小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

金色の鷲子

INDEX|55ページ/59ページ|

次のページ前のページ
 

 鷹を睨む男と目があった。重く覆いかぶさった瞼の奥にはどこまでも暗い目が、鷹の動きに制動をかける妖気を発している。吐き気を感じるほど強い力に鷹は踏みとどまった。鷹の全身が恐怖に震えている。鬼の教経の心を前面に出して、目の前の身の毛の竦む霊力を撥ね返すように結界の内側に向けて朱雀を放った。半球状の天井に当った朱雀は反射を繰り返して、内側から結界を崩した。
 男の眼が鷹を見て光った。口元に零れる笑いは、鷹の技量を見切った余裕なのだろう。
「叔母さんが死んだのに、何故ここまでする必要があるんだよ!」
 男の周りにさらに強力な球状の結界が張ってあり、鷹が五間より内側に近づくことを拒んだ。鷹は男の妖気に抗いながら、目前の敵に向かって精神を集中し、結界の中へ割り込もうと九字を切った。

 空中を浮遊する鷹の羽を追いかける菊之介等甲賀衆と裏柳生を従えた連也斎が合流した。伊織と鈴が目だけで挨拶を交わし、鷹羽を追走した。裏柳生の一人が火事の炎とは違う爆発に気づいた。関ヶ原で見慣れた忘れもしない朱雀の火焔柱であった。
「連也斎様、鷹殿が佐助との戦いを始めたのではございませぬか」
「不忍池の方向ですぜ、伊織の旦那」
 菊之介の顔を向けた方向には行く手を遮る火の海が拡がっている。湯島天神裏門坂通りまで来ていたが、すでに火に囲まれ道らしきものはなかった。
「忍術で火を消せぬのか!」
 連也斎が苛立ちを募らせて大声を出した。
「そんな呪文がありゃ苦労はしませんや。与吉さん、何とかしてくれ」
 菊之介に呼ばれて儀兵衛の一番弟子与吉が背負った箱の銀布の覆いを取り外した。敷き詰められた籾殻の間から炮烙玉がたくさん頭を出している。与吉は師匠の敵討ちにと信楽衆武闘派に加わっていた。
「火を吹き飛ばしますんで、頭からこれを被っていてくだせぇ」
 与吉は特製の防火頭巾を配った。裏柳生と甲賀衆が協力して近くに放置されたままになっていた水溜桶を運んでくると全員頭から水を被った。その間に与吉が取り出した炮烙玉を次々と火の海へ放り込んで行く。瞬間、火が弾き飛ばされて僅かな空間ができた。
「足元に気を付けてくだせぇ」
 与吉を先頭に次から次へとその中へ突き進んで行った。

「もう江戸を焼き尽くすまでこの火を止めることはできぬ」
 弁天島に降り立った鷹を見て鬼面独鈷杵を構えた法師が嘲り笑った。
「こんなことをして何になるんだよ。一体何人殺せば気が済むんだ」
 法師が蔑むように鷹を見た。
「この世は全て虚構で満ちておる。仏も宿っておらぬ仏像を有難がり、ただの石ころを神だと祀る。力もなく無能なものが将軍として君臨する。我は、真実を覆い隠したあらゆる壁を打ち壊し曝け出そうとしておるのだ。美しいと騙し続けていた醜悪なものを我は壊し、正しいと信じられていたまやかしの伝統を潰してきた」
「詭弁だ。そんなことしなくてもインチキは長続きしない。おいらが生きてきた四百数十年だけでも世の中に受け入れられなくなったものは消えて行った。おまえはただ破壊を楽しんでいるだけだ」
 鷹は叫びながら、法師を窺った。笠の下に隠れた顔が髭を蓄えた顎した見えない。
「儂は、擬い物が嫌いなのじゃ。そしてその贋物を露も疑わず信じておる愚かな者達が大嫌いなのじゃ。征夷大将軍などと崇められて無知な者どもから搾取しておる愚か者が造った街が燃えておるぞ。見よ! 江戸を包むこの業火を」
 法師が嬉色を浮かべて江戸城の方角を見上げた。
「どうして何にも知らない罪もない者を焼き殺すんだよ。あの火の中にどれだけたくさんの人がいると思っているんだ! 子供だっているんだ。病気で寝たきりの老人だっているんだぞ」
「馬鹿め、愚かさを浄化する火ぞ。この火に燃やし尽くされてこそ、創めて真実の世が生まれると知れ!」
 声を荒げるその男は独鈷杵を燃え盛る火に向かって突き出した。
 池を廻る業火が僅かではあったが、瞬間的に弾け飛びながら弁天島へ向けて道をつけている個所がある。
「おぬしの仲間がこっちへ向かっておるようじゃのう。辿り着ければよいが、少しだけ待ってしんぜよう」
「ああ、そいつぁすまないね。おいらの仲間は、そうとう強ぇぜ。覚悟しなよ、爺さん」
 爺さんと呼ばれて法師の目が微かに光った。
「まとめて斃す方が、手がかからぬだけのことじゃ」
 法師が笑いながら独鈷杵を振り回すと、伊織等が向かって来ているであろう方向の火勢が強くなった。業火を振り払ってできた道が火に埋もれて行くのを鷹は目の端に見た。すぐに飛んで行って障壁を作りたかったが、まるで鷹の心を読んだように法師が攻撃してくる。飛んで来る火焔を避けながら、鷹は今まで共に苦難を乗り越えてきた伊織や菊之介の力を信じるしかなかった。

