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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 関ヶ原の上空で鷹は目を疑った。もう真夜中だというのに何か仄かに明るい。南宮山の頂上が何故か輝いている。関ヶ原を通る中山道の北側に島津義弘や小西行長の布陣した天満山、石田三成の笹尾山、そして東軍黒田長政の布陣した丸山が環囲し、南側には京都側から小早川秀秋の松尾山、徳川家康の桃配山、そして毛利秀元の南宮山とほぼ一直線に並んでいる。事前の作戦では淀君を南宮山に対陣する松尾山に誘き寄せるように布陣が練られていた。
「山火事かい?」
 菊之介が不安な独り言を呟いたほどである。
 しかし、その灯りに吸い寄せられるようにして本陣のある南宮山頂上付近へ舞い降りた鷹と菊之介は、度肝を抜かれた。
 尾張藩の大砲がすでに松尾山に向いて配置されていることも不気味であったが、さらにその後ろには醍醐寺五重塔ほどの高さでお椀のように放物面の反射面を持つ巨大な鏡が輝いている。明るいのはこの大きなお椀のせいであった。よく見ると、儀兵衛の作った大量の八咫鏡が湾曲した鉄骨に貼り付けられていた。把手を引くと梃子の原理で自在に向きを変えられるという。操作は、儀兵衛の一番弟子である与吉が担当するらしい。
「星明かりと篝火の灯りを集めて昼みたいに輝いてるぜ。よく短期間でこれだけのものを作ったもんだ」
 鷹が京へ出かける前はまだ部品の要素を組み立てている段階で、出来上がりが想像できなかった。だが完成を見ても一体何のために使うのか見当がつかない。鏡をたくさん作っても仕方がないだろうと内心呆れていたのだ。
「荷を運びながらも儀兵衛さんが大方の所を作っていたのよ。すぐ組み立てられるようにね」
 神鏡運搬に携わった鈴が誇らしげに顎を上げた。鈴だけでなく連也斎迄も佐助に踏み躙られた鏡面を磨かされて来た。
 菊之介が恐る恐る台座に触って強度や材質を調べている。
 把手を扱う操舵席の横には、白木の神棚が設置されており、月読神が祭られていた。
 まさか月読の神様を呼び出すわけではあるまいと鷹が考えている時、ちょうど出てきた儀兵衛が鷹に紅蓮を鏡に向けて撃ってみよと命じた。鷹が戻って来るのをずっと寝ないで心待ちにしていたようだ。
「壊れないかい?」
「馬鹿者! おまえのへなちょこ火焔で壊れて何とする」
 半分からかった鷹の頭を儀兵衛はごつごつした太い杖で小突いた。
 欠伸を噛み殺した与吉が把手を引いて金椀の角度を調整すると鷹に合図を送った。
 紅蓮を撃つ態勢を取った鷹であったが、それでも遠慮して小さめの火焔珠を椀の中心に放った。
 途端、高い金属音とともに鏡の反射によって集約された光が松尾山まで伸びると、山の頂上で爆発が起こり、赤い火柱が上がった。山の形が少し変わったようだ。
「ありえねぇ!」
 小型の紅蓮が朱雀に近い勢いへ変化したことに鷹は言葉を継げぬほど驚いた。
「ただ撥ね返すだけでは面白くないからのう。鏡が集めた力を増幅する仕掛けをしたんじゃよ」
 顎鬚に手をやる儀兵衛の顔は自慢を隠していない。儀兵衛の見上げた先を見ると、透明な中央部分の分厚い凸型の大球が金椀の先に取り付けられていた。大きな水晶のようだが、儀兵衛は笑うだけで種明かしはしてくれなかった。
「凄ぇよ、爺さん。これで互角に戦えるぜ」
「まぁな…………じゃが馬鹿な侍共に泰蔵が手こずっておるわ」
 鷹が問い直したが、儀兵衛はそれに答えず、大欠伸をして仮設の寝所に入って行った。鈴も困った顔をしている。
「連也斎さんでさえ泰蔵の小父さんの指示に従って丸山で陣を敷いているのに………」
