無題Ⅱ~神に愛された街~
Episode.8 天才
「どうぞ、入って」
顔に笑みを湛えたまま言うルークスは、ゆっくりと開いた扉の外に立っている人物を見て、驚くでもなく怒るでもなく、ただ笑みをその顔に張り付けて見ていた。
「話は鬨から聞いてるよ」
「・・・・・・・・」
「・・・会話は、もう聞いていたね?」
「・・・あぁ」
頷く男の表情は、闇に隠れて見えない。
ルークスは笑みを無表情なそれに変えて、「座りなよ」と促す。
素直にソファへ座った男に、立ったまま視線を送っているルークスの目は冷たい。
「聞いた通りだ。君を助けるために、鬨は・・・まぁ予想外だったみたいだけど、結果的に寿命を削り、危険な状態になっている・・・魔力は寝れば回復するしね。明日にはもう心配なんていらないぐらいピンピンになってるだろうさ。・・・でも、」
「削られた寿命は返ってこない」
ルークスの言葉が、重く男にのしかかる。
「・・・命はね、重いよ。たとえ豆粒の様な虫の命であろうと、屑としか言いようがない人間であろうと、命は皆平等に、均一に、重い」
「・・・・・・・」
「君は死んでいたわけじゃなさそうだし、その辺の事情はよくわからないけどさ。・・・・いったい何年、鬨の生きる時間は削られたのかな?」
無言で唇を噛みしめる男の手は、真っ白になってしまっている。
もう少しで掌は真っ赤に染まるだろう。
「・・・・・なにか、聞きたいことがあるんじゃないのかい?」
「・・・・・・・っ」
腕を組んで男を見下ろしていたルークスが、静かにそう切り出す。
その言葉に僅か動揺した男は、口を開きかけたが、結局なにも言わず口を閉じた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
しん・・・、と静まり返った部屋で、声を発したのはルークスでもなく、男でもなく、一人の少女だった。
「・・・アノヒト、気づいてた」
ルークスの隣で窓の外を見ながらそう呟く。
「・・・・・え」
「あなたと、私が話を聞いていることに」
「・・・・・・!!」
「・・・でも、何も隠さず話してくれた」
「それがどういう意味か、わかる?」
一切男の方を見ることなく、熱心に窓の外を見ている少女はそう言って、長い睫毛を少し伏せたあとは何も言葉を発することはなかった。
またしても静かになった部屋に、溜息が一つ落ちる。
「・・・・君の名前は?」
「・・・・は?」
唐突にそう切り出してきたルークスに、男が驚いて顔をあげる。
「名前だよ。あるだろう?」
「・・・ヴェクサ」
「そう、僕はルークス・ヴェルディア。よろしくヴェクサ」
「?あ、あぁ・・・」
近づいて、自然に手を差し出してくるルークスに、ヴェクサも戸惑いながらだが握手を交わす。
その瞬間、
作品名:無題Ⅱ~神に愛された街~ 作家名:渡鳥