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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 半人前だから天狗の世界では暮らせないと寂しそうに鷹が笑った。
「御母上の世界にも未練があるような顔でござるな」
「どっちの世界からもおいらは異形の者さ。罪作りなことをしてくれるぜ、親父も……」
「さ、上がって朝飯でも食べようではござらんか。腹が空いたでござろう」
 遅れて鷹と右京が坊舎の狭い居間に上がると、人数分の箱膳が並べられていた。泰蔵が大仰におどけながら御櫃に移した炊き立ての飯を運んで来た。鈴が味噌汁と漬物を配膳した。
「泰蔵どんは侍ながら料理の天才じゃ。じゃっどん薩摩仕立てじゃから口に合いもうすかわからぬが」
 右京が場を和ませるように誰にということもなく口を開いた。
「料理の腕はあるんじゃが、何せ山ン中じゃけん材料がなか。腕を振るえんのが残念じゃ、たいしたもんはなかが、さ、さ、お殿様も食べんかれば、力が出せませんぞ」
「ほんと旨ぇや、昨日の晩飯といい、こんな旨ぇ飯は何十年ぶりだろう」
 鷹はすぐに山盛りの飯を平らげると、自分でお代りを装いに立った。
「鷹どんは、ほんのこっに天狗様なんじゃな。昨夜は失礼なことを申してしもうたようじゃ。まさか、お殿様を連れち来るとは思わんかった。じゃが御城は大騒ぎじゃろう?」
 胸を反らせて得意満面な鷹の頬についた米粒を鈴が摘まんで取り去った。
「天狗になってるよ」
 強く鈴から睨まれて鷹は、誤魔化すようにわざとらしく咳払いした。
「警護のお侍は皆眠らせたつもりだったんだけど、昨日殿様の家来を殺した槍のお侍の一人に見つかっちまった。神谷忠左衛門ほどじゃなかったからちょちょいと撒いて来たけど、すぐに山狩を始めるかもしれねぇな。右京の兄ちゃん、頼むぜ」
 神谷忠左衛門の名前を聞いて鈴が身を固くした。
「おいおい、まっこと半人前じゃっど。すっかり巻き込んでくれもうした」
 困った顔を見せた右京に、突然嘉昭が箸を置いて平伏した。
「拙者からもお頼み申す。お貴殿の腕前は鷹殿から聞き申した。藩庁までで構わぬ。小倉まで一緒に行って貰えまいか。相応の礼はさせていただく」
 泰蔵が嘉昭の肩にそっと手を掛けて頭を上げさせた。
「おいどんらの素性も聞かんと、頭を下げなさるのか?」
 泰蔵が念を押すように嘉昭に問いかけた。
「素性? 修験者殿ではないのか?」
 泰蔵が右京の顔を窺って思案するように頭を捻った。二人の困惑した様子に嘉昭がここに来る道すがら聞いていた話と違うという解せない顔つきで鷹を一見した。
「素性って、やっぱ十文字槍が言ったように薩摩の間者なのかい?」
 鷹が昨日、神谷忠左衛門の発した言葉を思い出した。
「逆じゃ」
 右京が観念したように朗笑した。「おいおい……」と泰蔵が頭を抱える。
「逆?」
「儂等は、薩摩飛脚よ」
「薩摩飛脚ってなんだよ。手紙でも運んでいるのかい?」
 嘉昭の顔色が変わった。薩摩飛脚とは、厳戒態勢の薩摩藩に潜入した幕府隠密の多くが生還しなかったことから、先方に届けるだけの飛脚便に例えてそう呼ばれている。
「鷹殿、幕府の隠密のことじゃ」
 嘉昭が落胆して鷹に告げた。藩政の乱れが幕府の知る所になれば小倉の小笠原家にも迷惑が及ぶかもしれない。嘉昭の顔色がみるみる暗くなっていくのを鷹が不思議そうに眺めた。
「幕府の隠密?」
 すでに泰蔵は鷹や嘉昭のことを無害だと値踏みしていたのだろう。恍けた顔で種明かしを始めた。
「そうじゃ、我ら子供ん時より、ずっと示現流と薩摩言葉を叩っこまれ送り込まれもうした。土地の者に怪しまれぬようにの。まぁ言えば、嘉昭どん、おまんさーの敵じゃっど。それにたしか豊前茂林藩は、もともと関ヶ原の時、西軍じゃった藩よな。いくら藩庁から藩政立て直しのため派遣されたからチゆうても儂等に関わらん方がよかじゃなかね」
