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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 まだ床についている大天狗であったが、烏天狗達が喜んでいるのが見えた。何れ地獄へ戻るのであろう母の看病する姿も見えた。
「頼朝公を呪い殺した科により地獄を彷徨っていた母御を一時現世に戻れるよう地獄門の門番をしている宮本武蔵殿に頼んだようじゃ」
 龍雲が合掌して経を唱えた。鷹が寝ている間に龍雲が霊視したらしい。
 地獄へ帰れば、淀君と顔を合わせることになるが大丈夫なのだろうかと鷹が心配した。
「互いに良き話し相手になるのではないかの」
 言葉に出さなかった鷹の心配に龍雲が答えた。
 突然激しい頭痛が鷹を襲って、のたうち回った。
「痛ぇ! 親父が怒ってるよ。まだ迦楼羅が撃てぬのかだって。やっと朱雀ができるようになったっていうのにさ」
 しかし、痛みに涙をこぼしながらも鷹の表情は嬉しさを隠せないでいるようだ。
「まだ、親父も本調子じゃなかったんで御袋さんに頼んだんだと」
 鷹の心に伝わった父天狗の言葉を伊織や龍雲に聞かせた。
「ちゃんと馬鹿で無茶をする息子を心配しておるのだぞ。しっかりせぬか」
 ぼろぼろとこぼす飯粒を伊織が拾い取ってくれる。
「拙者は、これより江戸へ小倉藩再興の嘆願に参る。徳川光友公が口添えしてくださるそうだ。龍雲殿は、京へ戻り復興にご尽力されるが、おぬしはどうする? もう全て終わったことだし、故郷の英彦山へ帰るか」
 英彦山と聞いて鷹はふっと心に風が吹いた。人と交わったのは島原の乱以来であった。英彦山に帰るということはまた独りで暮らさねばならないということだ。
「でも……でもでも、まだ終わっちゃいない。誰も猿飛佐助の死体を見てないんだろ?」
 ふいに菊之介が異様な臭いのする煎じ薬を持って入って来た。
「おっ、まだ顔色が本調子じゃないねぇ。甲賀秘伝の妙薬だ。元気が出るぜ。あちきも作るのは初めてだが、処方は間違っちゃいないよ。ぐっといきねぇ、ぐぐっと」
「蝮の血の臭いがする。菊之介さん」
 一緒に入って来た菊之介の下忍が三人がかりで鷹を押さえてつけ、無理やり口に流し込んだ。
「蝮だけじゃないぜ。蝦蟇も入れといた。あ、それから蜂もたんまりとね。ま、良薬は口に苦しっていうだろ。元気になるまで毎日煎じてやるぜ」
 顔を顰めて煎じ薬を呑み込まされる鷹を愉快そうに見下ろす菊之介が芝居のように見得を切った。
「猿飛佐助のことは、おいら達に任せなせえ。小頭や儀兵衛の爺さんを殺した敵だ。信楽衆全員が血眼になって捜している。裏柳生も探索を開始したが、なぁ〜に、あいつ等にゃ負けねぇよ」
 白虎や玄武じゃないんだからと菊之介は言い添えた。
「おいら、もう用無しかい。みんな冷てぇなぁ」
「おぬしの朱雀は、もう用無しでよいのだ。またこの国が乱れた時まで温存しておけ」
 伊織がぴしゃりと言い切った。
――また朱雀を使う……そんな時代が来るのだろうか? でもきっとその時は、伊織のおっちゃんも龍雲のお坊さんもいない。右京の兄ちゃんも泰蔵や連也斎のおっちゃんもいないんだ。嘉昭の殿様もいない。そして、きっと鈴もいない。
 また激しい頭痛に襲われた。父が《甘えるな》と怒っている。
 突然、鷹の手の中に紫色の鮮やかな竜胆の花が出現した。菊之介が軽く驚いて跳び下がった。
 おそらく母からだろうと推測できたが花の意味がわからず鷹は首を傾げた。龍雲がその花を手に取る。
「この花は、群生せず一本ずつ咲くことを知っておるか?」
「一本だけで咲く?」
「そうじゃ、一本で凛と咲く。………おぬしは母御から愛されておるようじゃのう」
「え? わからないよ。教えてよ、龍雲様」
 鷹が何度も甘えた声を出したが龍雲は笑うばかりで取り合ってくれなかった。
「拙者と一緒に江戸へ行くか?」
 伊織が仕方なさそうに鷹へ声をかけた。鷹はためらうことなく速攻で頷いた。
「泰蔵との約束であった。おぬしの性根を鍛え直すとな。あやつの遺言は守らねばならぬ。毎日素振り二千本からじゃ」
「ええっ? そんな話、泰蔵のおっちゃんから聞いたことないぞ」
 鷹が抗議しても無駄だった。龍雲が笑う隣で、菊之介も音戸の瀬戸でそんな話を聞いたと伊織の味方をした。

