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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 瞬間、南宮山の頂上を見て口辺に笑いを浮かべた淀君が特大の地獄焔を撃った。
「鷹!」
 嘉昭が烈風で大鏡の覆いを外せと叫んだが、間に合わなかった。
 四郎の防護壁が地獄焔を受け止めた。一度に六千の聖霊が消滅した。
 聖霊達が「オラショ」を大声で唱え、開いた穴を塞ごうと動いた所へ、さらに地獄焔を畳み込まれて分厚い障壁が粉砕された。全ての聖霊が消滅し、四郎ひとりが全身全霊で灼熱に耐えながら鷹を守った。美形であった四郎の顔がひどい火傷で爛れている。背中も火脹れで大きく腫れ上がっており、下半身は既に溶けていた。
 四郎が身を呈して受け止めた火焔の力は、衰えてもその勢いが南宮山の頂上を吹き飛ばす。
 その火勢に嘉昭等は吹き飛ばされ、強く地面に打ち付けられて気を失った。鷹が頭から岩間に飛び込んで気絶している。鷹の傍に聖剣を握ったまま鈴が倒れていた。龍雲も連也斎に庇われてはいたが激しく地面に打ち付けられた衝撃に、二人ともすぐには立てそうもない。
 ちょうど頂上へ駆け登ってきた伊織が、鷹を見つけ、その頬を何度も叩いた。
 ぼんやりと鷹が目を開ける。大鏡は跡形もなく破壊されているのが見えた。与吉が鏡の破片に埋まっていた。
――秋の名残を目に焼き付けよ。死ね!
 淀君の声は静かであったが雷雲に跳ね返り、雷と共に地上へ届いた。
 淀君が動けない鷹を見下ろしながら、優雅な動きで絢爛な内掛けを翻した。
 伊織に抱き抱えられた鷹であったが、朱雀の印も結べないほど体が痺れていた。
 傷だらけの天草四郎がたった一人で地獄焔を受け止めている。四郎の体が高熱で熔け始めた。
 必死に印を結ぼうとする鷹の額からべとつく汗がとめどなく吹き出すが、熱ですぐに蒸発していく。
《鷹! 巫女鈴を出しなさい》
 突然、鷹の背後から母の声がした。振り向くと気絶していた鈴が立ち上がり、まるで夢中を歩行している如く鷹に近づき、手を伸ばした。
《早く出すのです!》
 四百数十年ぶりに聞く懐かしい叱責の声であった。
 鷹の母が鈴に憑依したようだ。鷹は伊織に支えられながらも懐から形見の巫女鈴を取り出して鈴に渡した。
 鈴は両手を高く差し出し、巫女鈴を打ち鳴らしながら舞う。鷹の父と死闘を演じた水龍召喚の舞であった。鈴の姿に白拍子姿の母が重なった。
 天草四郎が弾け飛んだ。もう二度と転生できないほど細かい霧となって消えた。その四郎の後を、大地を割って出現した水龍が地獄焔を押し返す。
「おおっ…………」
 龍雲が腰の痛みも忘れ、立ち上がると助太刀すべく孔雀経法の陀羅尼を唱え始めた。
 気を取り戻した嘉昭が白拍子の舞に惹き込まれた。
――小癪な! 水龍など、恐れる妾ではない!
