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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 菊之介の話によると、信州を出た佐助が江戸に入ったことを甲賀衆が確認したようだ。後を追うように連也斎と鈴も江戸へ向かっているらしい。佐助の目的がはっきりとしないが、当初の計画の通り幕府転覆を謀るのか、それともその計画を頓挫させた鷹や伊織を狙っているのか、はたまた別の狙いがあるのか探索中であるということであった。
「佐助一人であろう。確かに類稀な妖術使いなれど、討幕とは考え辛いものがある。浪人が徒党を組んでおるという噂も聞かぬ。ならば我等が標的か? しかし、この広い江戸の中で人混みに紛れ込んだとすれば大変じゃのう」
「七変化の佐助でございます。外から見たんじゃあちき等でも皆目わかりやせん。そこで鷹さんの鼻をお貸し願えやせんかと」
 伊織は菊之介等と突き進んだ厳島神社の回廊を思い出した。
「平家納経の在り処を探し出した鼻か? 佐助の臭いがわかるであろうかの」
 片方の口を持ち上げて笑った菊之介は、伊織の気持を探るように上目遣いで頭を下げた。
「死臭がするはずですぜ、ぷんぷんとね。中山道で入って来るか、甲州街道か、江戸の入り口に行けば鷹さんが後を辿れるかもしれやせん」
 勢いよく襖を開けて木刀を担いだ鷹が飛び込んできた。
「馬鹿者! 鷹之丞、何度言えばわかるのじゃ。立ったまま入るでない」
「すぐに出掛けましょうぞ、菊之介殿。内藤新宿、それとも蕨から始めまするか? おいら、いや、この大鷲鷹之丞、江戸は詳しゅうござります」
 まだ江戸に来て三月足らずの鷹である。詳しいかどうかはいい加減であるが、正座した鷹は舌を出して伊織に平伏した。

 麻布の質屋伊勢屋五兵衛の娘梅乃の葬儀が本郷丸山の本妙寺で行われていた。
 そこへちょうど娘の三周忌のために寺を訪れた大増屋と、同じく娘の一周忌のために訪れた鞠屋が梅乃の棺に掛けられた振袖の桔梗紋荒磯の波模様を見て言葉を失った。浅草諏訪町の大増屋十右衛門の娘お菊が、承応三年(一六五四年)三月、上野の花見で、寺小姓と思われる若者に一目惚れをした。八方手を尽くして捜したが、とうとう見つからずその小姓が着ていたのと同じ模様の振袖を作らせ、それを愛用していた。そのお菊が、翌年十七歳で亡くなった。葬儀は一月十六日本妙寺で執り行われ、憐れんだ両親は、娘の棺にその振袖を掛けて、野辺の送りを済ませた。さて、棺に掛けられた着物や身につけている簪などは、棺が持ち込まれた寺の湯灌場で働く者達が貰ってよいことになっている。高級なその振袖は質屋に売られた。
 これを入手したのが本郷元町の鞠屋吉兵衛の娘お花であった。お花もこの振袖を気に入っていたが、翌明暦二年の正月にぽっくりと死んでしまう。盛大に葬儀が行なわれ、その振袖は再び棺に掛けられた。湯灌場で働く者達は驚いたが、またしても湯灌場買の手に渡った振袖は三人目である梅乃の物となった。
 そんな因縁に仰天した親達は本妙寺の和尚に相談し、この振袖を供養してお焚き上げすることになった。
 時は一月十八日の朝と決まった。
 鷹と菊之介は内藤新宿の帰りに辻売で梅乃の振袖の話を知った。鷹が起居している下谷広小路の小倉藩中屋敷と本郷の本妙寺は近い。
「関係ないかもしれないが、何か曰くがありそうじゃないか。鷹之丞様、ちょいと探って行きましょうよ?」
