っているようだ。
「お姉さんが来たからだろ?」
 その様子を見て、奏に聞こえるように慎太郎が航に囁く。
「うん」
 帆波にとってこの曲がどんな意味を持つものか、以前航から聞いている。ある意味自分の曲である“秋桜の丘”が、こんなに大事に思われているのを母にも話した。なんだか嬉しかったのだ。曲を通して、自分自身が必要とされている気がして……。
「じゃ、一曲だけ……」
 ピアノを待っている人達に頭を下げて、奏が椅子に腰掛けた。静かに呼吸を整えて、奏の指が鍵盤の上を滑り始めると、講堂の空気がシンとなった。楽譜なしに弾いている事に驚く者もいれば、流れるように動くその指を見つめる者もいる。ピアノなんて縁のない役員代表も目を閉じて身体を揺らしていた。八月の下旬だというのに、まるで秋の風が吹いているようなその旋律。音の羅列が小さな花びらごとく、その風に揺れている。
「……凄いわ……奏くん」
 祖父母に付添われた車椅子。帆波が溜息をついた。
「ビビったやろ?」
 舞台からヒョイと飛び降りた航が、駆足で姉に近付き耳打ちする。
「凄いわ。CDと……ううん、CDよりずっと深い……」
 口元で両手を合わせて、帆波がピアノを弾いている奏の姿を見詰めた。
「あいつの曲やもん、これ」
「え?」
 首を傾げる帆波に航が言葉なく微笑む。
「この曲って……。ピアニストの藤森響子さんが、自分の息子の誕生記念に作った曲やで」
 姉の言葉に航が頷いた。
「あいつ、藤森奏って言うねん」
「“藤森”って……。え? ……えぇ!?」
「な、ビビったやろ?」
 航の問い掛けに答える事無く、帆波は舞台に視線を戻すとその演奏に耳を傾けた。CDで聴くより、深く優しいその音色は奏の性格そのもので、帆波は自分の鼓動が高鳴るのを覚えるのだった。
 静かに丘に吹き始めた風が静かに丘を通り過ぎ、五分強の“秋桜の丘”が終わりを告げる。
 関係者だけの講堂に拍手の嵐が鳴り響く。席を立ち、頭を下げる奏に慎太郎が寄り添った。
「音は?」
 訊きながら、さり気なく奏の身体を支える。
「問題なし」
 自分の身体も大丈夫だと、慎太郎に視線を送る。そして、
「どうぞ」
 と少女に場所を譲り、車椅子の横にいる航の下へと慎太郎と二人で走り寄る。
「奏くん、奏くん!」
 手招きする帆波に、何事だろうと近付く奏。その身体を乗り出して帆波が奏を抱き締めた。
「凄いわ! ホンマに凄いわ!」
 耳元で言われ頬を染めた奏が、しどろもどろに答える。
「ありがとうございます」
 キュッと首に回された腕に、ドキドキと心臓が高鳴る。
「ほ・な・み」
 突然聞こえた声に、帆波が手を緩めた。その隙に、身体を離す奏。声の主は猪口氏である。
「何を抱きついとんねん?」
 明らかにヤキモチを妬いている口調だ。
「感動を演奏者に伝えただけえ?」
 クスクスと笑う帆波の横で、
「十歳も下の高校生になに妬いとんねん!」
 “大人げないねー”と、呆れたように航が肩を竦める。
「すんませんな、まだまだ子供で!」
 言い返したかと思うと、今度はその猪口氏が奏の手を取った。
「それはさておき。ホンマにめっちゃ凄かったわ。俺、ピアノでこんな感動したん初めてや」
「ありがとうございます」
 こう誉められると“ありがとうございます”しか出てこない。
「明日も弾くんか?」
「この曲をアレンジしたのを」
 奏がチラリと航を見る。
「後は違うのを何曲かやる予定」
 二人の間に航がヒョコと顔を出す。奏の演奏が終わった講堂に、再びあちこちから練習の音が上がり始めた。
「俺等、ちょっとあちこち見てくる。帰る時に声掛けて!」
 航が姉越しに祖父に言った。祖父が笑顔で頷いている。それを確認し、三人はその場を離れた。
「航くん。お姉さんの用事って……」
「説明会にかこつけたデートやな」
「……じゃないかと思った……。俺等って、エサ?」
「どっちの?」
「案外、智兄の策略勝ちやったりして……」
「猪口さんサイドのエサかよ……」
 ヒソヒソクスクス笑いながら、三人は講堂内を歩き回るのだった。

  
 説明会での奏の演奏が口伝に広まり、翌日のライブは立ち見が出るほどの大入りとなった。
「どうする? 半分くらいは、奏くんのピアノが目当てやでぇ」
 からかい半分で帆波が笑う。が、
「え!?」
 それを聞いていた奏の顔色が変わった。無意識に左手が胸を掴む。
「アホか!?」
 それに気付いた航が笑顔で割って入った。
「本番は三人で演奏するんやから、奏だけ目当てなんて、後悔させたるっ!」
 帆波は奏の身体の事は知らない。航達が何も言っていない上に、藤森夫妻がマスコミに漏らしていないので世間的には学業に専念する為の活動休止なのだ。
「エライ意気込みやなぁ」
 クスクスと笑う帆波。
「ちゃんと見ててや、姉ちゃん」
 猪口氏から、このイベントの事を聞いた時、三人でやっているストリートライブがどんなものなのか、京都の祖父母や姉に見せるチャンスだと思った。いつも三人でこんな風にやってるから、心配しないで……と。
 舞台上では、責任者の挨拶が終わったところ。