無題Ⅱ~神に愛された街~
さらに夜は更け、ヴェクサの寝息が深くなったころ。
鬨は隣の気配を探りながら目を開けた。
「・・・・・・・」
物音を立てなように起き上り、脱いだ外套をそのままに、刀だけを手にとって部屋をでる。
もちろん、その間に音はほとんど立てていない。古い床がきしんだ程度だ。
明かりが消えて静かになった宿を出て、誰もいない夜道を一人歩く。
昼間の喧騒は嘘のように止んでおり、静かな道に鬨の靴音だけが響く。
頭上で綺麗に輝いている月に照らされて明るい道を、迷いのない足取りで歩きながら鬨はある場所へ向かっていた。
自分であの場所に赴く事になろうとは、まったく予想だにしていなかった。
何しろ、この街に長く居たくない理由そのものの場所なのだから。
「―――――変わらないな」
宿から約1.5時間といった距離の道のりを歩き切った鬨の目の前には、巨大な建物がそびえ立っていた。
大きな鉄格子の柵を開き、その建物の敷地に入る。
次の瞬間、鬨は動き出していた。
足を踏みきって前に全速力で進む、そのすぐ後を風を切る音が追っていく。
最初に鬨がいた場所には銀色に鈍く輝く鉄の矢が刺さっていた。それが鬨の進んだ道に続いている。
鬨は身軽に体全体を使いながら鉄の矢を避け、頑丈そうな黒光りする扉の前にたどり着く。
屋根の下に入ったおかげで矢は届かなくなったが、鬨が着地したその場所がいきなり大口を開けた。
「!」
これには鬨も間に合わず、あっけなく暗闇に身を投げる。
しかし慌てることなく腰から潜ませてあった小刀を抜くと、それを壁につきたてる。うまく刺さったそれが壁を裂きながら落ちるスピードを緩めるが、それでも落ちていることには変わらない。
かなり落ちてきたようだが、いったいどこまでこの穴が続いているのかは鬨にも分からない。
穴の終わりは突然に現われた。
小刀が壁をひっかく感覚が無くなったかと思えば、すぐに放り投げられたような浮遊感に襲われる。しかし、すぐにその感覚は別のものに変わった。
冷たさが肌を指すのと同時に息苦しさを感じ、水の中に落ちたのだと理解した。急いで上を目指して顔を出すと、思いっきり息を吸う。
暗いなかを見回すと、うっすらと陸地らしきものを確認することができた。そちらに向かって泳いでいくが、なかなか流れが強くて進むことができない。それでも陸地にたどり着くと、流石に疲れたのか、肩で息をしながら飲んでしまった水にせき込む。
「だんだんと仕掛けに手が込んで来たな・・・」
適当に服や髪の水を絞りながら、一人ごちる。
小刀は水に落ちた時に何処かへいってしまった。
(急がないと日が明けるな・・・)
ヴェクサが早起きをするとは思えないが(むしろ起こすまで寝てそうだ)、起きた時に隣のベッドに鬨がいなければ何をするかわかったものではない。
暗闇に慣れてきた目を凝らしながら陸地をたどれば、それが奥に続いていることが知れた。
進む道がそれしかないのを確かめて、鬨は先の見えない暗闇の中に消えた。
作品名:無題Ⅱ~神に愛された街~ 作家名:渡鳥