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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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 言葉と同時にインターホンが切れ、すぐさま、奏が飛び出してきた。
「奏!」
 玄関から出て来た奏の姿に、航が驚く。昨日は普段着だった。でも、今日は……。
「お前……、パジャマ……」
「ホンマに大丈夫なんか?」
 出て来た奏はパジャマにカーディガン。どう見ても気分で休んだようには見えなかった。
「中で話すから……」
 そう言って、二人を家へと招き入れる。
「寝てんでえぇんか?」
 昨日と同じくリビングに通されつつ、航が声を掛ける。
「平気だよ。もう熱も下がってるし……」
「「熱っ!?」」
 奏の言葉に驚く二人。
「お、俺の所為で……。ピアノ、弾いたから……」
 泣きそうな顔で項垂れる航を見て、
「違うよ、堀越くん!」
 奏が両手を振って否定した。
「……そやけど……」
「昨日、君達が帰った後……」
  ――――――――――――
 閉まっている筈のリビング奥の可動式の壁が開いているのを見て、帰宅した両親が驚いた。天井の方に曲がりながら、シャッターのように上がっている壁。その向こうにカバーの外されたピアノが鍵盤の蓋も上げられたまま佇んでいる。
「奏! これは、どういう事!?」
 母が奏の両肩を掴んで問う。
「……弾いたんだ……」
「なんだって!?」
「堀越くんが雷で混乱して、助けなくちゃって……」
 母の腕の中、奏が胸を押さえる。
「堀越くん、雷の音がダメって聞いたから、音には音だって思ったんだ」
「……それで、弾いたの?」
 引き攣った母の顔に頷く奏。
「うん。“秋桜の丘”を……」
 思わず顔を見合わせる両親の顔に不安が広がる。
「“大事な曲”だって聞いてたから、これが一番いいって考えたんだ。大丈夫。ちゃんと弾けたよ」
「奏!」
 父が慌てて奏の腕を見る。
「大丈夫だよ。ちょっと呼吸がしづらいだけで、痛みもチアノーゼも出てないよ」
 その言葉に両親が胸を撫で下ろした。が、
「パパ、ママ。……僕、ピアノ、弾いていたい」
 次の言葉で顔面蒼白になる。
「奏!!」
「今日、ちゃんと弾けたんだよ。だから、少しくらいなら、きっと……」
 奏の言葉を遮るかのように母に強く抱き締められ、奏の言葉が途切れる。
「無茶言わないでちょうだい」
 “少しくらい”も積み重なれば十分に脅威になる。
「そうだよ、奏。今回はたまたま大丈夫だったかもしれない。でも、今度同じ事をしたら倒れてしまうかもしれないんだ」
「大丈夫だよ!」
「奏!」
「堀越くんが言ってくれたんだ。“二人いれば、大概の事はなんとかなる”って。だから、大丈夫だよ、絶対」
「根拠もなしに、“絶対”なんて言葉を……」
「根拠はないかもしれないけど、確信はある!」
 今まで押さえていた胸を指差す奏。
「今日、倒れなかった。“助けたい”って思う気持ちが“発作”に勝(まさ)ったんだ。“怖い”って思いより勝るものがあれば、発作は起こらない!」
「恐怖に勝る想い……?」
 問い返す父に奏が頷く。
「弾きたいんだ、ピアノ。ずっと弾いていたい」
「賛成は、出来ない!」
「パパ!」
 きつく見詰あう父子。
 不意に母の手が奏の額に伸びてくる。驚いて目を瞑る奏。母のてのひらがひんやりと気持ちいい。
「言い合いはここまでにしてちょうだい」
 母の声がなんだか厳しい。
「パパ、奏のパジャマ持ってきて下さいな」
「ママ?」
