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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「神泉苑の雨乞いと申せば、あの稀代の白拍子静御前ではないか! 静御前が鷹殿の母上なのか。俄かに信じられぬ話じゃ」
 鷹が少し自慢する顔になった。嘉昭が静御前の名前を知っていてくれたのが嬉しかったようである。
「そこで不審を感じた親父は、全国の天狗に命じて調べさせてみると、実はおっ母さんは、鶴岡八幡宮に祭られている龍蛇神の娘だとわかったんだ。親父はたいそう悔しがったそうだよ。天狗は水に弱いからね」
「鶴岡八幡といえば………その龍蛇神はまさか頼朝の?」
 嘉昭の気づきに鷹が頷いた。
「当たり! 守護神だったってよ。頼朝が操っていたのか、それとも操られていたのかはわからないけれど、親父は戦いを挑んだんだ。天敵みたいなもんだからね。龍蛇と大天狗………水と火の戦いになったってよ。富士の裾野で三年に及ぶ物凄い戦闘で、その戦いを通じて親父も迦楼羅の召喚術を会得した。手強い相手だったけど、親父がそいつを迦楼羅焔で仕留めている間に、頼朝の策に乗せられた藤原泰衡から義経は攻め込まれちまった。そして龍蛇神を親父が斃した瞬間におっ母さんは霊力を失ったそうだ。そこで親父は、おっ母さんも殺そうとしたんだけど……」
「しかし、鷹殿が生まれたということは、その場で殺せなかったわけでござるな。何故であろう? それほどに美しい女性であったのか、はたまた別の理由があったのか」
「さぁね、親父も教えてくれないし、おっ母さんはとうの昔に死んじまったからね。ただ、建久九年(一一九八年)、頼朝が、相模川の橋供養に出席した帰りに落馬して、それが原因で死んだことになっているけど、ありゃあ大嘘さ。親父とおっ母さんが二人で呪い殺したんだって教えてくれたよ。そん時にゃもうおっ母さんの腹の中においらがいたらしい」
 鷹は大きく腕を伸ばして深く息を吸った。ちょうど鈴が泰蔵の指示に従って打ち方をやめた時であった。右京は一心不乱に立ち木に向かっている。まだやめるつもりはなさそうであった。
「鷹殿のお陰で退屈の虫が動き出さずにすんだようじゃ。じゃが話を聞いていてふと思ったのじゃが、まさか、宮本武蔵にも大天狗の父上に匹敵する魔物が憑いていたのではあるまいか? で、なければその強力な迦楼羅焔を跳ね返すことなどできまい」
「少しの才能と想像を絶する精進をすれば、人は鬼に近づける。あそこで木刀を振っている兄ちゃんも、案外お鈴ちゃんも見込みはある。でも鬼には近づけても本物の鬼にはなれない。人は死ぬ。人の一生は短い」
「うむ、短いか………。すると武蔵でさえ、鬼の境地を極められなかったということか」
「いや、鬼になっていたんだ。その時は………。親父との戦いが終わってから、どうも改心したらしい。地獄の門番を二三匹ぶった斬って現世に戻ってきた。その後は何を考えたのか絵なんか画き始めちまってよ。武蔵はそれで人間に戻ったけど、おかげで、親父は、まだ寝込んだままなんだ。意識を失くしてもう二十年だぜ。それまでおいら人間と天狗の合いの子だと馬鹿にされていたんだけど、そのことがあっておいら天狗界から追放されちまった。総元締の親父をあんなにしちまったんだから、仕方ねぇか………」
 自嘲の笑いで顔を歪める鷹に嘉昭は掛ける言葉を失った。再び沈黙を破ったのは嘉昭の方だった。
「嫌な話をさせてしまったのう、すまぬ。だが人智を超えた世界のこと。何もしてやれそうにない」
 嘉昭が軽く頭を下げた。
「いや、きっと誰かに聞いて欲しかったんだと思う。お殿様は優しそうだからね。人に、いや、化け物に頭を下げるお殿様なんて聞いたことないぜ」
