小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

金色の鷲子

INDEX|57ページ/59ページ|

次のページ前のページ
 

 連也斎が横に払われた剣を躱して裏を取ると甲冑ごと袈裟がけに斬り落とした。傀儡武人は背中を割られてもなお分裂した上半身を空中に漂わせながらやがて再生して行った。
「柳生殿、背中に護符など貼ってはおらぬようじゃな」
 匠兵衛は他人事のように連也斎の動揺を嘲笑った。傀儡武人の柳葉刀を避け切れず次々に甲賀衆と裏柳生が斃されていく。
 鈴の放った聖剣が三体を粉々に砕いた。鷹の撃つ紅蓮は一瞬傀儡武人の動きを止めたが効果はない。
「鷹、あんまり霊力を使うんじゃない。木刀を使え!」
 伊織が紅蓮を連打する鷹を窘めた。
「結城志津香! 聖剣が悲鳴を上げておる。自重せよ」
「しかし………」
 鈴は連也斎の命令に素直に従えなかった。周りを見ても鈴の聖剣以外傀儡武人に対して効果が見られない。
「とにかく躱せ!」
 鈴が連也斎と遣り取りをしている間にも周りで仲間が柳葉刀の餌食になっている。
 晋左衛門の頭上から柳葉刀が凄まじい勢いで振り下ろされた。瞬間大量の木の葉が舞って晋左衛門の姿が消えた。
「晋左得意の木の葉隠れの術か。腕は落ちていないようじゃの。だが、逃げては斃せぬぞ」
 匠兵衛の独り言を証明するように傀儡武人の裏を取った晋左衛門の刀が甲冑に当って折れた。晋左衛門はすぐに体を翻すと先に斃された甲賀者の忍者刀を拾い上げて構えた。
 鈴がまた一体を砕いた。甲高い悲鳴のような金属音が聖剣から響き渡った。刀身に亀裂が入ったようだ。
「志津香、これを使え!」
 連也斎が自分の脇差を鈴に投げた。ただの脇差ではない。一尺四寸の片切刃鎬造の中脇差で風鎮切り光代の異名持つ刀工秦光代の名刀である。連也斎の注文で六度作り直し、七度目に出来上がったものは傍にあった風鎮を四つ重ねて真っ二つに斬り割ったという。鈴は聖剣を鞘に納め鬼包丁を抜いた。
「ふぉふぉふぉ、今までのようには上手くいかぬようじゃの。仕方あるまい。手掛かりを教えてやろう。その武人等は土で出来ておる。土是成大片的、故不能被分隔、阻遏。土は大きな塊と成せり。故に分け離すこと、及び阻み止めること能わず、じゃぞ。誰も斃すことなどできぬ。木克土というが、丸太でも突き刺してみるか? そんなことは効かぬぞ」
 匠兵衛が嘲笑しながら講じている間に鈴の斃した武人がむくむくと起き上ってきた。
「ああっ…………」
 思わず鈴の口から途方に暮れた痛嘆が零れた。
 全員の心の中に徒労感と諦めが生じた時であった。
「喋り過ぎたぜ、爺さん」
 鷹が地を蹴って宙へ舞い上がった。
「仲間を置いて逃げるか? それがよい。生きて、これから儂の創る世を見物するがよい」
「誰が逃げるかよ」
 鷹は、風を起こし、その風で傀儡武人を覆った。
「風で土塊を飛ばそうと考えたのか? 愚かな」
「みんな! 弁天堂の方へ逃げて。できるだけあいつ等から離れるんだ」
 鷹の起こした風の中に異物が混ざっていた。松ぼっくりのようだ。どこから飛んできたのか多数の松ぼっくりが傀儡武人を攻め立てている。
 匠兵衛が腹を抱えて涙を流して笑う。
「気でも違ったか? 伴天連の聖剣でも斃せぬものが、松笠じゃと? 子供の遊びではないぞ。おぬしのような愚か者に関ヶ原で負けたとは、何と情けないことか」
 弁天堂へ駆けながら鈴が不安そうに鷹を見上げた。匠兵衛の言うことはもっともだと思っていた。初めて会った時、鷹は宝蔵院流の刺客達へ同様にブナの葉や団栗を飛ばす術を見せた。人間だった頃の神谷忠左衛門の一槍で封じられたことを鈴は思い出していた。鷹の気がおかしくなったとしか思えない。それにいくら逃げても所詮琵琶湖の竹生島を真似た小さな人工の島なのだ。すぐに土の魔人等に追いつかれてしまう。聖剣でさえも歯が立たない相手なのだ。
