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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 さらに向きを連也斎に変え、蜻蛉の構えから超雲耀の速さで斬り下ろす。連也斎は必死の体捌きで辛うじて剣勢の烈風を避けるや、右京に一足一刀の間合いまで近づいた。
 すぐに連也斎が右京の手元に虚の攻撃をかけ、構えを崩した所へすかさず上段から斬り込んだ。
 しかし、転生した右京は生きていた頃の右京ではない。連也斎必殺の打ち込みを軽々躱すや、連也斎の愛刀肥後守秦光代を弾き飛ばした。間髪を入れずに踏み込んだ伊織の袈裟がけが右京の二太刀目を僅かに乱し、その隙に連也斎が右上腕を薄く斬られながらも体を逃がす。
 連也斎は目にも止まらぬ速さで地面を転がると左手で愛刀を掴み、伏虎のごとく身構えた。
 右京が不敵な笑みを浮かべ、伊織を鍔迫り合いで圧倒している。人間の力ではなかった。伊織は片手を刀の峰に当て死力を尽くして押し返そうと足掻いたが、右京の切っ先が伊織の肩に掛かった。
 離れていても転生した右京の攻撃は避けがたく、身を捨てて自分の刀が右京に届く距離まで詰める以外に勝機がないことは、伊織も連也斎も充分承知している。しかし、その勝負時を得るために間合いを詰めることは、今の右京を前にして自殺行為に等しいものがあった。
 体を低くした連也斎が全力で踏み込み、片腕で剣を払った。右京が伊織から体を離すと 同時に伊織も袈裟がけに斬り込む。
 右京が巧みな剣捌きで二刀を撥ね返した。伊織が肩口を割られ、剣を落とし、膝をついた。
 連也斎も返しの太刀で弾き飛ばされた。地獄焔の熱風に煽られた時に打ち付けたところをまた挫いたのか、足も引き摺っている。
 右京が高く蜻蛉に構えた。刃先は蹲って苦悶に耐える伊織を狙っている。
 茫然と立ち尽くしたままの鈴を後ろへ引き倒し、鷹が気力を奮い立たせ紅蓮の印を結んだが、その鷹を押し退けて嘉昭が飛び出した。
 右京の振り落とした豪剣が嘉昭の肩を割り、胸まで斬り下ろされた。
 嘉昭がまさに死力を振り絞り右京を抱き込んだ。
「今じゃ、連也斎殿。右京の護符を斬れ!」
 右京が赤眼を吊り上げ、剣を引き抜こうともがいている。
「嘉……昭!」
 右京が嘉昭を憎悪に満ちた顔で睨んだ。
 既に伊織は刀が握れぬほどの傷を負っている。
 連也斎が頭を支えにして左手一本で上段に構えた。
 右京が嘉昭の腕を振り解き、剣を抜いた。
「嫌だァ!」
 鷹が叫んで紅蓮を放とうとした瞬間であった。
 鷹の紅蓮よりも早く、そして連也斎が剣を振り下ろすよりも速く、右京の体が薄陽を反照した紅い塵となって飛び散った。
 すぐに鷹が紅蓮の熱放射で浮遊する塵を浄化した。
 残心の構えを取る鈴が、力尽きたのか腰から崩れ落ちた。手から聖剣が零れ落ちて転がっていく。
 鷹が、支えを失って倒れ込む嘉昭に飛び付いた。
「なんでこんな馬鹿なことしたんだよ。おいらが……おいらが、紅蓮を撃つのをなんで待てなかったんだよ」
「おぬしに………右京は討てぬであろう……と思うてな」
 嘉昭が満面の笑顔を作った。笑みを絶やさぬ右京と共に行動し、右京から感化されて嘉昭が意識して身に付けた心の持ち様であった。
「しかし、鈴に……辛い思いをさせてしもうた。……すまぬ」
 嘉昭はそれ以上、言葉を発することはなかった。抱き締めていた鷹の腕にぐっと重みが加わった。
「弱いくせに、俺達に任せておけばいいんだ……馬鹿だよ。せっかく軍奉行になったんじゃないか! 軍奉行はずっと戦闘の成り行きを見届けなきゃいけないんだぜ」
 鷹はずっと返事をしない嘉昭をなじり続ける。
