無題Ⅱ~神に愛された街~
「――――explicatio【展開】」
ぼそり、と呟かれた言葉を聞いた途端、複雑に組まれた魔方陣がヴェクサの丁度胸の高さの辺りで、ヴェクサを中心に浮かび上がる。
言ってしまえば、ヴェクサの体内―――心臓がある辺りから陣が浮かび上がってきた。
「!!??」
「そんなに驚かなくても大丈夫だよ。――――ちょっと痛いけどね」
「!?」
「vinculum【拘束】」
ルークスがなにをしているのか理解する前に、ルークスの発せられた言葉によってヴェクサの身体は岩になってしまったかのように動かなくなった。
「なにを・・・!?」
「暴れられない様にしただけさ。まだ痛くはないだろ?」
言外にじっとしていろと言われて、ヴェクサはルークスを睨みながら押し黙る。
しかし、
「―――anatomia【解剖】」
その言葉をルークスが吐いた瞬間、胸が激しく痛みだす。
突きさされたような激しい痛みに、食いしばった歯がギシリと軋む。
ドクドクという音が耳元でしているように錯覚するほど大きく鳴っていた。
「・・・我慢しなよ、鬨はもっと痛かったはずなんだから」
「・・・・・っ!!」
ぼそりと呟かれたルークスの言葉は、ヴェクサに届いたのか届いていなかったのか、まぁルークスはどちらでもよかったのだが、どうやら聞こえていたようでヴェクサはまた別の意味で歯を食いしばっていた。
本人は下を向いているため気付いていないが、ルークスの目の前には膨大な量の陣が展開されており、常人では扱いきれないであろう量のデータを、ルークスは正確に、的確に、必要なデータだけに目を通していく。
その手元は休むことなく魔方陣の上を滑り、その形を変えていく。
これが、ルークスが天才と謳われる所以だった。
生き物は絶対に生まれながら魔力を持っている。ただ、それを持てる量が人によって違うだけという話しだ。医療術というのは、患者の体内にあるその魔力――微弱なものから強大なものまで――を引きずり出し、それを拡張させることで自己の治癒能力を一時的に莫大な強さにまで引き上げ、成り立っているものだ。
しかし、ルークスが行う医療術は違う。
直接患者の魔力に干渉し、その構成を組みかえることで病を「無かった」ことにする。
完全に消してしまうのだ。
だがそれを行うとなると、魔力だけではなくそれを正しく、かつ的確に扱えるだけの才能が必要だ。直接魔方陣に干渉すると、普通なら強制的にそのすべてのデータが脳内に焼きつけられ、その莫大な量の情報に脳が限界を迎え、やがて死に至る。
だから、その流れ込んでくる情報のすべてを操作し、制御できるだけの能力が必要なのだ。
しかも本来なら患者の意識をなくさせた上で行うことである。
なぜなら、これは体の中を一度ばらばらに崩し、そして不要なものを消した後再構成させるという無茶苦茶な療法なのだから。
そんなことを意識のあるまましていれば、患者がショックで死んでしまう。
ルークスも、よほどの難病でなければ使わないような医術なのである。
つまり、それほどの痛みということだ。
ルークスは自分が低俗な行為をしていることはとっくに自覚していたが、どうしてもだめなのだ。
この男のために、不本意ではあったにせよ生きる時間を削られた。
もちろん、この男が悪いわけではないのだろう。
聞かなくても解ってしまうのだ。鬨は「そういう」人間なのだから。
しかし、だが、それでも・・・この男のために自分の大事な友人は痛みを負った。
半分は八当たりにすぎない行為だと、わかっている。しかしもう半分は、確かな怒りだった。
この男に対しても、そして何もできない自分に対しても。
もちろん、そんな行動をした鬨にも。
「―――――sutura【縫合】、remissio【解放】」
そんなことを考えているうちにもきちんと作業はこなしていたルークスが、一息に陣を格納させる。
必要な情報はきちんと頭の中に入っているし、ヴェクサも生きている。術は成功と言っていいだろう。
「――――っ!!っ・・・・・はぁっ、は、っ」
いきなり解放されて倒れ込みそうになった体を、机が壊れるのではないかというぐらいに勢いよくついた片手で支えながら息を荒げているヴェクサの額には大量の汗が吹き出し、今にも死にそうな青い顔をしている。
額から、首からと伝った汗がぼたぼたと床を濡らすが、そこは元々鬨のせいでびしょびしょになってしまっていたのだからもう気にすることはない。
「ヴェクサ、君に君が知りたかった事を教えてあげよう」
そう言って、ヴェクサほどでないにしろそれなりの魔力と集中力を一気に使ったせいで疲れ果て、いい加減立っているままというのも馬鹿らしくなり、ヴェクサの向かいに身を投げ出すように座り、額の汗を掌で拭う。
「鬨から君が貰い受けた寿命を、ね・・・・―――」
ルークスの瞳には、もう既に怒りは潜んでいなかった。
作品名:無題Ⅱ~神に愛された街~ 作家名:渡鳥