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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「そいでも我等と一緒に行きもんそ。旅は道連れじゃっちもうす。もっと違う世の中を見るのも良かもんじゃ。きっとこれからのお鈴ちゃんの人生に役に立つことは間違いないことでござろう」
 ゆっくりとした右京の言葉は、温かくて優しかった。頑なになりかけていた鈴の心を解して行くのが皆の目に見えた。鈴に負い目を感じて言い返せないでいる鷹は安堵の溜息を吐いた。
「善は急げじゃ。山伏の装束を見繕って来もんそ。しばらくはお鈴どんも男の恰好をしてもらわんとね」
 泰蔵が慌ただしく坊舎を飛び出して行った。

 鷹が鈴の足を気遣いながらも山伏さえ知らない道を選んで、藩庁の小倉へ進んだ。猟師姿の鷹と四人の修験者は英彦山の風景に溶け込んでいたが、敵も地元の猟師を案内に立たせ、探索していた。ただ家老派の組織した探索方がいくら人数を集めようと、大海に漕ぎだした小さな舟を見つけるようなものである。初日は誰にも会わずに嘉昭一行は、無人の炭焼き小屋で一泊することになった。陽が落ちる頃、右京らの日課である立ち木打ちが始まった。夕は五千回行うという。右京と泰蔵の間に入って鈴も立ち木を打った。杖代わりに泰蔵が鈴へ渡した柞の木の枝である。痛々しい鈴の手を見兼ねて鷹は止めたが、余計意固地になるので逆らわないことに決めた。
 鷹は手持無沙汰に大きな切り株に腰掛けて三人の立ち木打ちを眺めることにした。隣には既に嘉昭が陣取っている。しばらくして鷹は鈴から目を離せなくなった。無造作に後ろで結わえたお鈴の長い髪が木刀を打ち込むたびに揺れていた。頬を伝う汗が夕陽を浴びて輝いているのが美しく見えた。いつしか鷹は、修験者姿の鈴に見惚れている。
「お鈴は、ああしているとまるで凛々しい小姓のようじゃ」
 嘉昭も初めて見る示現流の凄まじさに感心して見惚れている。隣に座り込んだ鷹へ小声で「まるで狂人のようじゃ」と囁いた。それは悪い意味ではなく示現流独特の猿叫と呼ばれる掛け声を聞いた嘉昭の率直な感想であった。猿叫については、泰蔵の説明によると、頭を廻る血の量が増えて五感を活性化させ、強烈かつ的確な一撃を生み出す効果があるという。
「でもお殿様、見てごらんよ。右京さんが打っている所から、煙が出始めたぜ。あの速さで宝蔵院流の十文字槍を叩き折ったんだ」
「神谷忠左衛門は我が藩で一番、いや、豊前でも一番の使い手と言われていた男じゃ。上には上がおるということか」
「確かに上には上がいるよ。右京の兄ちゃんよりもっと恐い化け物みたいなおっちゃんに会ったことがあるけど、あん時は生きた心地がしなかった。もう死んじまったけどね」
「死んだとは?」
 黄昏時であった。すぐそばの焚火の灯りが鷹の顔を照らしている。感慨深げに空を見上げる鷹の顔は少し寂しそうだった。
「もうおっちゃんが死んでから十一年は経つかな。いくら強くても人間の寿命は短いからね。宮本武蔵って言ったっけ、あのおっちゃんは………」
 寛永十五年(一六三八年)の島原の乱では、武蔵も中津城主小笠原長次の後見として出陣していた。鷹が会ったのは仙吉、お絹等十数名の子供を引き連れて逃げる途中であった。行く手を塞ぐ軍勢を石礫の嵐を浴びせ蹴散らして行く鷹であったが、礫の嵐がどうしても避けて流れる一角があった。そこを抜けられれば八割方逃げ切れたと言ってよかった。持てる力全てを右の人指し指に集中させ、鷹は印を切り真言を唱えた。だが、激しい気合で空を斬る刀の風圧で跳ね返されてしまった。身を伏せて飛んでくる石礫を躱した鷹等は、濛々とした風塵が収まり訪れた静寂の中で、前方に仁王立ちする一人の武者を見た。鎧など着ておらず、鉢巻きに襷掛けだけの軽装であった。