「化け物などと自分を卑下してはならぬ。しかし、話には聞いていたが、二天一流の宮本武蔵がそれほどの強さであったとは………。実は、藩庁の家老は武蔵殿の御養子で宮本伊織殿じゃ」
「あの侍大将が御家老様になったのかい? 知ってるよ。あっちは覚えているかどうかわからないけど、島原の一揆で会ったことがある。あん時ァ、ちょうど右京の兄ちゃんと同じ位の歳だったけどね」
 晩秋の英彦山中である。肌寒さを覚えた鷹は薪を抱えて、嘉昭を小屋の中へ誘った。

 泰蔵が大きな鼾を掻きながら一番広い場所を取って眠っている。藩主の嘉昭も慣れぬ山歩きで疲れたのだろう、壁にへばりつく様にして深い眠りについていた。同様に鈴も疲れ果てて眠っていた。右京らについて二千回は立ち木打ちを続けたのだ。起きているのは鷹と右京だけであった。
「見張りはおいらだけで十分だよ。兄ちゃんも寝た方がいいぜ」
「なに、心配ござらん。それに明日には小倉へ着きもんそ。休むのはそれからでんよか」
 顔を上げた鷹は右京の優しい目に合った。笑っている右京の顔を見て鷹は安堵した。
「………お鈴ちゃんも熱心だけど、立ち木が可哀そうだぜ。悲鳴を上げてる」
「あれは、立ち木の悲鳴ではござらぬ」
「わかってるよ。あんな恨みの籠った音、聞かせられちゃたまんない」
 鷹が囲炉裏に薪を足した。一通り荒れ小屋の俄か補修はしてみたが、秋の冷気が忍び込んで来る。
「立ち木打ちを続けて、その気持ちが薄らぐのを泰蔵どんもおいどんも待っておるんじゃがのう。じゃっどん、なかなか筋のよか娘んごとある。お鈴どんは……」
「そうらしいね。泰蔵のおっちゃんが結構口出しして教えているのを聞いていると、どうもお鈴ちゃんは女剣士にでもなりそうだ」
「お鈴の祖父様が小西行長殿の侍大将であったそうじゃ。遺伝かもしれんのう」
「ホントかい? お鈴ちゃんはお侍の血を引いていたんだね。道理で……知らなかったよ」
 右京が薪を組み替えて風の通りをよくしながら笑っている。その笑いがすっと消えた。
「まさに草木も眠る丑三つ時だね。兄ちゃんも気づいたかい? 結構の数で向かって来るね。犬も何匹かいる。殿様の匂いを嗅ぎあてたらしい」
「皆を起こしもんそう……」
 右京が立ち上がった時、壁に無数の矢が突き刺さるけたたましい音がして小屋が揺れた。火矢であった。古く粗末な炭焼き小屋は火の手が回るのも早い。
「あいつら、自分達の殿様を焼き殺すつもりかい?」
 鷹が振り返ると、泰蔵が錫状を握り締め寝惚けたまま起き上がって来た。右京が嘉昭と鈴を同時に揺り動かして起こす。何事があったのか把握できぬ嘉昭が怯えた。
「安心しな。火はおいらが何とかするよ。早く荷づくりを」
 印を結ぶ鷹の指先からつむじ風が起こった。
 鷹は、左右の人指し指を立て合わせた独鈷印に組み替えた。そして天地を振動させるような低く太い声で不動明王呪法を唱え始めた。
 オンキョバミリ…………ソバカ
 風はすぐに大きくなり激しい勢いで小屋の屋根や壁を吹き飛ばして行った。火のついた壁はまるで意志を持った生き物の如く破片となって戦支度をした侍達に向かって行く。闇の先で慌てふためくどよめきが起こった。脅えた犬が遠吠えを繰り返す。
「何者! 顔を見せよ」
 闇に向かって嘉昭が叫ぶと、泰蔵が月明かりで刺客の数を数えて笑った。
「ざっと三十人。我等をぐるりと取り囲んでおっとじゃ。皆、殿様の家来のようでごわすな」
 さらに鷹は、両手人差し指をたて合わせ、これに中指をからませた大金剛輪印に結びかえ、摩利支天の真言を繰り返す。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介