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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 与吉の困惑した目が弁天島に釘付けになっている。与吉の口からこぼれた言葉に周囲は唖然として息を呑んだ。

 男の振り下ろした独鈷の先から鷹を目掛けて矢継ぎ早に火焔が飛び出した。鷹がそれを躱しながら紅蓮を撃ち返す。
「儂の霊力は尽きぬぞ。何せ豊全に術を教えたのも、嫌がる淀君の怨霊を呼び醒ましたのも全て儂の力じゃからのう。まさかあれほどの火焔が撃てる怨念の強さがあったとは思わなかったがのう」
「どうして無理矢理転生させたんだよ。あの小母さんは生きている時は自分の手で人を殺したりはしていないはずだ。それを何万人も殺させて地獄へ落とした」
「あの女の命令でどれほどの人間が戦で死んだと思っている。その上成仏できずに現世を彷徨っていたのを儂は助けてやったのだ」
 笠の下で見えない顔は、きっと笑っているに違いない。風下のせいで鷹の鼻孔を異臭が刺激した。
「おまえは誰だよ? 佐助じゃねぇな。佐助なら死臭が漂うはずだ。臭ぇ年寄りの臭いがするぜ」
 鷹が身を隠した松の木が火柱を上げて真っ二つに裂けた。さらに何も障害がなくなった鷹へ向かって火焔が撃ち出された。
 身を翻して横へ逃げる鷹に入れ替わるようにして黒衣の忍者が鏡を持って飛び込んだ。八咫鏡を持った与吉であった。鏡が独鈷から繰り出される火焔を弾き返す。気づくと十人近い忍者が次々と鏡を構えて小舟から飛び下りて来る。裏柳生が後に続いた。
 法師が反射された火焔から身を躱すために空中へ浮遊した。
「師匠! 生きていたんですかい?」
 頭巾をかなぐり捨てた与吉が法師の足下に近づこうした所に火焔が降って来た。すぐに鷹が飛び出して与吉を引き摺り戻した。
「しっかりしろ、あいつは儀兵衛の爺さんじゃないよ。何年一緒にいたんだ。与吉さん」
 鷹の腕を振りほどいて行こうとする与吉を甲賀衆の一人が頬を張った。泰蔵に忍術を仕込んだ晋左師匠であった。
「鷹殿の申す通りじゃ。よく目を開けて彼奴を見るのじゃ」
 晋左衛門が宙から舞い降りてくる法師を指差した。
「騙欺の匠兵衛、甲賀を追われてのたれ死んだと思っておったが、おぬしの仕業であったか」
 晋左衛門の声に法師が笠を外した。儀兵衛の顔が現れ、鈴が驚きの声を上げた。顔も背格好も儀兵衛そっくりだが妙に青黒い顔をしている。
「木の葉隠れの晋左か。若造と思っていたが老けたのう。儂と手を組まぬか? 永遠の若さが手に入るぞ」
「泰蔵のお師匠さん、知っているのかい? 儀兵衛の爺さんにそっくりだぜ」
 晋左衛門が苦々しい顔をして儀兵衛そっくりの男を睨みつけている。匠兵衛と呼んでいたが、儀兵衛とどうも関係がありそうで鷹は晋左衛門と匠兵衛の顔を交互に眺めた。
「匠兵衛、それほどまでに双子の弟が妬ましかったのか?」
「あんなできそこないのことを何故儂が嫉妬せねばならぬ。技は儂の方が格段に上であった」
 抜刀した鈴や裏柳生が少しずつ匠兵衛との間合いを詰めている。結界の強さが斬り込みを躊躇させているようだ。最初に飛び込んだ甲賀衆の忍者刀が結界に触れた途端粉々に砕けてしまっていた。投げた手裏剣もことごとく弾け飛ぶ。威力の衰えつつある鈴の聖剣が、結界を破る力があるかどうか今一つ自信がない。
「だが、おぬしの父虹雲斎は弟儀兵衛を跡取りとして選んだ。それを恨んだおぬしは、父親を殺し、一子相伝の書を盗んで抜け忍となった。消息が掴めなくなっておったが、このようなことをして生きておったとは………」
「何を申す。月読に愛されていたのは儂の方じゃった」
