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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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ナモマリシエイサバサバアニャリシャリソバカ
 刺客等の持つ松明が花火のように火花を噴き上げ、辺りが昼の明るさを得た時であった。
 強烈な気合と壮絶な風を斬る音がして鷹の呪文が押し返された。聞き覚えのある声である。宝蔵院流神谷道場主神谷忠左衛門に違いなかった。お鈴の握る柞の木刀に力が込められた。
「まずい、右京の兄ちゃん、任せるよ。あいつは苦手だ」
「鷹殿もまだ修業不足でござるな」
 右京の皮肉に鷹が舌を鳴らした。
 錫状を手に右京が鷹を下げるのと同時に、忠左衛門が中年の武士を伴って前に出て来た。周りを大勢の武装した武士が護衛している。
 嘉昭の目が鋭くなった。
「筆頭家老衛藤陣太夫ではないか。かような山奥まで何しに参った!」
「不遜な態度を取る男じゃ。拙者山伏に知り合いはおらぬ」
「藩主である余を問答無用で火攻めにするとは、いかなる所存」
 激高する嘉昭に比して筆頭家老は駄作の能面のような感情のない顔をしていた。
「殿が一人でかような所におるはずもなし。殿の名前を騙るふとどき者じゃ。忠左衛門、斬り捨てよ!」
 衛藤陣太夫が忠左衛門に指図するとゆっくり後ろへ下がって行った。
「何が何でも自分等の殿様を殺す気でおると見た。話し合う余地はないようでござる」
 右京が嘉昭を一瞥すると錫状を蜻蛉に構えた。それに合わせて泰蔵が嘉昭を庇うように立ち、同様に構えた。
「鷹どん、お鈴ちゃんをお頼みしもんど」
 すぐに鷹は翻って、柞の木刀を蜻蛉に構えようとする鈴の襟首を掴み、嘉昭のさらに後ろへ下げた。
「先日の我等と同じだと思うなよ。おぬしの示現流に対する備え、完璧じゃ」
 忠左衛門が不敵に笑うと十人の鉄砲隊を前に出した。火縄銃の照準はまず右京に狙いが定められた。
「雲耀の如き示現流の速さもこれだけの銃はかわせまい。ましてこの遠間じゃ」
「策とは飛び道具のことでごわすか。あまり頭を使ったようには思えん。視野の狭かことでござる」
 右京は、平生の穏やかな声音のまま応じた。しかし、右京の眼が笑っていないことを見逃さなかった忠左衛門は挑発を受けても冷やかに口を歪めただけであった。
「武士として、あるいはその宝蔵院流の槍にかけて拙者と一対一の尋常な勝負を所望したい」
 そんな提案が承知されるはずもない雰囲気であったが、右京が敵に語りかけて時を稼ぎながら、必死に打開策がないか思いを巡らせていることは鷹にも伝わった。忠左衛門の言う通り右京にとっては薄氷を踏む危難に他ならない。手にした錫状を投げつけたとしても斃せる相手は多くて一人。阿吽の呼吸で同様に泰蔵が動いても合わせて二人。逃げようにも流れ弾は確実に後ろにいる嘉昭をはじめお鈴や鷹にも当たる。
「勝つために手段は選ばぬ。別に尋常な勝負をしようとは考えておらぬ故な。おぬしの後ろに控えておる殿を騙る贋者にもあの世に旅立ってもらう」
 抑揚もなく冷やかに言い放つ忠左衛門の物言いで、覚悟を決めた右京が、やや身を斜に構えて蜻蛉の構えに気合を入れ直すや、印を結びながら腰を屈めた鷹がすっと前に出た。
「飛び道具が相手ならおいらの出番だ」
「下がっておれ!」
 珍しく声を荒げた右京を無視して、鷹は独鈷印から穏形印まで素早く九字を切った。
「笑止。おぬしの目くらましなど痛くも痒くもないわ。またドングリでも飛ばすつもりであろう。我が肥後大掾下坂の槍で吹き返してやるわ」
