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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 避ければ後ろの儀兵衛か鈴に当る。連也斎は咄嗟の判断で足下にある、踏まれて湾曲した鏡を素早く蹴り上げるとそれを盾にして火焔弾を弾き返した。ちょうど御椀のように窪んでいた鏡面に火焔は撥ね返され威力を増して佐助に襲いかかった。
 佐助は火達磨になりながらもまだ生き残っている二人の真田忍者に支えられ天井を突き破って逃げた。
「儀兵衛の親父さん、大丈夫だったか? もっと早く到着したかったのじゃが、途中で筧十蔵の一団に襲われた。すまぬ」
 刀を鞘に収めた右京が儀兵衛を気遣う。作業場の中を見回すと佐助等によって半分近い信楽衆の職人が命を落としていた。
「ふん、その辺の若い者と一緒にするでない。それより面白いものを見せてくれたの」
 儀兵衛の言葉の意味がわからずぼんやり立っていた右京や連也斎を尻目に、儀兵衛は佐助の火焔弾を弾き返した鏡を拾い上げた。踏まれた時、下に大皿でもあったらしい。歪みがちょうど飯椀のように丸く窪んでいた。
 儀兵衛が何か思いついたようである。赤銅色の顔を綻ばせて怒鳴った。
「与吉、すぐに出かける準備じゃ。大八車三十台と馬を集めよ。蔵にある鉄板と鉄の棒も全部持って行く」
「え? 鏡だけじゃないんで?」
「うるさい! 道々指図する。急げ!」
 七十は優に超えているはずなのに矍鑠とした儀兵衛の迫力に圧倒されて与吉は弟子を連れて作業場を飛び出して行った。
「右京!」
 儀兵衛が振り向いた。ちょうど破壊された作業場の片づけを始めていた右京がその手を休めた。
「何か御用でもありなさるか? 人使いの荒い儀兵衛殿」
「気取るんじゃねぇ。おめぇらしっかり儂等の護衛をしろ。こりゃ大切な御役目じゃ。首尾よくいけばおぬしを中忍に推挙してやろう。いつまでも泰蔵の下ではつまらんじゃろう」
「そいつぁありがたい。じゃが拙者小頭の下は結構気に入っておりまする」
 右京は儀兵衛の話を軽く往なしたが、儀兵衛と鏡の警護は当初からの役回りである。必要と感じていなかった泰蔵に対して、龍雲から強く依願された。
「泰蔵の小父さんと右京さんはいい組み合わせだと思いますよ」
 儀兵衛の作った鏡を手にとって眺めていた鈴が右京に笑顔を向けた。

 京に潜伏していた女郎蜘蛛の菊之介は、洛西の惨劇を目の当たりにして呆然と立ち尽くした。
「泰蔵様に伝えよ。白虎が妖姫の手下となって転生したと!」
 淀君と玄武から攻められて陰陽師達が僅か一夜の攻防で全滅した。巨大な玄武が上から圧し掛かると陰陽師達は身動きできなくなって、そこに地獄焔を浴びせられた。淀君が白虎を手に入れるための攻撃は容赦がなく、大量の式神も玄武に踏み躙られ、双ケ丘を埋める巫女の遺体は二千人を下らなかった。
 芸妓に化けた菊之介はいつまでも体の震えが治まらなかった。
 十二天将を式神とした安倍晴明のような大家がこの時代にいなかったことが不運であったかもしれないが、仮にそうであったとしても勝敗の行方は杳としない。
 天草四郎も初日の攻撃で衰弱した朱雀の防備から聖霊を割く余裕はなかったし、神道、道教、密教を習合させた陰陽道と四郎の神の共存は難しかった。
 宮島で同行し、天草四郎の実力を知っている菊之介は、まだ力量を計れないでいる密教集団のいる場へ急いだ。
 東山付近では、高野山と比叡山から教授阿闍梨や伝法阿闍梨、そして七高山阿闍梨等を総動員して、護摩壇を青龍の周りに築いていた。真言密教と天台密教が確執を越え、初めて全山挙げての合力で防備を固めている。東山三十六峰に木霊する真言を唱える声が激しくなったのを菊之介は清水寺参道である三年坂で感じ取った。
