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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「え? おいらが」
 まるでちょうど鳴った鹿威しの音に驚いたかのように鷹が慌てた。他人事のように聞いていた鷹の頭を連也斎が軽く小突いた。教経の力を持ってしても鬼に近づいている連也斎とはあまり立ち合いたくはない。
 三人は道場へ戻った。
「鷹、本来他流には見せぬのじゃが、おぬしに特別教授してやろう。ありがたく思え」
「小太刀からやらなくていいのかい?」
 鷹が連也斎に向かって愛想笑いを見せた。
「どうせ真剣は扱えぬのであろう。無刀取りはおぬしにも必要な極意じゃ。死ぬ気で会得しろ、何百年かかってもな」
 連也斎は、江戸柳生の門弟を下げ道場の中央を開けた。鷹と一礼すると、右足を前にして大きく足を開いた姿勢で背中を丸め、両手をだらりと下げた。そのままじりじりと二本の袋竹刀を手にした鷹に接近してくる。どこからでも打ち込んで来いと言われたが、鷹は、無手の連也斎に何とも言えぬ大きな壁を感じてしまった。
 鷹は袋竹刀を左手で中段に、右手の竹刀を上段に寝かせて構え、隙を窺いながら右へ動いた。
 道場の中はずらりと並んだ門弟らが尾張柳生統帥と言うよりも、新陰流第五世である連也斎の技を見逃すまいと正座して目を凝らしている。
 突然、鷹は床を蹴って左に動く。さらにまた右へ…………。それを超人的な素早さで繰り返していくうちに鷹の残像が二つに見え始めたのだ。道場から震悚の声が上がった。敢えていうならば分身の術とでも名付けてよいものかもしれない。天狗の技ではないことは確かで、鷹が伊織との修業の中で編み出したものである。鷹の身体能力の高さに目を付けた伊織の考案であったが、鷹の動きを熟知した伊織でさえ手を焼くほどに上達した技だ。
 ほどなくして鷹の残像が増殖して連也斎を取り囲んだ。鈴と柳生宗冬のみならず見所に座した門弟等も息を詰めて成り行きを見守っている。
 鷹の気が高潮した。鷹の心の中から連也斎に対する恐さが消えた。
 鷹は時宜を惑わして踏み込む。左の竹刀で牽制の突きを出し、連也斎が体を躱した瞬間、別方向の死角から上段の竹刀を打ち落とした。狙い通り、会心の打ち込みに鷹から笑みが零れた途端であった。
 鷹の竹刀は空を斬り、激しく道場の板壁に投げ飛ばされた。
「えっ?」
 鈴が思わず声を出して見所から飛び下りた。
 道場の中央で連也斎が鷹の持っていた袋竹刀を手にして立っていた。
 鷹は、何があったのかすぐにはわからず、辛うじて受け身を取り立ったものの次の攻撃を出す戦意がすっかり奪われていた。
 一斉に門弟から溜息の漏れる音が聞こえた。まだ伊織から手解きを受け始めて三か月足らずであったが、伊織と共にギリギリのところで戦い続けてきた鷹の二刀流は決して付焼刃ではなかった。そのことは誰の目にも明らかで、身を入れていた者は頭の中で繰り広げられた鷹との仮想の戦いで皆斬られていた。鈴でさえそうである。口がきけず鈴は立ち尽くしたままであった。
 鷹はふらふらと連也斎の前に出て行くと思わず床に両手をついてしまった。
「凄ぇよ、おいら何年かかっても自分のものにするよ。ありがとう」
「おぬしに礼を言われると背中が痒くなる。儂はただ結城に無刀取りを見せただけだ」
 連也斎が鈴に向き直った。
「志津香、名前の如く心静かに刃の下に身を置く鍛錬を尾張に帰ってから始める。その前に最後の示現流雲耀の太刀を佐助に浴びせよ」
「はいっ!」
 連也斎の激に鈴の気合の入った声が道場に響いた時には、既に鷹の姿はなかった。