「でも秘伝の書を手に入れても、結局は弟の儀兵衛さんに勝てなかったわけだね。八咫鏡の複製品を作るだけじゃなく儀兵衛のお爺さんは全く新しいものを作っちまった。創造力が違ったんだね」
「何を申すか、あのような子供騙し! たかが水晶玉の屈折を利用したに過ぎぬ」
「それに気付かなかったんだろう? だからあれほど淀君が嫌がっていたのを気づかず手を拱いてしまったんだ」
 恵比須顔から表情が消えて匠兵衛はいきなり鷹へ火焔を撃った。すぐに近くにいた甲賀衆が鏡で跳ね返す。反射した火焔は結界で弾かれ、空へ向かって消えて行った。
「でもそんな儀兵衛さんが羨ましくて佐助に殺させた。そうだろ! それに佐助はどこへ行ったんだ!」
 鷹の問いに匠兵衛が突然大声で笑い出した。佐助の姿が見えないことが鷹等に疑心暗鬼を与えていることが知れたのだろう。だが、匠兵衛は佐助の存在を秘密にはしなかった。大勢に囲まれていてもそんな心理戦を使わなくてよいと判断したようだ。確かにまだ匠兵衛がどれほどの力なのかを掴んではいないが、溢れる霊気は尋常ではない。
「佐助? 三雲の佐助か。彼奴はおぬし等のお陰で心が折れてしもうた。もう使えぬ。まぁ、よく貢献してくれたからのう。何といっても儀兵衛を殺してくれたのは大手柄であった。彼奴の心に報いるためにも希望通り生まれ故郷の土の中へ帰してやったわ」
「そのための信州行きだったのね」
 佐助の生地まで訪ねた鈴が上段に構えたまま、不遜に笑う匠兵衛に向かって叫んだ。
「お嬢ちゃん、儂が長い年月をかけて作り上げた破壊者どもをよくぞ葬ってくれた。お嬢ちゃんが一番計算違いじゃったよ。ぬかったわ。まさか儂が捨てたあの女の良心が、おぬしに憑依しておったとはのう」
 驚いた鷹が鈴を振りかえると、構えを解いて動揺する鈴がいた。
――豊全は嘉昭の殿様のことを「引き付ける力を持った者」といったが、本当はお鈴ちゃんのことだったのかもしれない。いや、それともお鈴ちゃんに憑依した小母さんが嘉昭の殿様を操っておいら達を集めたのか? どっちなんだ!
 考え込んだ鷹の横を与吉がふらふらと匠兵衛に向かって出て行った。
 鈴が狼狽した心を上段から袈裟がけに斬り捨てまた匠兵衛に向き合うのを見た鷹は、安心して匠兵衛に身構えた。
「何故、師匠を殺した! 血の繋がった兄弟じゃないですか」
 与吉が体を震わせた。
「馬鹿め! 儂が殺したのは儀兵衛だけではないわ。既に何万、何十万の命を貰った。全ての命は、あの御方を復活する力となるのだ。この世に生を受けたものは全て儂の手で葬ってやる。この業火で江戸の民は十万の魂を失うであろう。焼け朽ちたこの地よりあの御方が新しいこの国を創るのだ」
「あの御方って誰だよ!」
 鷹の問いに答えず匠兵衛は一束の護符を空中に撒き散らした。結界の外が立っていられないほど激しく揺れ、地の中から物々しい甲冑を纏った武人達がむくむくと姿を現すと、鷹等を包囲した。土色の顔には表情がない。ただ目と鼻に暗い穴が開いているだけである。
「おぬし等と同数の傀儡武人を用意した。あまり早く片付いては見物のしがいがないからのう。豊全が転生させた者達とは違うぞ。儂が虹雲斎の秘伝書で作りしつわものぞ。どこが違うかゆっくり確かめてみるとよい」
 高笑いの匠兵衛は二間ほどの高さまで降り、見えない椅子に腰掛けると、幅広の太い剣を持った傀儡武人が凄まじい風を起こしながら鷹等に攻撃を始めた。中国武術で使う柳葉刀のようだ。片手で振り回しながら遠心力を付けてその重量で斬り付ける。傀儡武人の軽くそよがせた剣に当って岩のような庭石が砕け散った。
「木偶の坊に気後れするな!」
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介