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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 裏柳生の探索方が江戸に散っている。明日は愛宕下大名小路の外れにある柳生家上屋敷に出向き、そこを拠点に猿飛佐助を捜す予定だと告げられた。江戸柳生に乗り込むことに強い者を求める鈴は少なからず興奮していた。すでに柳生十兵衛は鬼籍に入っており、弟の柳生飛騨守宗冬が継いでいる。腕は連也斎の方が宗冬より数段上回るが、門弟の中に埋もれた光る人材がいるかもしれない。早く腕を上げたいのだ。示現流を使わなくても相手を斃せるようになりたい。そう願いながら聖剣を握り締めた。天草四郎が現世から消滅して以来、クルスが光ることもなくなった。聖剣も輝きが弱くなっている。もともと名刀ではあるのだが、この刀を使いこなすのは鈴自身の力に委ねられたということなのかもしれない。
 宿の下を歩き過ぎる菊之介と鷹を認めた。鈴は思わず身を隠した。彼等は鈴のことに気づかなかったようだ。小姓の姿が似合わないと鷹のことを笑った。しかし、一回り逞しくなった肩と両手の肉刺は、毎日千本以上の素振りをしている成果に違いない。
――伊織の小父さんの言い付けをちゃんと守っているんだね。
 尾張柳生の道場へ二人が訪ねてきたことを裏柳生が教えてくれた。最初は無口で陰惨な臭いのする男達を苦手に思っていたが、慣れると情けが深く連也斎を慕うごとく鈴に接してくれる。同じ修羅場を潜った者同士の連帯感なのだろう。
 それにしても鷹の腰は、やけに軽そうに見える。大小二振りの刀は、おそらく竹光なのであろう。あの鷹が本刃の刀に触れるわけがない。だから、いつまでも半人前なのだ。
 からかってやればよかったか。前のように悪態を吐き、罵倒してやればよかったのか。自分に憑依した鷹の母の記憶が残っている。厳格で強い心を感じた。厳しい人に育てられれば、息子は優柔不断な甘えん坊になるのだろうか?
 それでも鷹が羨ましかった。鈴の母も父もほんのひと時でさえ姿を現すことはない。鷹は特別なのだ。人ではないから…………。
――私はこの当たり前の現実を受け入れなくてはならないのだ。ああっ………袋竹刀を振り回していないと気がどうにかなりそう。剣を構えている時だけ私は全て忘れられる。
 それにしても何故、声を掛けなかったのだろう? どうして身を隠してしまったのだろうか?
 風呂から上がって来た連也斎に鷹と菊之介のことを告げると、懐かしそうな表情を浮かべ、何故呼び留めなかったのかと叱られた。
「甲賀者も佐助の探索を続けておるようじゃの。奴等が動いているということは佐助が江戸に入ったのは確実のようだな」
 菊之介の存在に連也斎は思いを確かにした。
 翌朝、鈴と連也斎は、下谷広小路にある尾張徳川家の上屋敷に挨拶した後、お堀に沿って愛宕下の柳生家上屋敷を目指した。尾張城の威容に驚いた鈴であったが、それにも勝る江戸城の景観に鈴の口が開いたままであった。英彦山の隠れ里から徐々に人の多さに慣れてきた鈴も江戸の人混みには一歩引いた。
「口を閉じろ。まるで田舎娘のようではないか」
 堪りかねた連也斎に諌められて鈴は慌てて身を正した。
「連也斎様、淀君の火焔でも江戸城なら持ち堪えるのではありませぬか?」
 江戸城を見て肝をつぶした鈴が、率直な感想を述べた。連也斎が皮肉に笑った。
「城などどうでもよい。壊れればまた造ればよいのだ。それよりもこの江戸には百万近い民が住んでおり、全国の産物も集められ大きな商いが営まれている。先程も見たであろう。各藩の上屋敷も集まっている。これらが破壊されれば、また戦国の世に戻らんとも限らんではないか。そうすれば、志津香の如く父母のいない子が溢れる」
