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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 襖絵、天井画は、狩野光信の筆である。狩野光信は、はじめ織田信長に仕えると安土城の障壁画を描き、その後豊臣秀吉に仕えている。大坂城の障壁画も同じ狩野派の狩野永徳の手によるものであった。
 その画に囲まれていつしか淀君はまどろみ、まさに一炊の夢を見た。
 夢の中で、母であるお市の方が妹の初と末の妹小督の手を引いて茶々を探していた。隠れん坊をしているようだ。その庭は懐かしい風景を見せていたが、淀君はすぐ思い出せなかった。
――越前北の庄であろうか、それにしては妹達が幼すぎる。また小谷では小督がまだ産まれたばかりであったはずだ。ならば、ここは伯父である織田信包の清州の城なのか? きっとそうだ。そうに違いない。ここは清州城二の丸の庭だ。
 九年余り過ごした清州の暮らしは、親子四人一番の平穏な時であった。信長は優しく、妹である母や我等三姉妹のことを気にかけてくれて思う存分の贅沢をさせてくれた。
 穢れを知らぬあの頃、どこかで戦が起こっているはずであったが、清州だけは平和であった。
 親子姉妹に降り注ぐ愛が当たり前のように満ち溢れて、永遠に続くものだと思っていた。
 あの過ぎ去った昔には二度と戻れない。
 季節の花が咲き誇る二の丸の庭で上手く隠れることができた茶々は最初得意であったが、やがてなかなか見つけてくれない不安で泣き始めた。
 淀君が茶々を後ろから抱き締めようとした時だった。
 その手をすり抜けて茶々が駆け出した。
――母上!
 夢の中で茶々は母を探しに庭木の陰から飛び出すと、そこに大人になった妹達を見つけた。二人とも細身で美しかった母によく似ている。
――どこじゃ? ここは………
 いつの間にか茶々は袴姿で襷掛け、小脇に薙刀を抱えていた。そこは燃え盛る大坂城内であった。
 そして妹の陰に芳紀正に熟した十八の姪も立っている。
 姉妹仲は良く、初は京極家へ嫁ぎ、大坂の役の際には、豊臣徳川両家の関係を改善すべく豊臣方の使者として仲介に奔走してくれた。心優しき切支丹であった。小督は二代将軍秀忠の正室となった。二人の姉が子孫を残せなかったが、小督だけが浅井の血を未来まで残してくれた。そして息子秀頼の正室千姫は小督の産んだ娘である。母お市の方の血を引いており、それは聡明で美しい姪であった。よく可愛がったものだ。後の世で不仲であったと悪口を言われるほど邪険にした覚えはない。
 大坂落城の際、夫秀頼と共に死にたいと執拗に哀願するその姪を家康の許へ送り出した。それは決して命乞いのためではなかった。小督の娘千姫愛しさの故である。後、豊臣秀頼と側室の間に生まれた奈阿姫が処刑されそうになった時、体を張って助けてくれたことは涙が出るほど嬉しく思う。成人した奈阿が鎌倉東慶寺二十世住職となれたのは誠に幸いであった。
――何故、幸村は秀頼を戦火の大坂城より連れ出したのじゃ? さすれば国松も生きてはおらず、妾も転生することはなかった。
 怨みの衣を纏わされ、目は憎しみの炎で柘榴のように赤く輝く。八咫鏡はその醜く汚らわしい妾の姿を映し出しおった。
 見るだに厭わしき鏡を叩き割るべしと佐助を差し向けたが、柳生と小娘に邪魔されてしまった。
 あの鏡を持って立ちはだかった小娘は一体何者なのだ?
 ただの隠れ切支丹とは思えぬ力を秘めている。
 しかし、あの真剣な瞳、あのきりりとした面立ち、あの激しい気性、そこはかとなき気品、そして、あの温もり………まるで清州の頃の妾のようじゃ。
「輪廻転生」
 淀君の頭の中にふと浮かんだ言葉であった。
――きっとそうであるに違いない。あの娘は再び迷えるこの世に生まれ変わった妾なのかもしれぬ。
 ならばあの娘は、もう一人の妾ではあるまいか?
