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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「そうじゃ今まで戦ってこられた小笠原殿の話をもっと訊かぬでどうする。我等の今までの経験が役に立たぬ。何しろ敵は空から攻撃してくるのだ。どのような陣形を取ればよいかさえ見当がつかぬではないか」
「しかし、我等にどうしろと言われるのじゃ! 刀や槍では敵わぬのであろう。土御門家も伝法灌頂を受けた大阿闍梨も手が出せなかったではないか。いやいや、決して弱腰になっておるのではござらぬ。思慮分別もなく、ただ血気に逸るのは如何なものかと心得る」
「我等徳川の臣、身命を賭して敵を殲滅するのみ! 拙者、島原の役では、真っ先に原城へ斬り込み申した」
「百姓、切支丹が相手ではござりませぬぞ」
「何を申す! そんなことは百も承知、心意気を話しておるのだ」
 この場に及んでまだそんなことを言っているのかと鷹は、うんざりしてきた。
「昔の自慢話なんかするんじゃないよ。四郎の兄ちゃんが聞いてるんだぞ」
 鷹の憤った心の呟きに天から降り注いだ淡い光が《心配しないで。私は鷹さんと仙吉お絹の娘に力添えをしているのですから……》と四郎の心を伝えてくれた。連也斎が軍議に加わらず右京や鈴と剣術の稽古に励んでいるのもわかるような気がした。
 しかし、午後には連也斎と同年齢の藩主徳川右近衛権中将光友が到着する。責任を取れる人物が来れば少しは様相が変わるかもしれない。光友は、武芸や茶道、書に優れた人物で剣は連也斎に学んでいた。藩政の基礎を固めた人物であるが、先代義直の一人息子として甘やかされて育ち、苦労知らずの一面も持っている。
 発言を押さえられた嘉昭と泰蔵が下座に座り、腕組みしたままずっと瞑目していた。
「失礼仕る!」
 嘉昭が勢いよく立ち上がると一礼し、名ばかりの軍議の場から外へ出た。盗み見をしていた鷹の横を憮然とした表情で通り過ぎると位置を決め、松尾山に向かって小便を始めた。朝陽が顔を出し、怒っているように飛び出す嘉昭の小便をキラキラと輝かせた。
「嘉昭の兄ちゃん、尾張藩には帰って貰ったら? 犠牲が少ない方が戦いやすいよ」
「そうもいかんであろう。皆藩命で来ておる」
「ならずっと後ろに下がっていて貰おうよ。案山子でも立てていた方がまだマシだぜ。枯れ木も山の賑わいさ」
 突然、嘉昭の眼が輝いた。
「それじゃ、それがよい! 案山子じゃ!」
 小水のついた手で鷹の肩を強く掴んで揺するので鷹が嫌がったが、嘉昭はお構いなしに自分の寝所に閉じ籠ると紙を広げて懸命に何か書き始めた。後を追いかけた鷹は、首を傾げるばかりであった。
 時々中へ呼ばれた。仕方がないので鷹は嘉昭の隣に座って書き上げるのを待った。
「白虎の弱点は何か?」
「強いて挙げれば、火と闇に弱いって言われているけど、どうだか? 京都じゃ、夜に火の中で暴れ回っていたけどね。ま、あの鎌風を起こす前脚を何とかしなあきゃ」
「前脚か………玄武は?」
「防御は鉄壁だし、弱点は風だって聞いたことがあるけど」
「けど、けど、けどと、はっきりいたせ」
「ま、白虎に比べると、重くて大きい分、動きが遅いか。亀と同じじゃないの? 裏返せば起き上がれなくなるとか」
「おぬしは亀が早いことを知らぬらしいな。しかし、裏返すか。いい加減じゃが、参考にしよう。落とし穴でも掘るとするか」
 嘉昭は書き上げるとすぐに陣幕な中へ戻って行った。
「この無礼者めが!」「我等を愚弄するのか!」「逃げろとは何事ぞ!」という怒声が飛び交う中、それを上回る甲高い嘉昭の声が甲冑の武将達を圧倒して行った。
