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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 鈴が口を尖らせて大声で怒った。鈴の激しい勢いに、得意満面な天狗の鼻をくじかれた鷹は鈴を見詰めたまま、茫然と冷たい秋雨に打たれている。
「鷹殿、もうよかよ。火も消え申した。雨を止ませてくだされ」
 泰蔵が鈴とは別の木の下で震えながら懇願した。
「何言ってんだよ。一度降りだしたら止められるはずないだろ」
 雨を止められないのが当然だという顔の鷹に向かって、皆が「半人前!」と声を揃えて叫んだ。


 小倉への道


 明け方まで降り続けた雨が一行の痕跡を消してくれた。そして、昼過ぎ、嘉昭一行は飯岳山を超え香春に到着した。そこからは、香春岳三山に沿って先にある金辺峠を越えれば小倉に入る。しかし、またしても鷹の顔色が優れない。
「鷹殿、いかがした? 脂汗が出ておるぞ」
 やはり疲労を顔に浮かべた嘉昭が、鷹を気遣った。
「あの神社も由緒正しきもののようにござるな。結界に近づきもうしたか?」
 右京が右手の森を指さした。頂上に鏡山大神社がある。香春岳三山の一岳、三岳と正三角形をなす位置に鎮座していた。嘉昭と泰蔵が訝しい顔で右京を窺う。
「確かに昔も昔、大昔……。神功皇后が、新羅征伐に行く途中、この岡に天神地祇を祭り、必勝を祈願して、御魂代に鏡を安置したのが、鏡神社の縁起だと伝えておるが、それが何か?」
 豊前茂林藩主小笠原嘉昭が簡単に神社の由来を披露したが、苦しそうな鷹を目の前にして右京の暢気な態度を理解できないでいるようだ。
「その鏡は石に化けて、あの山の中にあるんだ。だから鏡山。おまけにその山の、ほら、端に小さなこんもりした所があるだろう。ありゃあ、筑紫太宰率河内王の陵だよ」
 嘉昭の話を受けて鷹が続けた。歴史に興味を持っているらしい嘉昭は鷹の話に頷いているが、泰蔵はまったく関心を示さない。のんびり欠伸をしながら鏡山の後ろに聳える三岳を眺めている。
「岩戸破る手力もがも手弱き女にしあれば術の知らなく………。河内王を鏡の山に葬る時、手持女王(たもちのおほきみ)が作った歌さ。万葉集にあるよ」
 鷹がよどみなく諳んじてみせた。それには嘉昭も驚いたが、泰三が目を丸くして口から泡を吹いた。
「鷹どんが、熱に浮かされて訳のわからんことば、言いよる」
 泰蔵が鷹の額に手を当てて熱の有無を調べる。その手を鷹が邪険に払い除けた。
「なんだ、泰蔵の小父さん、そんなことも知らないのかい?」
 青白い顔の鷹が泰三を小馬鹿にして笑う。時として万葉集の歌の中に込められた一部の言霊を呪法として使うため、幼い頃から鷹は読み聞かせられていたのだ。また、母親は貴族達を相手に飽きさせず歌を詠み、舞を舞う天下の白拍子静御前である。歌を詠むことからこの国の歴史、古典、そして人の心の流れを師である母親から仕込まれていた。もっとも知識と実践は違うもので、人と滅多に接触を持たない鷹にとって鈴の心が読めないのは無理からぬことである。
「死んじまって鏡山に葬られたのを、手持女王って奥方が天岩戸に擬えて天手力男命には岩戸を開ける力があったが、私も河内王が隠れた岩戸を破る力が欲しい……って歌ったんだよ。でも私は、お鈴ちゃんとは違って、か弱い女だから王と再会する方法を知らない。そんな意味さ、小父さんにわかるかなぁ?」
 鷹が尊大に威張る。心なしか顔色もよくなったようだ。嘉昭の眼の色に幾分鷹を尊敬する色が滲んできた。
「天狗になってるよ」