 妾がいま一人の妾と戦うというのか?
 いやいや、そのようなことがあるはずもない。偶さか清州の頃を思い出した感傷に過ぎぬ。今ある姿が妾そのものなのだ。
 転生した以上、徳川を滅ぼすしかないではないか………それが、定めぞ………
 我が孫国松は、何故、妾の怨念の心だけをすくい上げ、転生の法をかけたのだ!
 それとも何者かが後ろで糸を引いておるのか?
――何の為に…………
 深秋の寒さに目が覚めたが、閉じたままの目から一筋の涙が零れた。
 一段下の板の間に控える真田大助が真っ赤な目で泣き崩れ、父幸村の行為に肩を震わせて詫びた。
「幸昌、おぬしが詫びることではない。幸村もわが豊臣を思うてのことであった。嬉しゅう思うぞ。外は寒かろう。佐助等に中で休めと命じよ。決戦が近い。体をいとえ」
 主君の言葉に恐縮したまま甲冑姿の凛々しい大助が平伏して下がっていった。
 膝元にいた白虎が心配そうに主の頬を伝う涙を舌で舐める。涙は血の味がした。苦しさ、せつなさ、怒りの混ざり合った味であった。白虎が猫のように甘えてみせた。主人の苦しみ、悲しみがわかったのだろう。
「白虎よ、妾を慕ってくれるのか?」
 玄武も銭亀ほどの大きさになり淀君の膝にしなだれてみせた。
「愛い奴じゃ、あの頃、おぬし等のように慕ってくれる者が妾の周りにいたならば………皆徳川との戦を利用して一旗揚げようと目論む輩ばかりであった。妾の不徳が招いたことなれど、おぬし等のお陰で、此の度は負けて悔し涙を流すことはなさそうじゃな」
 中へ呼び寄せたはずの真田主従はしばらく本殿の中に姿を見せなかった。
 時折、槍の穂先と刃が撃ち合う激しい音が聞こえてきたが、やがて静かになった。
 間もなく大助を先頭に真田衆が本殿へ入って来た。
「御苦労でした。佐助、首尾はどうであった?」
 儀兵衛の里で任務を果たせなかった佐助は、恐縮したまま跪くと抑揚のない声で答えた。
「神谷忠左衛門の体よりおよそ二千体の傀儡兵が出来上がりましてございます。あやつも御方様の御役に立ち、冥利に尽きると喜んでおりました」
 佐助の言葉とは裏腹に望月六郎の左腕が槍傷を負っていた。相当激しい抵抗を見せたことが想像できた。
「江戸の攻撃までとっておこうと思っていたが、已むを得ぬか……」
「その時は、我等の体をお使いくださいませ。喜んで身を捧げ仕る」
 由利鎌之助の言葉に、海野六郎と根津甚八が同時に額を床につけて平伏した。
「傀儡兵の指揮は大助、そちに任せよう。皆の者、太儀であった。明日は、因縁の関ヶ原ぞ。今宵は体を慈しむがよかろう」
 透き通るような皮膚をした嫋やかな指が白虎と玄武を撫ぜ続けると、二神とも気持ちよさそうに赤い目を閉じた。
――小笠原嘉昭よ。おぬしの周りに集いし者どもは、妾をこの殺戮の地獄から救ってくれるであろうか。じゃが我等、地獄の鬼よりも手強いぞ。心せよ………
 淀君の心の叫びは白虎等に届かなかったかもしれない。だが、晩秋の夜露から白虎神自らの温もりで主を守ろうとしていた。玄武も頭や四肢を甲羅の中へ収納して悲しみを隠した。


決戦

作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介