「こんなところで妖怪に会うとは、実に面白い」
 不敵に笑う男は腰の二刀を抜刀すると大きく天に向かって構えた。その武者と視線が合った途端、鷹の体中に鳥肌がたって竦んだ。武者はお構いなしに地が裂けるほどの気合を上げて駆けて来る。鷹は地面に足がめり込んでしまったように動けない。一緒に逃げて来た子供達も鷹の後ろで一塊になって大声で泣きながら震えている。鷹は勇気を振絞って真言を唱えた。
 鷹の指先から高熱の強力な閃光が武者に向かって発射された。男は二刀を操り大地を斬り裂く勢いでその炎を跳ね返す。このままでは鷹や鷹の後ろで泣き叫ぶ子供達が焼き尽くされてしまう。
「おいら心底蒼褪めちまった。そうしたら、さらに大きな火の玉がおいらの放った紅蓮を押し返してくれた。どこから現れたのかおいらの親父が放った迦楼羅焔だった。そりゃあ凄ェ召喚術だったぜ。迦楼羅ってのは竜を喰う化け物みてぇな大きな鳥なんだ。翼は金色に輝き、頭にはどんな願いも叶える如意宝珠ってやつを被っている。その口から何でも溶かしちまう凄ェ火焔を吐くんだ。おいらにゃまだ出せねぇけど」
 遠くを見るような目で話す鷹とは対照的に、嘉昭が身を乗り出してきた。
「おぬしがこうして生きておるということは、その武芸者を親父殿が焼き殺したのか? 宮本武蔵ではなかったのか?」
「ああ…………」
 鷹の目から涙が毀れ始める。しばらく沈黙していた鷹が重い口を開いた。
「……武蔵だったよ。あいつは親父の放った迦楼羅焔さえも弾き返そうとした。いや弾き返せはしなかったけれど、気力でしっかり受け止めやがった。親父と武蔵の力が拮抗しているのがはっきりわかった。二人の間で火花がバチバチ散り続け、どっちも動けなかった。親父が行けとおいらに合図したんで、逃げることができたんだけど……」
「どうなったのじゃ? 親父殿と武蔵の戦いは………」
 急き立てる嘉昭の顔を見て鷹が力なく笑った。
「後で聞いた話だと、戦いは三日三晩続いて引き分けだったらしい。人間と引き分けたのは義経以来だったってよ」
「何? 義経とは、あの九郎判官義経のことか!」
 驚いた嘉昭が手に持っていた水の入っている竹筒を落とした。源平合戦の時代が、何百年前のことか嘉昭の頭の中ですぐには計算できなかった。
「親父もまだ若い頃で義経とは鞍馬山で戦った後、変に気が合ったって話してくれた。一の谷の逆落としなんて親父配下の鴉天狗達が念力で武者が乗った馬を空から引っ張っていたらしいぜ。壇ノ浦も親父が風起こして潮の流れを変えた。寝物語に自慢してよく話してくれた。後にも先にも人間の手助けをしたのは、その時だけだったって……」
「まさに鬼に金棒ではないか。お父上と義経が組めば、敵はおらんはず。見てみたかったのう、壇ノ浦の合戦を………じゃが、待てよ。義経は、奥州は衣川館で討たれたではないか? 相手は、人であろうに。討ち倒すことなどたやすかろう。本当はどこぞに逃したのではないか? 蝦夷とか唐天竺なぞ、そんな話も残っておるではないか」
「助けられなかった。結界が強くてそばに行けなかったんだ。おいらのおっ母さんの張った結界がね」
「母御は、何故邪魔を?」
「邪魔をしている意識はなかったと思うぜ。神泉苑の雨乞いで大雨降らすほど舞いに霊力が備わっていたからね。おっ母さんの存在そのものが結界の役割を果たしていたんだろうよ。いつの間にか義経もおっ母さんに入れ上げて、親父は近寄れなくなった」
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介