 忠左衛門が鷹揚に十文字槍を担ぎあげた。忠左衛門の胆力と槍の威力で鷹の術を封じようとするつもりなのだろう。
――鷹の術など効かぬ。
 忠左衛門だけでなく右京もあのブナの葉の攻撃を思い浮かべた。
 だが、鷹が開いた右の掌に左拳を打ち付けた途端、指先から闇を撃ち払う閃光が飛び出した。その眩い光は途中から紅蓮の炎に変わって、目を眩ませ怯む鉄砲隊に襲いかかる。高温に包まれた鉄砲はその場で暴発した。大半は忠左衛門の制止も聞かず逃げ出し、残りは腰を抜かしたのか鉄砲を投げ捨てその場にヘタリこむ。槍組も忠左衛門以外は、腰が引け浮足立っていた。
「かかれ!」
 忠左衛門が門弟等を叱咤し、率先して槍を扱きながら突進しようと構え直したが、それよりも早く、右京と泰蔵が駆け抜けた。二人の通った後に錫状で強か撃ち据えられた刺客達が十数名悶絶していた。またしても右京によって忠左衛門自慢の槍が圧し折られた。二人の放つ魂魄の気合が次々に夜空へ木霊し、嘉昭は思わず耳を塞ぐほどであった。
 さらに追手の統率が乱れた。
 示現流の振り落とす錫状の狂気の様な凄まじさに後ろに下がっていた筆頭家老の衛藤陣太夫が恐怖にひきつった顔で、四つん這いになりながら先に逃げ出した。
「引け!」
 忠左衛門の命令よりも早く、三十人近くいた刺客は我先にとその場を取り散らかして去って行く。
「お見事! 誠に見事じゃ」
 興奮した嘉昭が右京と泰蔵に駆け寄った。
「しかし、その方等何故刀を抜かぬ?」
「殿様の家来を殺すわけにはまいらんでのう」
 泰蔵がおどけながらはぐらかした。泰蔵も右京も汗ひとつ掻いていなかった。嘉昭が右京と泰蔵ばかり賛辞するのが鷹には面白くない。
「まいったな、すっかり燃えちまったよ。炭焼き小屋が炭になっちまった」
 燻ぶる小屋の残骸を見て鷹が恨めしそうに吐き捨てた。こうなった以上、野宿を覚悟しなければならない。
「鷹どんは火遁の術だけでのうて、うまいことをいわっしゃるもんじゃ。のうお鈴どん!」
 鷹の顔色を読んだ泰蔵が鷹を煽てながら鈴の助け船を得ようと姿を捜した。
「お鈴どんがおらんっ! まさか、あいつらに連れて行かれたんじゃなかろうね………。鷹どんは、ちゃんと見ておらんかったね?」
 慌てた鷹と泰蔵が逃げて行った家老達の行方に目を凝らし、駆け出そうとした時だった。勢いよく水をぶちまける音が後ろに拡がった。燻ぶっていた小屋の残骸が音を立てて水を吸い込んで行く。立ち昇る湯気の前に鈴が手桶を持って立っていた。
「このまま行って、もし山火事にでもなったらどうするの! 川はあるけど、桶が小さいんだから半人前の天狗の術で何とかしてよ」
「これはこれは、お鈴どん、よう気のつきなさった。まっことこのままじゃ行かれん。すぐに消してしまいもんそ。早う出発せんとあいつら次はもっと大人数で攻めて来るに違いなか」
 鈴から手桶を受け取ろうとした泰蔵を鷹が止めた。
「まかしときな。普通の天狗なら水遁の術は扱えないんだけどね、おいらのおっ母さんは雨乞いが得意だったんだ。おいらが普通の天狗じゃない所を見せてやるよ」
 鷹は徐に懐から小型の巫女鈴を取り出して空へ突き出した。月明かりを照り返して輝いているが、相当古いもののようである。嘉昭はそれを母の形見ではないかと推量した。やがて巫女鈴の音色とともに青白い光が夜空に向かって伸びて行った。念じながら鷹は鈴を振り回すと、今まで星の出ていた空が俄かに黒雲で覆われ、雷鳴と共に雨粒が落ちて来た。その量が瞬く間に増えて来る。
 嘉昭や鈴が慌てて枝の多い木の陰に身を寄せた。
「ばかっ! ずぶ濡れになるじゃない。誰がこんな大雨を降らせろって言ったのよ」
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介