 鈴が言葉を呑んだ。
 どうも援軍に来た尾張藩や近郊の諸藩と指揮権で揉めているらしい。泰蔵の身分が公儀隠密の小頭という低さからなのだろう。確かに尾張藩は御三家筆頭である。小藩の藩主である嘉昭が出ても小倉藩筆頭家老が出ても結果は同じに違いない。
「今、柳生流燕飛六箇之太刀の手解きを受けてるの。おまえは女だから示現流よりも合うだろうってね。やっぱ連也斎の小父さんは凄いわ」
 鈴が話題を変えた。嘉昭や泰蔵が困っている姿を思い出したくなかったのだろう。それにしても意外な話だったが、右京も共に手解きを受けているらしい。確かに右京は武芸に対し真摯だし、貪欲でもある。また器用でもあるのだが、きっと連也斎の恵まれた天稟に魅入られたのかもしれないと鷹は思った。鷹自身もおぼろげながら連也斎に剣術を習ってもいいと思っていたのだ。しかし、鈴まで引き込むことはないだろうと少し腹が立った。
「真田十勇士や忍者は、柳生のおっちゃんや裏柳生に任せておけばいいだろ。恐い小母さんと玄武白虎は、おいらと四郎の兄ちゃんで何とかするよ。陰陽師もお坊さんも皆殺られちまったんだ。怪我しないように下がっておいて貰った方がいいさ。泰蔵の小父さんもそんな奴等ほっときゃいいんだよ」
 敵の怖さを知っているのは、嘉昭の許に集まった者だけだという自負が鷹にあった。大砲にしても岡山城から散々撃ち放していたが、傀儡兵に若干効果を認めただけである。天空の妖怪には届きもしない。
「何を偉そうに。少しぐらい朱雀の威力が増したからって天狗になるんじゃないわよ。あんたの朱雀より私のカリブルヌスの剣の方が強いんだからね」
「少しばかり柳生流を齧ったからって、いい気になるなよ。生兵法は怪我のもとだぜ」
 鼻息の荒い二人が睨み合っていた時、突然薄の茂みから凄まじい勢いで斬り込まれた。
 鈴はさっと飛び退き柄に手を掛けたが、腰の抜けた鷹はしっかり頭を叩かれた。剣ではなく袋竹刀であった。
「いてぇ! 不意打ちは御免だよ」
「天狗の子より鈴の方が使えるのう。もう遅いぞ。子供はさっさと寝ろ」
 連也斎がもう一度鷹の頭を竹刀で小突いたが、また鷹はそれを避けられなかった。
 鈴が鷹にあかんべをして寝所へ入った。

 陽が昇る前から軍議が紛糾していた。
 陣幕の陰から覗き見る鷹が尾張藩の重役等を見るのは初めてであった。昨晩遅く到着したのかもしれない。三千の兵が南宮山に隣接する桃配山に野営している。
 菊之介から京の様子が報告されていくにつれ、嘉昭と泰蔵を傍聴人の位置に貶め上座に座った武将等が騒然とした。
 はじめは嘉昭等が少人数であることや大多数が忍者であるという身分に、三千の兵を背景にして主導権を取った者達である。しかし、彼らは責任ある立場を確保したことに後悔を感じ始めていた。
「東山三十六峰が丸焼けじゃと? 豊臣の残党が火でも点けて回ったのであろう。賊は我等が一掃いたす。それを何じゃ! 山頂の大掛かりな飯椀は? 我等を愚弄しておるのか」
 菊之介の報告を遮った武将が勘違いの大声を出した。怒りを大仰に見せるのは、ただの虚栄に過ぎない。見たことのない巨大な敵への恐怖に気分が自暴自棄になっているようだ。
「豊臣の残党とは如何に! そのような者が四代将軍家綱様の御代におるものか。西国小倉城を始め、岡山の城も打ち砕かれたそうではないか。この事実を何と見る!」
 一番上座に座った恰幅の良い男が遠慮がちに叱責した。しかし膝を小刻みに揺するので鎧がカタカタと煩い音を立てている。文治派なのかもしれない。鎧の着こなしが様になっていなかった。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介