 か弱くないとからかわれた鈴が気分を害したのか、鷹を無視して歩きを速めた。しかし、すぐに先頭に立った鈴が杖を握りしめて足を止めた。先方から数人の村人が取り乱して駆けてくる。右京と泰蔵がすぐに前に出ると皆を守るようにして身構えた。横を通り過ぎようとした村人の一人を右京が止めた。
「おまえさんら、早くこの場を立ち去った方がええ。何があったか知らんが、大勢の鉄砲を担いだお侍が関所を作って四人の修験者とあやかしの術を使う猟師の子供を捜している。この先は通行止めじゃ」
 右京が、どうしたのだと聞く前にその村人は一行の装束を見てそう忠告した。小者まで含めて五十人以上が鉄砲で武装しているという。夜通しで駆けてきたらしく余計に殺気立っているらしい。
 すぐに泰蔵が村人の恰好に着替え、顔を泥で汚すと偵察に走った。
「関所まで築くとは、ご苦労なことでごわす。先回りされたようじゃっど、右京どん」
 息を切らせて戻ってきた泰蔵に普段の飄々とした余裕が消えていた。
 さっきの村人は五十人以上といったが、ぞくぞくと武装した侍が集結しているらしい。昨夜の炭焼き小屋と小倉城の位置から最短の距離である金辺峠に当りを付け、夜を徹してきたに違いない。中には祈祷師の集団がいて護摩壇を築き、調伏の呪詛が始まっていた。これは鷹の妖術に対抗する手段に違いない。実質的な指揮は神谷忠左衛門が執っているらしい。
「どうりで、頭痛がしてきた」
「まことでござるか?」
 わざとらしく額に手をやる鷹を大仰に泰蔵が心配した。
「冗談だよ。おいらを降伏できるのは、弘法太師ぐらいなもんだよ」
 頬を膨らませて眉を吊り上げた鈴が拳固で鷹の胸を突いた。
「そんなに自信があるならやっつけてみなさいよ。鉄砲の相手ができるのは鷹どんだけよ。また得意の中途半端な紅蓮で追っ払えばいいでしょう。天狗なら簡単よねぇ!」
 鈴が鷹を挑発するように言い放つと、昨夜のことを思い出した嘉昭と泰蔵が期待するように鷹の顔を覗き込んだ。
「そいがよか! 紅蓮の火焔で敵が乱れたところをわいと右京どんで斬り崩すけん。その隙に関所を駆け抜けるがよか」
 泰蔵が思案を巡らせているのを右京が遮った。
「あいにくなことじゃっど。ここでは鷹どんの術は効かん」
 泰蔵と嘉昭、それに鈴が不思議な顔をして右京を見た。
「結界が近いと天狗の技はうまくいかないんだ。なんせ三韓征伐するほどの息長帯比売命だ。いまだに残っている宿念が強すぎて…………。親父ならこんなもん、大したことじゃないんだけど」
 鷹が頭をかきながら苦笑いする。鈴が冷淡な目で鷹から目を逸らした。
「本当にいたかどうかもわからない何千年前の人の話をしてるのよ。ほんと、使えない天狗………。だめじゃない」
 鷹がすでに異形の若者と知る鈴であったが、臆することなく悪口を浴びせることができるのは生来の気の強さからなのだろうが、その口調の裏には悪意が潜んでいる。それを敏感に感じ取りながらも鷹は言い返せない。
「そうじゃ、また大雨を降らせるというのはどうじゃ。あれは母御前から伝えられたものじゃろう。天狗の術ではない」
 嘉昭が閃いた。皆が顰蹙を浴びせた夜中の豪雨を思い出したのだ。
「火縄銃は使えなくなるかもしれないけどね…………敵だけでなく右京さんも泰蔵の小父さんも足場が悪くなるよ。いくら強くったって俺たちを守りながらだとすると敵の人数が多すぎる」
 鷹が煮え切らないでいると、鈴が怒った。
「あたいも戦うよ。足手まといにはならない。それに殿様だってお侍でしょう? 刀ぐらい扱えるわよね」
 自信のなさから曖昧に頷く嘉昭の横で、鷹と男装の鈴が睨み合った。
 そんな二人の肩を右京がポンと叩く。
「逃げもんそ。遠回りだが何も金辺峠だけが小倉へ行く道ではござらん」
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介