 与吉の投げる爆裂弾は強力であったが、猛火を吹き飛ばすのは一瞬であった。その一瞬に全員が突き進む。その後を追うようにまた火が燃え上がった。
「しまった! 火の勢いが急に強くなってきた。後少しだと言うのに、炮烙玉がない」
 後数十歩の所で与吉が慌てた。それ程火の勢いが強かったのだ。既にすぐ後ろには一旦消えた火がまた立ち上がり迫って来る。与吉が蒼褪めて頭を抱えた。
「飛び込むぞ。身を低くして駆け抜けろ!」
 連也斎が叱咤して怒鳴った。
 動揺が走った甲賀衆や裏柳生を制するや、伊織が二刀を空高く構え、裂帛の気合で斬り下ろした。
 伊織が繰り出す奥義の力で発生した烈風が火の壁を割る。伊織は何度もそれを繰り返した。
「今ぞ! 駆け抜けよ」
 伊織の合図に一斉に走り抜け、不忍池南側に出た。池端は狭いが自然の火避け地になっており、鳥も集まっている。
 最後に気力を使い果たした伊織が甲賀衆に支えられて姿を現すと再び火の緞帳が下りた。
「あれが猿飛佐助?」
 鈴が、不忍池に浮かぶ人工の島に向かって指差した。顔までは見えないが、見慣れた青白い霊気と薄い蘇芳色の霊気が拮抗して激しくぶつかり合っている。伊織によって鍛錬された鷹の能力は関ヶ原の頃より数段成長していた。鷹を取り巻く青白い霊気から今までになかった力強さが感じられる。そしてその鷹の力に対峙する男は、その力を上回ろうとする妖気を発散している。鈴が、猿飛佐助なのかと思わず叫んだ所以である。泰蔵を目の前で殺された時に感じた、そして忘れもしない敵の心象がどこか違うように思えたのだ。
「おぬしの勘は正しい。だが、今は彼奴が敵だ。未だに竹光しか差せぬ鷹ひとりでは荷が重かろう」
 連也斎が弁天島を睨んだまま皮肉に笑った。鈴も鯉口に指を掛けて頷く。
 弁天島から東に石橋が架かったのは寛文十二年(一六七二年)でまだこの頃は蓮池を舟で渡るしかなかった。すぐに甲賀衆と裏柳生が二手に分かれ舟を探した。
「しかし、佐助と関係ねぇとは言わねぇが、何故かあの血の色の霊気に信楽の臭いがぷんぷんするぜ」
 連也斎の隣に菊之介が立った。そして菊之介は自分の考えを確かめるように長老である泰蔵の師晋左衛門と目を合わせた。晋左衛門も俄かには信じられぬといった表情で茫然としている。
「甲賀者と申すのか?」
 菊之介の顔を見た連也斎の隣を与吉が信じ難いといった足取りでふらふらと水際まで出ていった。
「師匠…………」
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介