 淀君の右腕が宙を泳ぎ火焔に力を注いだ。火焔の先が鳳凰の顔のように変化した。その鳳凰に向かって巨大な水龍が水を撒き散らしながら正面からぶつかって行った。拮抗した力に鳳凰と水龍は一歩も引かず宙をうねり続ける。
 巫女鈴が激しく鳴り、豊潤な地下の水脈から水を吸い上げていた。特に関ヶ原鍾乳洞の中で湧き出す清浄な水がふんだんに吸い上げられていた。
 空中を激しく動き回って気を集めていた淀君は、ついに動きを止め突き出した指先に全身全霊を込め始めた。淀君の顔から余裕が消え、眉間に深い縦皺ができた。瞬きもせず静御前を睨んでいる。
 それに反して静御前は菩薩のような笑みを絶やさない。
 しかし、上からねじ伏せようとする淀君の力が徐々に水龍を押し返している。さすがの静御前にも額から汗が滴り落ちた。ゆっくりと体を浮遊させ、淀君より天空へ移動した。汗が静御前の腕を伝い、水龍を構成する水脈と混ざった途端、荒ぶる水龍の力を解き放った。
 水龍は今まで縮んだ分を一気に撥ね返す様に火焔を淀君まで押し返す。
 火達磨になり悲鳴を上げた淀君を見て、鷹の母が叫んだ。
「今です。朱雀を撃ちなさい!」
 鷹が羽ばたいて上昇すると、淀君の直近まで近寄り全精力を傾けた朱雀を撃った。
 突如、関ヶ原の地面が大きく割れ、地獄門が開いた。
 数多の鬼達が燃え盛る淀君を引き摺りこむ。淀君の叫喚が地の底へ深く沈んで行った。
「わが師よ……」
 鬼を指揮する二刀を構えた武芸者が、伊織を一瞥すると、最後に地獄の門を降りて行った。

 誰ともなく溜息を洩らした。何故地獄の門が開いたのかなど考える気力は残っていなかった。とにかく終わったという安堵感で皆その場にへたり込む。
 避難していた徳川光友が家臣団を率いて出てきた。淀君が消滅した辺りの検分を始めたが、嘉昭や連也斎は南宮山の山頂から動く気配はなかった。
 よろめきながら山頂へ戻ってきた鷹を伊織が抱きとめた。
 鷹はすぐに母を捜したが、既にその姿はなかった。鈴が奇異で頼りない表情を見せ、自分の体を擦りながら龍雲に助けを求める眼を向けたが、龍雲はただ頷いてみせただけであった。
 嘉昭が鷹の前に跪いた。
「御苦労であったな。おぬしのおかげでこの国が救われた」
 だが鷹は素直に喜べなかった。
「右京の兄ちゃんに泰蔵の小父さんが死んだ………」
 嘉昭も言葉を失った。ただ鷹の肩を両手で強く掴んで揺すった。
 鷹の声が届いたのか鈴も地面に座ったままぼんやりと西に傾き始めた陽を眺めていた。涙を忘れるほど悲しいのであろう。声をかけるのが憚れる雰囲気を漂わせていた。
 伊織がポンと鷹の肩を叩いた。やはり伊織も言葉がなかった。
 連也斎までも壊れた大鏡の鉄柱にもたれてじっと腕を組んでいる。生き残った裏柳生も無言で頭を垂れていた。
 その裏柳生の一人が刀に手を掛けたまま立ち上がると絶叫して前のめりに倒れ込んだ。
 瞬間、戦闘態勢に戻った連也斎と伊織が抜刀して凄まじい殺気に構えたが、現れた敵の姿を見て伊織が棒立ちになった。
 鈴が叫び、鷹の体が凍った。
 剣をぶらさげ立っているのは、赤輝血の眼をした右京であった。
 右京が獣のような低い声を上げている。
 鈴が驚愕に震えた。疲労困憊の鷹は目の前で何が起こっているのか判断できなかった。
「淀君に取り込まれたのか、右京!」
 嘉昭が後退りながら右京に声をかける。すぐに龍雲が怨霊調伏の経を唱えたが一振りの右京の剣勢で吹き飛ばされ気を失った。玄武が執拗に右京を追いかけていたのは、このことを想定した淀君の深謀遠慮だったのだろうか。鷹は激しく頭を振って考えることをやめた。そんな根拠のないことを考えるより、問題は目の前の右京である。ずっと生死をともにし、鷹が天狗であることを知っても弟のように接してくれた右京なのだ。鈴が絶大の信頼を置いていた右京なのだ。
「どうして、転生を受け入れたんだよ。断れたはずだろ!」
 鷹の心の中に淀君を怨む気持ちが激しく沸き上がって来た。
「こいつを右京だと思うな。我等と共に戦った男ではない」
 連也斎が自らを奮い立たせるが如く叫ぶ。
 伊織も気を取り直して右京に剣を向けた。
「たとえ地獄の……業火に身を……焼かれようと、御方様の心は……死なぬと心得よ」
 下から斬り上げた右京の豪剣が、間合いを外した場所に立つ裏柳生を剣勢だけで一人斃した。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介