「おうおう、頑張ってるじゃないか」
 嘉昭の隣で宮本伊織が冷静に対応し、嘉昭の考えを援護しているようだ。
 そして不可解であったのが、嘉昭のすぐ近くでずっと護符を書き続けていた龍雲である。一睡もしていない様子で疲労が顔に浮かんでいた。陣幕内の喧騒を大向うの見物人のように野次を飛ばしながら聞く鷹を龍雲が呼び寄せた。
「これを砲術隊に持って行き、砲弾に貼り付けなされ。少しは効果があるはずじゃ」
「全くここの人間は人使いが荒いよな。これ全部かい?」
 千発分はあるのだろうか、護符の束は結構な数であった。不平を言おうとする鷹に、龍雲は疲れたから少し眠るとそのまま横になってしまった。

 午の刻が過ぎ、二千の兵を連れて徳川光友が仮本陣に到着した。かつて家康が陣を張った桃配山の麓である。先に到着した三千の兵と甲賀衆、特に儀兵衛の弟子たちによって既に淀君を迎え撃つ準備は完了していた。
 尾張藩主徳川光友の前で畏まった嘉昭がこの度の作戦と作業に従事してくれた尾張藩の協力に対する礼を言上した。予め連也斎から策略の詳細が届いている光友に異論はなかった。
 未の刻、琵琶湖から伝わってきた烽火が笹尾山の物見台まで届いた。淀君が竹生島を飛び立ったという知らせである。
 その烽火と同じ速さで天気が西から崩れた。
 晴れていた上空の天気が徐々に雷雲に覆われて行く。凍てついた風が西から吹き込んできた。
 儀兵衛が黒雲の一番厚い所を睨んで与吉に大鏡を向けさせた。
 雷光を反射させた光が松尾山のやや右上方へ伸びて行く。
 儀兵衛の予想通りその位置に玄武の背に立つ淀君が姿を見せた。そして天満山と笹尾山の間にある北国街道から真田大助に率いられた傀儡兵二千余りの一隊が出現した。十文字槍を担いだ槍隊であった。
 神鏡の反射光を嫌悪するように淀君は袖で顔を覆った。
「豊全が死んだのに、何故傀儡兵がおる?」
 嘉昭が南宮山の頂上に立ち、狼狽した。
「大丈夫、軍奉行になったんだろ。落ち着いて! 傀儡兵は大砲で一発さ。それより傀儡兵の四方で指揮を執っている真田だよ」
 鷹の千里眼が傀儡兵の中から真田主従を認めた。
「そうじゃっど、落ち着かんや。どしっと構えな、嘉昭どん!」
 連也斎の進言を受けた徳川光友から嘉昭が軍奉行に任じられていた。軍奉行とは、戦いのとき臨時に設けられた職名で、軍事に関する総括責任者のことである。
 そして右京と武闘派の甲賀衆、伊織と小倉藩藩士、連也斎率いる裏柳生がそれぞれ真田十勇士と交戦するため散り残る紅葉の影や薄の原に潜んでいる。
「さすがの淀君も儀兵衛さんの鏡は攻撃できないようね。鏡の光を厭がっているわ」
 鈴も泰蔵とともに嘉昭や龍雲、儀兵衛の護衛を命じられて南宮山にいる。その鈴が淀君の鏡を嫌がる様子を見て儀兵衛にぎこちなく微笑んだ。
 その笑い方を見た龍雲が、肩に力が入り過ぎていると鈴を窘め、抜刀していた聖剣を鞘に収めさせた。自覚した鈴も深呼吸を繰り返し、気を落ち着けている。
 泰蔵が陣触れの法螺貝を吹いた。呼応するように白虎が天空に向かって長く吼える。それは間違いなく戦いの合図に他ならなかった。
 猛り狂った白虎が南宮山頂上の大鏡に向かって跳ねた。すかさず鷹が紅蓮を鏡面に向かって撃つ。反射した猛火が白虎を襲った。
 火達磨になった白虎が失速し本陣桃配山の手前にある十九女池に飛び込んだ。池の水が一気に蒸発し、霧が立ち上る。
 淀君が松尾山上空から本陣目掛けて地獄焔を放った。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介