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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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「本降りになる前に、帰りたいしな」
 傘の無い二人が首を振るが、
「すぐに本降りになりそうだもん。止むまで上がっていってよ」
 空を見上げながら奏が航の腕を掴む。
「……そやけど……」
 その笑顔に航が慎太郎を振り返った瞬間、空が光った。
「……ヤバイ……感じ?」
 訊いてくる航の顔が引き攣っている。そして、今度は、
“ゴロゴロゴロ”
 遠くで雷鳴。
「途中で来そうだな……」
 帰宅途中でうずくまられたら大変だ。仕方ないので、
「……じゃ、お言葉に甘えて……」
 お邪魔する事にする。
 門をくぐり短いアプローチに玄関と続く、二階建て……いや、三階らしき窓もある。外から見えているのはリビングだろうか。一面ガラス張りでとてつもなく広そうだ。
「父も母も仕事でいないから、なんにも出来ないけど……」
 スリッパに履き替え、さっき外から見たガラス張りのリビングへと通された。入ってみると、外見より随分と狭い感じがする。キッチンやダイニングも兼ねてるからかなと案内されたソファーに腰掛ける二人。それでも、あまりの広さに落ち着かずにキョロキョロしている二人の前に、奏がジュースを運んできた。
「……ごめんね……」
 誰よりも先に、奏が呟いた。
「なんだか行き辛くて、学校、休んじゃったから……」
 言葉を返せず、二人揃ってジュースを飲む。
「昨日と今日、ずっと考えてたんだ。堀越くんの言った事」
「お、俺……。俺、なんか、キツイ事、言うた?」
 グラスを置いて、航が不安気に奏を見る。“キツイ事じゃないよ”と首を振る奏。
「ピアノの事、考えてた。でも、“死”と“ピアノ”、頭の中で天秤に掛けても答えが出なくて……」
 死ぬのは怖い。でも、ピアノが無くては生きていても仕方ない。でも、死にたくない。音楽を……ピアノを捨てる事で少しでも命が永らえて、それで両親が喜ぶのなら……。だけど、ピアノを弾きたい……。どんなに考えても堂々巡りで、答えは出なかった。
「ゆっくり探せばいいじゃん」
 航と奏の真ん中で慎太郎が微笑んだ。
「明日死んじゃう訳じゃないんだろ? だったら、慌てなくても、その時間の中でゆっくり答えを見つければいいんじゃねーの?」
 慎太郎の言葉に航が頷く。
「俺等で良かったら、手伝うから!」
“ゴロッ!!”
 外で雷が光り、雷鳴が響いた。
「うわっ!!」
 航がその場でうずくまる。
「ほ、堀越くん?」
 そのあまりの驚きように、奏が戸惑う。
「雷は苦手って言ってたけど……」
「これでもマシになった方なんだ」
 そう言いながら、慎太郎が航の隣に移動した。以前はもう少し遠くの音ですら動けなくなったりしていたのだ。
「カーテン、閉めた方がいい?」
「いや、こいつ、ダメなのは“音”の方だから……」
 ここまで言って、慎太郎が気付く。
「藤森。お前、どこまで聞いてる?」
 航が奏に自分の事をどこまで話しているのか、慎太郎は知らない。
「多分……全部……」
 昨日聞いた後遺症の事を思い出す。
「事故当時、こいつ寝てたから、“音”だけが記憶に残ってるんだ」
 奏が頷き、慎太郎が航の顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「う、うん。大丈……」
 航が顔を上げると同時に、窓の外が眩しく光り、
“バシッ!!”