「与吉さん、池の水を木偶の坊の人形に掛けてくれよ」
 印契し呪文を唱えていた鷹が与吉に向かって叫んだ。鷹に迷いはなかった。気が揉める鈴の肩を連也斎が叩いた。そして「鷹を信じろ」と土人形を指差した。心なしか追いかけてくる傀儡武人の動きが緩慢になっている。何かに抗いながら前進しようとしているようだ。
「わかった、水を掛ければいいんですかい!」
 与吉が革製の蛇管を取り出すと片方を池に投げ込んだ。やがて蛇管の口から放射状に水が噴射され始めた。傀儡武人の動きがひどく辛そうになっていく。どんどん痩せ細り、甲冑が外れて地面へ転がった。
 匠兵衛の表情が変わった。
「おのれっ! 小天狗のくせに役にもたたぬ促成呪文が使えたとは」
 傀儡武人の動きが止まったと思ったら体の中から枝振りの良い松の木が急速に生えてきた。その松はしっかり大地に根を張っている。完全に土人形の動きを止めた。中には満開の桜を咲かせているものもあった。右京等の埋葬地を季節外れの花で埋め尽くした術である。
「木剋土の意味を知らないらしいね。木は根を地中に張って土を締め付け、養分を吸い取って土地を痩せさせる。取り敢えず動きは止めたぜ。次は爺さんだ」
「それごときで有頂天になるな。儂の結界は破れぬ」
 忌々しそうに吐き捨てる匠兵衛であったが、まだ余裕を見せている。
「そうかよ。確かに外から破るのは難しそうだな。でももうじき松の根っこが爺さんの下まで届くから待っていろよ」
 鷹は与吉に思いっきり水を掛けまくるように頼むと上空へ逃げられぬよう匠兵衛の上へ移動し、逃げ道を塞いだ。
「何っ!」
 鷹を見上げた匠兵衛の足下に巨大な松の根がまるで意志を持った生き物のように迫っていく。
「なんじゃ、これは!」
 逃げようと跳躍した匠兵衛に向かって鷹は紅蓮の連射を浴びせると、匠兵衛はたまらず下へ落ちた。その匠兵衛に松の根が大蛇のごとく絡みついていく。匠兵衛が体を締め付けられて苦痛の悲鳴を上げるたびに結界が弱まって行く。
 連也斎を筆頭に薄くなった結界の中へ潜り込む。
「結城! 最後の聖剣だ。右京、泰蔵、そして嘉昭の敵を討て!」
「はいっ!」
 鈴はカリブルヌスの剣を蜻蛉に構えた。
「やめろ! 儂を殺せばただではすまぬぞ。儂は大黒天の単なる下僕にすぎぬ。儂が死ねばおぬし等は間違いなく大黒天の怒りに触れるぞ!」
 匠兵衛の言っている意味がわからなかった。ただの悪足掻きにしか見えない。
「この期に及んで、申したきことはそれだけか?」
 鈴の怒りが聖剣に伝わり最期の輝きを放つ。赤緑色の光彩が乱れ散った。
――大黒天だって? 豊穣を掌る七福神の大黒様…………大国主命がどうして匠兵衛の守護神なんだ?
 胸騒ぎを感じた鷹は一歩後ろへ下がった。鈴の敵討ちを見たくないということもあったが、大黒天がどのようにしてこの国へ伝わったのか鷹は思い起こすことで現実から目を背けた。
 大黒天は日本に密教の伝来とともに伝わり、天部と言われる仏教の守護神の一人である。軍神、富貴爵禄の神または厨房の神ともされているが、中国においてシヴァ神のマハーカーラが大黒天として密教に取り入れられたものだ。そして、ヒンドゥー教でマハーとは、大もしくは偉大なるという意味を持ち、カーラとは時あるいは暗黒を現す。青黒い身体に憤怒相をした神である。
――マハーカーラ………大暗黒天。またの名をシヴァ………破壊の神!
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介