 泰蔵の含み笑いの裏には、多分に藩の取り潰しを匂わせている。
 慶長五年、関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康が、戦後処理として敵対した西軍大名百六家を取り潰しや減封に処した。これによって得た約六百五十万石の没収地を、自分に味方して功のあった大名に分配する一方、徳川家の直轄領を増大させ、新たに親藩や譜代大名を創設し、各国の枢要の地に配置するなど、幕藩体制の基礎を固めていった。藩の取り潰し政策は、この時期盛んに行われていたのだ。
 結果として藩主としての無能力さを見せつけてしまい、苦衷に顔を歪める嘉昭を横目で見ながら涼しい表情の鷹は漬物を飯の上にのせて一気に口の中へ運んだ。
「聞かなかったことにするよ。兄ちゃん、お鈴ちゃんのためだと思って協力してくれよ。ここまで関わっちまったんだから、最後まで面倒みるのがお侍ってもんだろうよ。それに茂林藩なんて小さな藩じゃないか。ほっといても影響ないさ。江戸に帰るついでなんだろ? 何か早く知らせることがあるんじゃないのかい、江戸に?」
 右京が仕方ないという目で泰蔵を見た。泰蔵は右京に逆らえないようだ。
「右京どんは、ほんにめんどくさいもんを拾っておいでなさったもんじゃ」
「じゃ、いいんだね。恩にきるよ」
 思惑通りになっていささか得意になっている鷹の膳の前に泰蔵がニヤニヤしながらにじり寄って来た。
「その代りに鷹殿、天草四郎の財宝を拝ましてくれんかね。見るだけでよかじゃ」
「財宝? 泰蔵の小父さん、そりゃ何のことだい」
 鷹が空とぼけたが、泰蔵は執拗に食い下がった。
「鷹殿の首に掛かるクルスは、財宝の在り処を示す鍵じゃないかね?」
「まさか! そんなことがあるもんか。でも………そうだな、そんなに見たけりゃ見せてやってもいいぜ」
「まことでござるか!」
 泰蔵が目を輝かせた。見たいだけという泰蔵の言葉に裏はなさそうである。朴訥な泰蔵は心の中がそのまま顔に出る。
「ああ、天草下島の苓北にさんしゃる池って池があるけど、そこに沈めたものはほんの一部さ。別にもっと大切なものをおいらが預かった。この十字架は、そん時のおいらと四郎の兄ちゃんとの約束の証さ」
「そりゃ、こん山ン中ね?」
「小倉までお殿様とお鈴ちゃんを送ってくれたら教えてやるよ」
「勿体をつけなさるのう、鷹殿は」
 不敵に鷹が笑う。
「うちは、ここに残る。小倉へは行かんよ。殿様もいるんだからこの手紙も、もう用がないし」
 鈴が合点の行かぬ顔で鷹を見た。一緒に行くものと思っていた鷹が言葉を呑んだ。その僅かな沈黙を泰蔵が破る。心底心配した必死な口調であった。
「ほとぼりの冷むるまでのことじゃ。落ち着いたらまた帰って来ればよかよ。最後までお鈴どんの無事が見定めらるるまでは、儂らに任せらんや。おいと右京どんがおれば、敵が百人来ようが大丈夫じゃっ。それに半人前じゃが妖術使いの天狗様も付いちょりなさる」
「お鈴のことは余が責任を持つ。何なれば養女にならぬか。それが気にそまぬならせめて一人の女子として生きていけるまでの面倒を見させてくれ」
 嘉昭の真心はその場にいる者に伝わったが、鈴は表情を固くさせた。
「養女になれば、お鈴ちゃんは御姫様だ。ちょっとばかし気の強い御姫様だけどな」
 おどける鷹を厳しい目で鈴が睨む。
「うちは、御姫様になんかならん。それに何百年生きていても半人前の誰かさんと違って、うちはもう一人前の大人なんよ」
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介