 轟音が響き、家のあかりが消えた。
「……ヒッ!……」
 航の小さな悲鳴が聞こえ、
「航!」
 慎太郎がその肩を抱えているのが見える。
「……父ちゃ……。……母ちゃ……」
 泣き声混じりの呟き。両手で耳を塞いでうずくまる航に慎太郎が呼びかけるが、航はビクともしない。
「航!」
 慎太郎の緊張した声に、これはヤバイ状態なのだと奏は気が付いた。窓に駆け寄り、そのガラスの手前にあるもう一枚の窓を引く。
「藤森、何やって……」
「防音なんだ、この窓」
 その言葉に慎太郎が手伝おうと立ち上がる。
「そっち、閉めてくれる?」
 二人で大きな窓を閉めて行く。雷の音も雨の音も遮断され、部屋に暗い静寂が訪れた。
「……航……?」
 暗くて静かな部屋で航が震えている。
「もう大丈夫だから……」
 慎太郎がその手を耳から外そうとする。が、
「イヤやっ!!」
 とてつもない力で振り払われた。
 驚きながらも、部屋を見回し、慎太郎が気付く。音が無くて、真っ暗なリビング……。
「これ……閉じ込められてるのと……同じ……?」
 土砂に埋まった車の中。静かで暗い空間。
「……航……」
 手の施しようが無くなった慎太郎がその場に立ち尽くした。
  ――――――――――――
「……航……」
 立ち尽くす慎太郎がさっき呟いた言葉。
『閉じ込められてるのと同じ』
 何も出来ないのは奏も同じ……。
 ここは奏の家のリビングだというのに、今、航は土砂の中にいるのだ。ここは“土砂の中”ではなく、“リビング”なのだとどうやったら……。
「そうだ!」
 奏はリビングの奥の壁へと駆け出した。
  ――――――――――――
「そうだ!」
 奏の声が聞こえたかと思うと、何か大きな物が動く音がした。部屋中に響く低い音。航は震えたままだ。
「藤森?」
 暗闇の中、奏を呼んでみるが返事がない。
 何かを取り去る音と、何かの蓋を開けるような音。そして……
  
  ♪♪♪♪♪
  
 静かに今にも消え入りそうな儚げなピアノの音が聴こえてきた。
「……これ……“秋桜の丘”……」
 暗闇に慣れてきた目を音のする方へと向ける。今まで壁だった筈のリビング奥に、ピアノとそれを演奏する影が幽かに見えた。
「……藤森……?」
 曲は序奏から良く耳にするテーマへと移ったところだ。慎太郎は、震えたままの航の手を掴んだ。耳を塞いだままのその手をそっと掴み、顔を寄せる。
「航。聴こえるか?」
「……イヤ……や……」
「車の中じゃない」
「……父ちゃん……」
「藤森ん家だよ」
「……母ちゃん……」
「ほら、聴いてみ」
 力ずくでなく、そーっと耳から手を離す。
 隙間の空いた耳から聴こえるピアノの旋律。
「……“秋桜の丘”……?」
 航が顔を上げた。
「航!」
「シンタロ……。これ、奏が弾いてんの?」
 頷く慎太郎の影が見える。
「……俺……。さっき、車の中で……」
 混乱している航に、
「違うよ。雷が落ちて停電したんだ」
 慎太郎が訂正を入れる。
「……そっか……」
 まだ大きく脈打っている胸に手を当てて、航が深呼吸。
「凄ぇな。藤森」
 桜林祭で聴いた藤森母のとは違い、繊細な音がリビングに響く。
「めっちゃ上手い……」
 音楽の授業で聴いたCDよりも、澄んだ音。そのひとつひとつが奏の為に調律されているかのような音の波が、暗闇の中、二人の胸に響いている。
 そして、曲が終わる頃、家中の灯りが一斉に点いた。
「堀越くん!」
 弾き終えた奏が航に駆け寄る。
「良かった……」
 いつもの航の笑顔を見て、奏が胸を押さえる。大きく脈打つ心臓。奏が深く一呼吸した。
「……ありがとうな、奏……」
「……お礼を言うのは、僕の方……」
 奏の茶色掛かった瞳から、涙がこぼれる。
「か、奏!?」
 涙の乾いた航が慌てて慎太郎を見た。黙って頷く慎太郎。
「……もう、弾けないと思ってた。また途中で……」