 僧侶達の様子を窺う菊之介は、ふいに名を呼ばれた気がして、振り返った。
 しかし、周囲にそれらしい気配はない。首を傾げた時、また声がした。
 菊之介は、聞き覚えのあるその声に天を仰いだ。
「天草四郎様でございますか?」
《菊之介さん、泰蔵様へお伝えください。白虎神が襲われたのは、玄武神が転生して五日目です。淀君だけでなく玄武神が生気を取り戻すまで時が必要だったのでしょう。そして、おそらく次は我等の守る朱雀神が狙われるはず》
「何故そうお考えなさりましたか? こちらの青龍ではなく次は南の朱雀だと」
 少し間をおいて愁嘆の憂いを秘める四郎の声が空から降りてきた。
 そして、菊之介は四郎の語る意外な事実に耳を疑った。
《東山では、涅槃門を開き、青龍神を入寂へ誘う祈祷を始めました。そしてその企ては首尾よく進むことでしょう。青龍神も淀殿に操られるよりはと死を覚悟した様子です》
「青龍を殺す………いや、滅するというのでございますか?」
 菊之介は思わず問い返した。
 菊之介も、多くの名だたる阿闍梨が、祈祷を始めたことを知っていた。
 その祈祷はまさに淀君調伏の護摩だと信じていた。
 菊之介は、急ぎ下忍を走らせ僧侶の中に忍び込ませた信楽衆と連絡を取った。四郎からの情報の裏を取るためである。
 調べによると誰もが逆らうことの憚れる高野山の大阿闍梨からの発案であったようだ。
 つまり、淀君と玄武等の合体した力に抗するよりも青龍の魂魄そのものを隠滅させるべきと、千日回峰行の荒行を何度も達成したことのある大阿闍梨が、陰陽師の全滅を見て判断したようだ。さらに口火を切ったその大阿闍梨が即身仏となり青龍の説伏にあたるという。
 青龍を守りながら背水の陣で戦うよりも、後顧の憂いを排除し全身全霊にて真言を唱え怨霊に対抗する方がよいと両山総代による意見が一致した。
 青龍が不在になることで今後の都の鎮護に不安を訴え出る阿闍梨もいたが、京の街は御所も含めて半分が灰燼に帰していたこともあり、これ以上惨禍を広げてはならぬと比叡山へ避難した帝からの言葉も伝わっていた。
 陰陽師が全滅して四日後、滝に打たれ斎戒沐浴を繰り返していた大阿闍梨が霊界へ降り青龍の魂魄を抱いて入滅した。
 すぐに護摩壇では、調伏法の祈祷に切り替わり、一斉に怨霊退散の護摩が焚かれ始めた。数多くの阿闍梨が昼夜を分かたず唱える真言が晩秋の廃都に木霊して二度目の陽の入りを迎えようとしていた。
 一瞬、一度沈んだ夕陽がまた昇り嵐山の紅葉を燃やしたのかと見紛うほど西の空が赤く照り輝いた。
 まさに魑魅魍魎が踊躍し、禍が起こると言われる逢魔が時であった。
 その紅光よりも鮮やかな内掛けが玄武の背上で翻った。淀君が傍らに傅く白虎へ指示を出す。虚空に伸ばした淀君の指先が護摩壇の集まる清水寺付近を指していた。
――坊主どもに気休めであることを知らしめよ!
 忌わしい甲高い声が東山三十六峰を揺るがした。天高く咆哮した巨大な白虎が清水寺へ大跳躍し、前肢で風を切った。白虎の起こした鎌風が半数以上の護摩壇を破壊した。さらに本堂である懸造の舞台が、檜皮葺きの屋根もろとも鮮やかに染まった山紅葉の谷へ砕け落ちていった。寛永十年(一六三三年)、徳川家光の寄進によって再建されたばかりのものである。
――己が無力を嘆くがよい!
 慌てふためく阿闍梨達や逃げ惑う多くの従僧を嘲笑する淀君の声が途切れることはなかった。一気に攻め落とされて命を失った陰陽師より死を目前に控えて逃げ回る僧侶達の方が、数段上の恐怖を味わっている。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介