 鷹の体調が戻るのと、伊織が旅に耐えるまで回復するのにもう少し時間が必要だった。
 その間に与吉がその他の生き残った弟子等と共に儀兵衛の亡骸を信楽へ連れて帰り、泰蔵の師である晋左衛門も泰蔵の骨の一部と右京の愛用していた薩摩絣の着物を持って帰った。そして、日を経ずして龍雲が小倉藩京屋敷在勤の侍に守られて京へ向かった。
 残ったのは伊織の世話をする僅かな小者だけであった。
 鷹は伊織の旅立ちを待ちながら、すっかり形の変わった関ヶ原で毎日数多くの墓へ花を供えた。
 嘉昭や泰蔵、それに右京は、今回の戦で亡くなった者達と並んで葬られていた。右京は跡形なく砕け散ったので、墓には右京が下げていたクルスが代わりに埋められていると伊織が教えてくれた。真新しい卒塔婆に記された戒名は、龍雲の手によるものである。
 そして、風が冷たくなり、だんだん花も探せなくなってきた。鷹は、枯れた花を集めて母から教わった促成祝詞を上げた。たちどころに墓の周りを季節外れとなった秋の花が咲き乱れていく。ただ、一瞬の内に花の成長が促進されるため、地中の養分が急激になくなり土地が痩せる。使うことの憚れる術でもあった。また、そんな女子供が喜ぶような呪文を覚えてどうするのだと、父の大天狗からひどく怒られたのも、おそらく死んだ母のことをいつまでも忘れられない鷹を戒めたのかもしれない。
 しかし、今は右京等の眠っている墓原を満開の花で埋め尽くしたかった。


それから 明暦三年(一六五七年)一月 江戸


 江戸下谷広小路、不忍池と神田明神の間に小倉藩中屋敷があった。鷹と伊織はそこで新しい年を迎えた。師走の喧騒の中で江戸に入った鷹は、毎日が珍しく日課の素振りが終わると浅草や神田京橋方面に繰り出していた。時には江戸城内へ忍び込み伊織から箍を締められ素振りの本数を増やされた日もあった。最初人の多さに気後れを感じていた鷹もすぐに慣れ、逆にその中へ出ることによって気を紛らわす方法を見つけた。人混みの中で独りになれる。しかし、一声かければ人との繋がりはできるのだ。やがて本当に独りきりになる時のための訓練に江戸はちょうどよい賑わいだと思える。
 鷹は下谷から御蔵前通りに出ると大川に沿って当てもなく上った。鷹の凍りついた心が溶けるのと同時に川風も温んだ。行き交う顔も表情がゆるんでいるように見える。
――いや、そんなことはねぇ
 鷹は首を振った。三か月前江戸に入りひと冬過ごしたが、やはり江戸の世人は冬でも活気があった。その明朗さに鷹は当初違和感を覚えた。西国諸藩が壊滅的な打撃を受けたことは情報として届いているはずであった。関ヶ原でまさに天下分け目の戦いが行われたことも知っているはずだ。尾張様が妖怪を退治した。尾張様のお陰で江戸は被害がなかったという話がしばらく毎日のように町の辻、長屋の井戸端、店前など至る所で聞かれていたが、歳神様を祭るための煤払いから始まった慌ただしさと、最後は大晦日の除夜の鐘に雲散霧消してしまった。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介