小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

金色の鷲子

INDEX|58ページ/59ページ|

次のページ前のページ
 

 不忍池の湖面が揺れるのと鈴の振り下ろしたカリブルヌスの剣で匠兵衛が砕け散り絶命したのが同時だった。繊塵となった匠兵衛の細胞が舞い上がり不忍池に吸い込まれていった。
「よくやった。これで我等の旅も終りだ」
「でも連也斎様、聖剣が………」
 カリブルヌスの剣は粉々に砕けていた。柄だけを持った鈴が頼りなさそうに連也斎を見上げた。
「おめでとうございやす。鈴之助さん、見事に敵を討たれやした。まさか、黒幕が儀兵衛の爺さんの双子の兄貴だったとはね」
「菊之介の言う通りじゃ。我等がきちんと抜け忍の始末をしておればこんなことにならずにすんだ。すまぬ」
 晋左衛門が鈴に頭を下げた。
「おぬしの剣と鷹のお陰で我等は救われたな」
 伊織が鈴を労った時だった。泡が吹いていた不忍池の湖面が大きく盛り上がり、髪の毛を長く頭の上に巻き三日月の髪飾りで止めた弁天島よりも大きな顔が出現した。皮膚の色は青黒く異国人の容貌である。一斉に業火から避難してきた多くの水鳥が逃げ出した。
 鷹はこの四百年感じたことのない恐怖を覚え、体中の毛が逆立った。
 禍々しい魔力が渦巻きながら発散され続け、朱雀が効かないことが容易に判断できた。
 轟音の中で鷹はすばやく結界を張ると皆を庇った。凄まじい霊気が嵐のように襲ってくる。皆を庇う鷹の着物の背中がずたずたにちぎれ、ささくれ立った。
 すでに魔人は腰の辺りまで水面に姿を現した。大きな体に太陽の光が遮られ、闇が訪れたように暗くなった。石灯籠や樹木、そして剥がれた石畳が空中を飛び交う。傀儡武人の落とした甲冑を拾って、身を守るための盾とする者が増えたが、余計風の抵抗を受けそのまま宙へ舞い上がって行く。結界を張る鷹の下に入ることだけが辛うじて身の安全を確保できたが、歯を食いしばった鷹の力が尽きるのも時間の問題であった。
「鷹っ、何者だ?」
「シヴァ神だけど、………ああああっ!」
 空中で踏ん張っていた鷹が、いきなり術を解いて地面に落ちてきた。
「もっと……恐いのが来たよ」
 連也斎が力尽き腰を抜かした鷹を抱きとめ、凄絶な霊気を放出する大男を訝しく見上げた。しかし、怪物の霊気が突然、拡散をやめてしまった。何事が起こったのかと、皆、鷹と連也斎の周りに集まり身を低くして途方に暮れている。
「もっと恐い奴とは、何者だ?」
 大男が急に足掻き始めた。徐々にシヴァ神の霊力が打ち消され、動きが緩慢になっていく。
 連也斎の腕の中で蒼褪めた鷹の震えが激しく早くなった。
「……親父が来た。怒られる!」
 鷹の涙声に鈴も伊織も上空を見上げた。シヴァ神以上の霊気がずしんと上空から迫って来るのを誰もが感じ取った。
 雲が割れてそこから大きな腕が伸びてくると抗うシヴァ神の首を掴んで不忍池から引き揚げた。
「師匠………」
 伊織が立ち上がって上空の一点を見詰めた。天から降りてきた手の指先に二刀を上段に構えた武者の姿を誰もが認めた。赤地錦の直垂に黒小札赤糸威大鎧の小柄な男は源義経に違いない。鷹の身体の中にいる教経の動きが激しくなった。強く胸を叩いて教経を押さえ込んだ。
 そんな鷹の苦労も知らぬ顔で嬉々と躍動する義経はシヴァの頭へ跳び移ると、両目の間にある第三の眼に向かって源氏伝来の宝刀薄緑を振り下ろし、一太刀で割った。義経が、関野鼻や芝塚山に華々しくその痕跡を残す岩割の剣である。シヴァのこの目からは、森羅万象を見通し、全てを焼き尽くすといわれる強力な光が発せられるのだ。