 十八日朝、巳の刻を過ぎた頃であった。
「ぐずぐずしてんじゃねぇぞ!」
「とっとと燃やしやがれ!」
 長い読経にそれを取り囲む野次が激しくなった。
 急かされるように住職の手から火中へ紫縮緬畝織で桔梗紋の振袖が投じられると見物人の間から歓声が上がった。年頃の娘を持つ親達が一時に胸を撫で下ろした瞬間であった。参列の見物人の中から住職の唱える経とは別な呪文が紛れた。
 突然吹いた風に火のついた振袖が宙高く舞い上がっていく。風を起こし、その風を自在に扱うための詠唱呪文であった。
 朝の鍛錬をしていた鷹が俄かに起こった胸騒ぎに木刀を握る手を放した。伊織も尋常ならざる妖気を感じ取ったらしい。鷹と目を合わせた。
「何かあったんですかい?」
 濡れ縁に腰かけて鷹の稽古が終わるのを待っていた菊之介が、駆け寄る。
 鷹は印契して、胸騒ぎの因由を捜した。
「あっちだ、烈風呪文が聞こえる」
 鷹が北西を指差す。うっすらと煙が棚引いているのが見えた。すぐに至る所で半鐘が打ち鳴らされた。
「本郷丸山の方ですぜ。佐助ですかい!」
「間違いないよ。強すぎる妖力だ。転生された猿飛佐助以外に考えられない。龍雲和尚が江戸にいないから力全開で術をかけているんだ」
 本妙寺を焼き尽くした火は勢いを増し、湯島から神田明神、駿河台の武家屋敷、八丁堀から霊岸寺、鉄砲州から石川島と燃え広がっている。日本橋や伝馬町まで焼き尽くすには時がかからない火勢であった。
 菊之介は配下の下忍を一人柳生藩邸へ走らせ、伊織とともに、鷹に従った。菊之介等甲賀衆は走りながら忍び装束に着替えている。佐助の気配は不忍池方面に移動しながら火を操っているようだ。
「江戸中を焼き尽くす気でいやがる。気づかなかったぜ」
 逆方向から避難してくる大勢の群衆が押し寄せてくる。人波をかき分けて進むのが困難に思えた。
「菊之介さん、おいら先に行くぜ。この羽がおいらの居場所を教えてくれる」
 鷹は菊之介に鷹の羽を渡すと、地面を蹴って宙に飛び出した。
 燃え盛る振袖が江戸城へ襲いかかろうとするのが見える。逆に伸びた火の手は、浅草から花川戸、猿若町の中村座、市村座、都座の江戸三座を呑み込んだ。
 逃げ遅れた老若男女が大川へ飛び込む。悲鳴と怒号が火の起こす風の音にかき消された。空から見下ろした地上は、まさに地獄の様相を呈している。
 鷹は飛行しながら形見の巫女鈴を振り上げたが、淀君との戦いで使いきった霊力がまだ回復していないらしく雲も集まらない。母の詫びるような叱責する声が聞こえた気がした。
「地獄の底から怒られやがった。それにしても罪もねぇ振袖なんか使いやがって、何てことしやがるんだ」
 空から佐助を捜す鷹は、唇を噛んだ。やがて妖気の渦が見えた。不忍池の中央にある弁天島で振袖を操る僧侶姿の人影を見つけ、鷹は、急降下を始めた。
「何て、強い結界だ。あの豊全以上じゃないか」
 鷹の体が自分の意志とは関係なく震えている。
 島を覆う強固な結界に岡山で滅した土御門豊全を思い出した。術から感じられる固有の癖のようなものがよく類似していたのだ。
 鷹は千里眼で結界の表面を注意深く観察した。微かな濃淡も見逃さないつもりでいた。結界を構成する粒子の隙間を狙って細く集中的に朱雀を撃てば、僅かな亀裂が入るかもしれない。
 鷹は狙いを定め、波長の短い朱雀を放ち収束性を保ちながら狭い面積に極めて高密度な熱量を集中させた。髪の毛ほどの穴が開く。すかさずそこへ光となって飛び込んだ。決死の気持であった。力量の差があり過ぎることに戦慄しているのだ。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介