WishⅡ ~ 高校2年生 ~
そう言って、胸の辺りをギュッと握り締める。
「……僕、心臓、悪いんだ。特殊な奇形で、子供の頃に気付いていれば治せたんだけど、見付かったの二年前で、もう……。激しい運動さえしなければ、少しでも長く生きられるから……。両親にそう言われて……」
突然の告白に驚いた二人が顔を見合わせた。
「手術しても、治る見込みは数%もなくて……」
「そんなんで弾いて、大丈夫なのか?」
慎太郎が奏をソファーに座らせる。
「うずくまった堀越くんを見て、音には音で対抗するのが一番だと思ったんだ。成功だったでしょ?」
その笑顔に“とんだお坊ちゃんだな”と慎太郎が呆れる。
「堀越くん」
「何?」
奏の目を真っ直ぐに見る航。
「答え、見付かった。僕、やっぱり、ピアノが好きだ。可能な限り、弾いていたい」
「うん」
「でも、ご両親には何て言うんだ?」
「そのまま伝える。一分一秒長く生きるより、一分一秒長く弾いていたいって。きっと、説得してみせる。だから……」
奏が二人の手を取って、顔を見比べる。
「……だから、“友達”になって下さい」
二人の手を握ったまま頭を下げる奏。
「何言ってんだか……」
「もう、友達やん」
安心したかのように奏が息をつき。リビングに笑い声が戻った。
そして、翌日、木曜日。
「シンタロッ!!」
一時限目終了のチャイムが鳴り終わると同時に、航がB組の教室へと飛び込んできた。
「どうした?」
慎太郎と石田が首を傾げる。
「奏、今日も休んでる!!」
そう言った航の顔が見る間に不安でいっぱいになっていく。
「昨日、“来る”って言うてたのに……」
雷鳴にうずくまってしまった自分を現実へと戻す為にピアノを弾いてくれた奏。その演奏が原因だと思い泣きそうな顔をする。
「普通に体調悪いだけじゃねーの?」
な? と石田。
「今日、また行ってみるか?」
石田の言葉に頷きながら言う慎太郎に、
「……そやけど……」
航が首を振りながら溜息をついた。と、そこへ
「堀越! 飯島!」
背後からA組担任の声。慎太郎と石田が顔を上げ、航が振り返る。
「今日、帰りに藤森の家に寄れるか?」
「……はい……」
航ではなく、慎太郎が返事をする。
「藤森のご両親から、来れるなら来てもらいたいと連絡があってな」
顔を見合わせる生徒三人。
「じゃ、“行く”という事で返事しておくから……。頼んだぞ」
短い休み時間。腕時計を見ながら、A組担任が次の授業へと急いで姿を消した。
「……わけ分からん……」
自分も戻ろうと溜息混じりに項垂れて、航が踵を返す。と、
「そーだ!!」
背後で石田の声がして、航がB組の窓に向き直る。
「堀越。俺の伝言、伝えた?」
落ち込むなよ、と笑いながら航を指差す石田。
「あ! ……ごめん。忘れてた……」
「ほら! それが原因だよ!」
尤もらしく大きく頷きながら石田が続ける。
「俺の温かい言葉に励まされて“行くぞ”って気になるんだからな!」
「なに様!?」
「石田大明神!!」
“御利益あんだぞ!”と踏ん反り返るその姿に、航がクスッと笑った。
「今日は忘れんようにする」
「おうっ! “また四人で弁当食おうぜ”……だぞ」
言いながら、身体を捻って親指を立てる。
「……それ……やんの?」
恐る恐る航が石田を指差した。
「たり前じゃん。“また四人で弁当食おうぜ”……って」
言いつつ、身体を捻って親指を立ててウインクをする。
「フリ……増えとるやん!」
「んな事ねーよ。“また四人で弁当食おうぜ”」
三度、身体を捻って親指を立て……ウインクをしながら……投げKISSしてみる。
「……だからな!」
ちゃんとやれよ、とばかりに石田が航を指差すが、
「また増えとるやん!」
と首を振って拒否しながら航が慎太郎に助けを求め……てみたものの……。
「クックックッ……」
笑っていて、それどころでは無さそうだったりする。
「じゃ、任せたぞ、堀越!」
「出来るか! アホッ!」
「クックックッ……」
授業が終わって、すぐに二人は学校を飛び出した。暖かい春の陽射しの中、少し急ぎ足でバス停へと向かう。“呼び出された”のだ。奏の両親に。正直、心中穏やかではない。
「……倒れたんやろか……」
航ときたら、朝からずっとこの調子で心配顔だ。
「昨日は笑ってたじゃん。大丈夫だよ」
言ってはみるものの、慎太郎だって気が気ではなかった。だから、自然に足が速くなる。
バス停到着と同時にやって来たバスに飛び乗り、無言のまま電車へ移動し、やっぱり無言のまま乗車、そして降車。早足で公園とは逆の方向へと歩く。
「……シンタロ……。待って……」
不意に航の声がして、慎太郎が足を止めた。
「ちょっと、キツい……」
振り返ると、航が両膝に手をついて肩で息をしている。急ぎ足で歩いてきたのがいけなかったようだ。
「大丈夫か!?」
駆け寄りその肩に手を添える。
「……うん」
航は頷くが、右足が震えているのがわかり、慌てて航を支える慎太郎。
「休んでくか?」
辺りを見回しながら慎太郎が航の肩を叩く。
「ゆっくり歩けば……平気……」
航の笑顔に、慎太郎、反省。
「ごめん。つい、急いじゃって……」
「俺も急いでたし……。お互いさまやな」
慎太郎の肩を掴んで航が身体を起す。
藤森宅まであと少し。今度は急がず、ゆっくり歩く。
「なぁ、シンタロ」
右足を確認し、“もう大丈夫”と頷いて航が言う。
「もし……、もしな、奏が両親から反対されて、またピアノ取り上げられたりしてたら……。そん時は……」
「……俺等が、ピアノの代わりにあいつを支えてやれればいいな」
慎太郎が自分と同じ事を考えていてくれた事が嬉しくて、
「うん」
航が満面の笑顔で頷いた。
“死”と直面していて怖くない者などあり得ない。ましてや、まだやりたい事が山ほどあるのだ。一人でいると“不安”と“恐怖”で押し潰されそうになる。だが、航にはギターがあるし、いつも隣に慎太郎がいる。ただそれだけなのに、その事がどれだけ大きな支えになっているか、航は痛いほど知っている。
「着いたぞ」
二人並んでインターホンの前で顔を見合わせる。
「どんな顔すればええんやろ?」
「俺に聞くなよ」
カメラをチラ見してヒソヒソ話す。
「上、向かなきゃいいんだよ」
「そ、そやな。下向いたまんまで押そ」
と頷いたところで、航が慎太郎を目線だけで見上げた。
「……で、どっちが押すの?」
互いに押す事を譲り合う。
「“せーの”で同時に押そうぜ」
「OK!」
そして、“せーの”で同時に、
“ピーン・ポーン♪”
藤森・父が出るか母が出るか……。ドキドキしながら対応の言葉を考えていると、
『ど、どうしたの!?』
インターホンから、奏の声。どうやら、二人が両親に呼ばれた事は知らないらしい。
「……え……と……」
頬をコリコリと掻く慎太郎。その横から顔を出して航が言う。
「今日も休んだから、心配してん!」
『……堀越くん……』
「大丈夫なんか?」
『……うん』
弱々しい返事に航と慎太郎が顔を見合わせる。
『待ってて。今、行くから』
作品名:WishⅡ ~ 高校2年生 ~ 作家名:竹本 緒