「それにお鈴ちゃんを養女にして、御姫様にする約束だったじゃないか。そうだよ、一緒に明石の鯛飯を食おうって言ってたよ。御馳走してくれるって………それに、それに……」
 喪心していた鈴が突然大声を上げて泣き始めた。
 誰も鈴と鷹を諌める者がいなかった。誰も無口だった。そしてやがて鷹も静かになった。
 残照の中で、ただ鈴の泣き叫ぶ声だけがいつまでも響き渡った。

 鷹はずっと眠っていたらしい。
 鷹が目を覚ましたのは、関ヶ原に仮設された陣屋の中だった。まだ体中の節々が痛くて起き上がれなかった。
 枕元に伊織と龍雲が座っている。伊織は包帯で右腕を吊っていた。襟からも肩を固定した晒布が覗いている。
「目が覚めたようじゃの。朱雀を連発したせいか三日も過ぎたぞ。腹は空かぬか? 握り飯を湯で溶いて粥でも作ってやろうか」
「握り飯のままがいい。それより小父さんも怪我は大丈夫なの?」
「何のこれしきと言いたいところじゃが、ちと深手を負った」
 伊織が恨めしそうに右腕の白い包帯に目をやった。
 鷹が首を廻して鈴を捜した。
「連也斎と鈴は旅立った」
 伊織の言葉に思わず訊き返す鷹だった。
「鈴は、連也斎殿が引き取り、尾張で修業する。何もかも忘れて新陰流に励むのも今の鈴には薬になろう」
「ええっ、尾張? 何で柳生なんだよ」
 鷹の秘めた思いなど誰も知らない。ただの悪態を吐き合う仲ぐらいにしか思っていない伊織は予想以上に狼狽する鷹を面妖な顔で見た。
「道場へ訪れれば鈴も会ってくれよう。連也斎も歓迎してくれるぞ」
「じゃ、なんでおいらのこと起こしてくれなかったんだよ。水臭いじゃないか」
 起き上がろうとしてあがく鷹の頭を龍雲が独鈷で軽く小突いた。びっくりした鷹が首を廻して龍雲を見上げた。
「生者必滅会者定離は世の習いじゃ。生きている者は必ず死に、出会った者は必ず別れる。いくら剣の才があってもまだ娘じゃ。ここは辛すぎる思い出が多いからのう。それに両親の死をまだ受け入れてはおらぬ。数百年も生きていてまだわからぬのか」
 龍雲がわざと呆れ果ててみせた。
 右京に引導を渡したのは鈴であった。鷹の耳にまだ鈴の泣き叫ぶ声が残っている。龍雲が言うように両親の死の悲しみに加えて、信頼し、憧れて、そして慕っていた右京に剣を振り下ろしたのだ。
「おいらのこと、ずっと怨んでいればいいんだ。鈴の気持ならずっと受け止めてやったのに………」
 子供のようにぐずる鷹の頭を龍雲がもう一度独鈷で殴った。
「おぬしを怨むだけで鈴の気持が晴れると思うか! 柳生の剣が鈴の悲しみを救ってくれることを念ぜよ」
 伊織がまだ居残っている小倉藩京屋敷の小者に命じて持ってこさせた握り飯を鷹に差し出した。
 怒りを小休止させた鷹は両手に握り飯を掴み頬張る。急いて咽った。
「しかし、疑っていたわけではないが、おぬしの母御は誠に静御前であったのだな。鈴が舞い始めた時は驚いたぞ。その内白拍子姿のおぬしの母上が見えてきた」
 それは鷹も同じだった。もっと話がしたかった。四百年分の鷹が生きてきた証を見せたかった。それなのに開口一番「早く巫女鈴を出せ」と怒られて、次は「早く朱雀を撃て」であった。久し振りに会っても厳しい母であった。
「おいらも驚いたよ。今までこんなことなかった。ま、嬉しいような……ほんとはおっかねぇおっ母さんだったんだ。怒られる前に消えてくれて助かったよ」
 龍雲が自分で入れた茶を飲むと、少し間を置いてゆっくりと話し始めた。
「お父上が呼んだようじゃの」
「えっ? 親父は目が覚めたのかい」
 鷹が驚いて声を上げた。
 鷹はすぐに五感を研ぎ澄まし、天狗界の様子を探った。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介