「ピアノ弾いて、パパと言い争って……。興奮した所為ね。熱があるわよ」
  ――――――――――――
「……って事で、大事をとって今日も休む羽目になっちゃったんだ」
「ほな、やっぱりピアノ弾いた所為で……」
「違うよ、堀越くん! 大半は父との言い争いでの興奮が原因なんだから!」
「ホンマに?」
 “嘘はつかんといてな”とばかりに見詰めてくる航に、奏が笑顔を返す。
「熱を出したのは僕だよ。何が原因なのかは僕が一番よく分かってるさ」
「それやったら、明日は、学校、来る?」
「勿論!」
 奏の笑顔を見て、航の顔から“心配”が消えた。
「藤森!」
 “今の話は本当に本当なのか?”“だったら、なんで呼ばれたのか?”慎太郎の中で疑問が飛び交う。が、それを訊こうと思って呼んだ奏の名と同時に航に振り返られ、慎太郎はその疑問を飲み込む事にした。航を再び不安にさせたくなかったのだ。その代わりに、咄嗟に浮かんだ疑問を投げかけた。
「“可動式の壁”って、そこ?」
 リビングの奥を指差す。
「うん」
 周りの色に合わせてあるからパッと見では分かりにくいが、よく見るとその一角だけ壁の材質が違っている。
 元々、日本に滞在する時にはここで生活していたので、リビングの奥にはピアノが置いてあった。が、今回、奏がピアノ禁止になってしまった。幼い頃からピアノに触れていた奏。目の前にそれがあり、触れたいのに触れられないというのはあまりに残酷だ。かと言って、他に置く所もないし、母からすると仕事の一環でもあるので処分も出来ない。だから、壁の向こうに隠す事にしたのだ。
「普段は電動なんだけど、昨日みたいな時は手動でも開けられるようになってるんだ」
 そう言って、奏が壁のスイッチの上部を押すと、低い音と共にゆっくりと壁が上へと上がっていった。二階部へ上がるのではなく、リビングの天井沿いにゆるくカーブしながら上がっていく。
「凄ぇ……」
 映画のセットのようで、慎太郎が思わず感嘆の声を漏らした。
「昨日のピアノや!」
 航はというと、サッサとピアノへと駆け寄っている。
「こんななってるんや……」
 ピアノに張られている線をマジマジと見詰めて頷く。
「……弾こうか?」
 “聴きたい?”と奏が椅子に座った。
「“秋桜の丘”でいい?」
「うん!」
 静かに息を吸い、奏の指が動き始める。奏の指にリンクして動くピアノの弦を見ながら、航が頬杖をついている。それをテーブルから慎太郎が見詰める。
 昨日の演奏より、数段優しい音色だ。
 三人だけの時間がリビングに流れて行く。
  

 息子の学校から連絡が入ったのは午前中。問題の二人が放課後の訪問を承諾した。妻の仕事が終わる時間を見計らって、その職場に迎えに行く。
  ――――――――――――
「嘘じゃない! ちゃんと弾けたんだ!!」
 昨夜、言い争いになった。軽い反論なら何度か聞いた事があるが、世間的には“おとなしい子”なのだと思っていた我が子が初めて見せた“反抗”。驚き戸惑う両親を押し退け、リビング奥のピアノへと駆け寄る。
「大丈夫だったんだから!」
 懇願するように泣き顔を真っ直ぐに向けてくる。
「奏!」
 両親揃って一歩踏み出したと同時に、奏が腰掛け、鍵盤を叩き始めた。
 曲は“秋桜の丘”。奏が生まれた時、病院の前のコスモス畑が満開のピンクの波を揺らしていた。その情景を妻の響子が曲にしたものだ。秋の風に寄せては返すピンクの小波(さざなみ)。穏やかな季節に生まれた息子が健やかに育つよう……。
 奏が一番はじめに弾いた曲もこの曲だった。子守唄代わりに聴いていたこの曲を耳で覚えたのだ。たどたどしくではあったが、楽譜もなしに弾いている我が子に夫婦揃って驚いた。
「……あなた……」