 菊之介から婀娜っぽく鷹之丞様と当て付けるように言われて鷹は、思わず鳥肌が立った。隣を歩いていた魚売りの男が女装の菊之介に見惚れて溝へ落ちたほどだ。
「質の悪い狐か狸が憑いているのかね。まだ帰るのは早いからちょっと寄って行く?」
 昨日行った蕨にも内藤新宿にも佐助の痕跡はなかった。徒労感が二人を寄り道させたのかもしれない。
「ちょいと気晴らしでもしやすかい。悪霊退治だ」
 本妙寺の山門を潜った二人であったが、本堂の裏から湯灌場まで覘いて別段危険な様子はなかった。
「世の中、偶然ってあるんだね。振袖には何も憑いていないよ。ま、龍雲和尚だったら何か見えるかもしれないけれど……」
「振袖もとんだ濡れ衣を着せられたもんだ。今日の所は帰りやすかね。明日は品川方面に出張って見やしょうや」
「そうだ、菊之介姉さんは右京の兄ちゃんのことよく知ってる? 教えてくれないかな、考えてみればおいら右京の兄ちゃんと一緒にいたのは、二か月足らずなんだ」
「たった二ヶ月でしたかい? なんだかずっと前から一緒にいたような気がしておりましたよ。残念ながら同じ信楽衆でもあちきは江戸育ちでね。詳しいことは知らねぇんですよ。ただね………」
 菊之介が遠くを見るようにして訥々と話し始めた。
 薩摩に潜入し行方不明になった下忍の息子がいた。体の弱い母を助け近所の手伝いをしながら何とか飢えずにすんでいたが、息子は華奢な体と女のような顔立ちのためいじめの対象になっていた。右京はその子に手裏剣の投げ方や早足で走る術を教えてくれたという。お陰でからかわれることもいじめを受けることもなくなった。泰蔵はいじめの現場に出合わせると助けてくれる優しい兄貴分だったが、右京はその子が一人でも生きていけるように、時には厳しく接してくれた。ほとんど年の変わらない右京をその子は兄のように慕った。そしてその子はどこにでも変装して探索に潜り込む信楽衆の中で欠かせない青年として成長したという。
「そうなんだ……」
 自分のことだと言わないのは菊之介の照れなのだろう。
「きっと両親を目の前で殺されて捨鉢になっていた鈴之助さんのことが、最期まで気がかりだったんでしょうけどね。右京の兄さんはそんな人ですよ」
「だから、転生を受け入れた……」
「えっ?」
 一人納得する鷹に訝る菊乃介が歩みを止める。腕組みして考え込む鷹の顔の前で、菊乃介は掌をひらひらと上下させたが、いつまでも嬉々とした表情を崩さず、まるで上の空だった。
 参道を下る時、行商姿のお店者と町娘、それに黒猫一匹と擦れ違った。風に乗った死臭が漂ってきたが、振り返ると境内で誰かの葬儀が執り行われていた。

 内藤新宿の宿に連也斎と鈴は逗留していた。
 信州では猿飛佐助を見つけることは出来なかった。嬬恋村のはずれ、鳥居峠の麓でまだ新しい卒塔婆を見た。そこは佐助の生地であった。確かに儀兵衛の作業場や関ヶ原で感じた佐助の気配が微かに漂っていたが、その卒塔婆が佐助と関係があるのか鈴にも連也斎にもわからなかった。龍雲和尚か、鷹がいれば何か霊視できたかもしれないと鈴は考えたが、詮ないことであった。
 江戸へ向かう怪しい雲水の報告が裏柳生から齎された。その雲水は水嵩の増した天竜川の水面を歩いて渡河したという。佐助の水遁の術に違いないというのが、裏柳生の大方の見解であった。もうひとつ確信が持てない連也斎であったが、尾張に戻って報告を待つよりも江戸へ向かう方を選んだ。彼等が最終的に狙っていたのは徳川幕府である。報告を聞いてから旅立つのでは遅いと判断したのであろう。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介