無題Ⅱ~神に愛された街~
「すげぇ、本当にぴったりだな!」
マリィに作られた服は体にぴったりサイズが合わせられており、伸縮性がある布なのか、とても動きやすかった。
「流石、自分で街一番って言うだけあるな」
「実際そうだからな」
「え、そうなのか!?」
「マリィは冗談を言っても嘘を言うような奴じゃないさ」
「たしかになー」と頷いて、袖を通した新しい服をそわそわと見回す。
しかし、しばらくそうしていたうちに重大な事に気がついた。
「・・・っていうか、これ値段高いンじゃ・・・!?」
「・・・は?」
「俺、金とか街にほとんど置いて来てるからな?」
「・・・あぁ、それなら大丈夫だ。もう払ってあるから」
そんなことか、という様にさらりと鬨が言う。
そんな反面、ヴェクサは驚き、焦った。
「払ってあるって・・・いいのかよ?」
「なにが」
「俺のまで払ってあるンだろ?・・・それってなンか・・・」
「気にしなくていい。言っただろ、働いてもらうことになるって」
「あぁ・・・なンかするのか?」
ヴェクサのその言葉に、鬨は呆れたように溜息を吐いて言う。
「あんたなぁ・・・言っただろ、傭兵だって。これから一緒に旅するんだから、それを手伝ってくれればそれでいい」
「一緒に・・・そうだな・・・」
「・・・・なんだ、嫌になったのか?」
少し小さな声で鬨が言う。
それに慌てて、ヴェクサは「違う!」と否定した。
「まだ・・・悩ンでるンだ・・・俺は鬨について行きたい。でも、それが鬨の迷惑になるなら俺はついて行かない方がいいンじゃないかってな」
「別に俺は迷惑なんて思ってない」
「鬨が思ってなくったって、俺が嫌なンだよ」
そう言って首を振るヴェクサに、鬨が何かを言おうとして、結局口を閉じた。
「・・・病院の前でさ、言ってただろ。俺を生かした事が本当に俺にとっての幸せだったのかわからないって」
「・・・あぁ、言った」
「俺さ、結構考えたンだ。・・・けど、結局答えは出てこなかった。鬨の寿命貰ってまで生きるつもりはなかったし、そもそもあの地下で死ぬつもりだったしな」
「・・・・・・・」
「今でさえこうなンだ。これからも迷惑かけるかもしれねぇ。・・・俺は今回みたいに俺のために鬨の生きる時間が無駄になるのは嫌なンだ」
そこまで言って、黙り込んでしまったヴェクサに、鬨が静かな口調で言う。
「俺は無駄にしたなんて思ったことはないし、前にも言ったが後悔もしていない」
「鬨がそう思うならそれでいいンだ。俺もそれは嬉しいしな」
「なら、それじゃ駄目なのか」
腕を組んで眉根に皺を寄せた鬨が言う。
それにヴェクサは苦笑しただけで、少しの間を開けて口を開いた。
「・・・鬨に引っ張られてあの地下を出た時、安心しちまったンだ。・・・たぶんそれは、自分が生きてたことにだった。・・・覚悟はちゃんとしてたつもりなンだけどな。俺は今まで本当の意味で生きてたわけじゃないンだし・・・大丈夫だと思ってたンだ。・・・でも結局、最後には生きることを選んだ」
「?それは俺が無理矢理した事だろう」
「いンや、俺はあそこで鬨の手を振り払うことだってできたンだ。・・・そしたら鬨は、俺に無理矢理生きろなんて言わなかっただろ?」
「・・・・・・」
鬨の沈黙は、ヴェクサの言葉を肯定しているのと同じだった。
確かに、あの時ヴェクサが鬨の手を振り払って、あそこにどうしても残ると言ったなら、鬨は無理にヴェクサを生そうとはしなかっただろう。
「・・・俺は、こんな中途半端な気持ちで鬨について行きたくないンだ」
そこまで言って、続けようとした口を閉じる。
この先を言っていいものか、悩んでいるのだ。
本当は、本当にヴェクサが恐れているのは、もっと別の――
(怖い――そうだ、俺は、鬨に嫌われるのが怖い。失望させてしまいそうで、怖い。・・・結局、一人になるのが嫌なだけで、自分のことしか考えてない卑怯者ってことか・・・)
ヴェクサは、そんな自分に自嘲気味な笑みを浮かべた。
そんなヴェクサを、今まで黙って見ていた鬨は、唐突にヴェクサに近付くと、腕を上げた。
思わず殴られでもするのかと身を固くしてしまったヴェクサだが、しかし頭に乗った柔らかい衝撃にぱちくりと目を瞬かせた。
鬨はぐりぐりとヴェクサの頭を撫で、ヴェクサの頭をぐちゃぐちゃにした後、やはり唐突に話しだす。
「・・・ヴェクサ、あんたは何か勘違いしてないか?」
「・・・勘違い?」
「答えなんか、無理に出さなくていいんだ。確かにそれを求めたのは俺だが・・・・中途半端だっていい。生きたいと一瞬でも思ってくれていたなら、俺はそれで充分だ」
「鬨・・・」
未だヴェクサの頭をぽんぽんと撫でながら、「あー・・・」と気まずそうな声を鬨が出す。
「・・・それから、これからのためにも言っておくが・・・」
「?」
「・・・最初あんたを助けようと思ったのは、日記にそう願っていた文があったからだ。・・・でも、その中には確かに俺の気持ちも入ってた」
頭を押さえられて下を向いているせいで鬨の顔はよく見えなかったが、ヴェクサにはそれだけで充分だった。
「・・・・そっか」
そこまで言って、急に気恥しくなってきたヴェクサは、鬨の手から逃れてすぐに顔を背け、
「い、今までの服は置いとけばいいよな!」
いきなり話しを切り替えて、その気恥しさを紛らわせようと、脱いだ古い服をぎくしゃくする手で不格好ながらも畳んでいく。
鬨の方はもう既に脱いだ時に畳んでいたらしく、綺麗に畳まれた服が部屋の隅に置いてあった。
作品名:無題Ⅱ~神に愛された街~ 作家名:渡鳥