「そうでした。何としても淀君の遺志を継ぐ猿飛佐助を探し出さねばなりませぬね」
 鈴は腰の刀を握った。柳生で居合を学んでからは剣を腰に差すようになっている。その刀を鞘ごと抜き、右手に持ち替えると鈴は柳生江戸屋敷の門を潜った。
 一通りの挨拶が終わった後、連也斎は当主である宗冬と話があるとかで鈴だけ屋敷内別棟の道場へ案内された。上座近くの見所に正座すると、中で稽古をしていた江戸柳生の門弟等から奇異な目で眺められた。連也斎が来ることは、情報として知っていたらしいが見るからに線の細い尾張からの来客を不快に思っているようだ。明らかに侮蔑した目である。尾張柳生に対抗心を燃やしていた気勢をそがれる思いがしたのであろう。
「尾張柳生には、女子のような二本差しがおるらしいの。連也斎殿は一生妻帯せぬとお伺いしたが、稚児若衆がお好みであったか。道場が穢れる。庭へ出ておれ」
 鈴も負けずに睨み返した。久し振りに感じる道場の熱気に鈴も少し高揚していたかもしれない。
 座敷を出る時、連也斎が「可愛がってやれ」と笑ったのを思い出す。宗冬は訝しく首を傾げたが、そういうことかと鈴は立ち上がった。ずっと稽古の様子を見て全員の値踏みができている。
 鈴は皆を刺激するように、道場に常備されている袋竹刀を引き抜くと勝手に素振りを始めた。
「お相手仕る」
 鈴が竹刀を手に道場の中央へ進み出た。
「こやつ真の娘ではないか。拙者女子供と剣を交える気はない」
 不遜に嘯くその男の木刀を電光石火の早業で鈴は叩き落した。鈴が喧嘩を売った形になったが、二十人近くいる江戸柳生の面々が一斉に気色ばんだ。
「木刀を持て! 打ちのめしてくれる」
 鼻息の荒い若者が木刀を投げ寄こしたが、鈴は弾き返す。飛んで行った木刀は壁の木刀掛けに納まった。それが偶然ではないことを察知した幾人かの門弟が殺気を込めて木刀を握り直した。
「そんなものを持てば、あなた方は死にますよ」
 鈴の言葉に挑発が含まれている。憤慨した正面の男が我慢できずに気勢を上げて撃ち込んできた。鈴はそれよりも早く上段から面を撃ち、すり抜けた。軽く擦ったように見えた袋竹刀であったが、男はその場に泡を吹いて倒れ込んだ。打ち付けた瞬間に絞り込んだ鈴の手の冴えが鋭かったのであろう。
「まぐれじゃ!」
 木刀を床に滑らせるように下から斬り上げてきた男の腕を止め、さらに横面を撃つ神速二連の竹刀捌きでまた一人昏倒させると、鈴は残心し睨み廻した。
「江戸柳生は立ち合いの礼も知らぬのですか!」
 一人の武士が喚きながら慌てて後ろへ下がった。
「こいつだ。尾張藩の御前試合で決勝まで残ったという女子は! 結城志津香だ」
 道場内がざわついたが鈴は改めて中央で構えた。
「さよう、如何にも結城志津香にて候。されど決勝ではございませぬ。そのひとつ前で負けました。尾張には、私などよりもお強い方が、大勢いらっしゃいます。江戸柳生の皆さま、一手ご指南くださりませ」
 既に二人が鈴の袋竹刀で気を失っている。鈴の力量の高さを誰もが悟った。江戸柳生の面目を掛けて竹刀を合わせなければと思ったが、誰もが二の足を踏んでいる。目配せだけが道場内を飛び交う。
 突然、天井から投げられた小柄を鈴は払い落した。
「おいらのこと気づかなかったのかい? 少し天狗になったんじゃねぇのか!」
 天井にへばりついた男を見て、道場内が騒然となった。
「鷹、少しは腕が上がったみたいね」
 抑揚のない鈴の声だった。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介