 シヴァ神の首を掴んだ逞しい腕は、空高くシヴァ神を引き上げるとさらに上昇した。嵐はすっかり納まっている。倒された石灯籠や根こそぎ抜かれた樹木が今起こったことを現実だと改めて教えてくれた。
 やがて天空で巨大な霊魂の消滅する気配が地上まで届いた。大天狗の迦楼羅炎とそれに匹敵する鬼の武蔵との合体技に敵うものなどいないのだ。大日如来でも斃せるかもしれない。そう思った途端に鷹は脱力して腰からその場に座り込んだ。
「あれが鷹の親父殿か、すっかりよくなったようだの」
 連也斎が感心した面持ちで鷹の頭を掴むと強く揺らした。連也斎の手を煩がって外した鷹がその場でどかっと胡坐をかいた。
「最初から親父と宮本武蔵が組んでいれば、こんなことにはならなかったんだよ。おまけに義経まで出てきやがった。嘉昭の殿様が生きていれば、きっと喜んだだろうな」
「仕方あるまい。ずっと床に伏しておったのであろうが。それに天狗は人間界のことに干渉してはならぬのであろう? しかし、母御といい親父殿といい、羨ましいほどにおぬしは愛されておるのう」
 伊織が再び師の武蔵が姿を現さないかずっと上空を睨んでいたが、いくら待ってもその気配はなかった。
 また、鳥が戻って来た。
 江戸を包む紅蓮の炎は一向に衰えることなく燃え盛っている。江戸城の天守閣が炎上して燃え落ちた。鷹の母親を再度地獄から呼び寄せ水龍を出現させてもらえないかと与吉が鷹に頼んだ。言われるまでもなく鷹も母へ向けて懸命に念を送っていたが、何の反応もない。
「お父さんじゃ消せないの?」
 鈴が鷹の隣にしゃがんで顔を覗き込む。
「火を煽るのは得意だけどな」
 鷹が嘯いた途端に激しい頭痛に襲われ、その場でのたうち回った。誰も手のつけられないほどの暴れようである。鷹は皆に見守られながら体の節々から来る激しい痛みに七転八倒した。
「あっ!」
 鈴が思わず声を上げた。鷹の背が伸びて逞しくなっていく。心持ちだが顔も少し大人びてきた。
 鷹が涙を流しながら大きく息を吐き出した。痛みが去ったようだ。
「どうした? 天狗はいきなり成長するのかい」
 菊之介が鷹を抱え起こす。鷹は痒いらしく何度も両手で顔を擦った。
――宮本伊織殿……そして皆様方
 その場にいる者の心へ向かって、天から声が降りてきた。鷹の父親からのようであった。
――不肖の息子をよくぞここまで鍛えてくれ申した。やっと十九まで成長することができ申したが、まだまだ実年齢から離れておりまする。伊織殿、一層の御鞭撻をお願い仕る
 伊織がやれやれといった表情で天に向かって頷いた。
――それからお鈴、我が息子の力が及ばぬせいでおぬしの両親を死なせてしまった。許しては貰えぬであろうが、これを受け取ってくれ。天狗の作った刀じゃ。
 鈴がずっと握っていた刀の柄から銀色に輝く刀身が伸びてきた。今まで愛用していた聖剣と同じ重さ、同じ感触であった。しばらく刀身を眺めていた鈴は、それを鞘に納めると天に向かって礼を言った。
「まだ、鷹は天狗界に戻れぬのであろうか?」
 連也斎が天に向かって大声で叫んだ。余計なことを聞くなと鷹は連也斎の足に縋りついた。
――まだまだでござる。迦楼羅炎の秘法を身につけるか、あるいは、そうじゃの、柳生新陰流無刀取りを会得すれば考えてもよい。まだ今のままでは周りの天狗共を説得できぬ
 案の定だと連也斎は理解して首を振った。
 冷やりとした風が吹き込んできた。大天狗は去って行ったようだ。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介