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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 師匠のすぐ隣に座る与吉が手拭いで顔の汗を拭いながら儀兵衛を窺った途端、石榴の実を投げつけられた。無口の儀兵衛は弟子を睨んだだけで鏡面を磨く手と呪文を唱える口を休めなかった。与吉は師匠の鬼気迫る顔を見て身の毛がよだった。何かが憑依している。そんな風に見えた。それが神なのか仏なのか、はたまた悪鬼なのか与吉には、わからず目を逸らした。
 視線の先は月読と天久斯麻比止都命を祭った神棚で止まった。
 月読は、太陽神天照大神の弟神にあたり夜を統べる神で、天照大神とは陽と陰の関係である。また天久斯麻比止都命は天目一箇神の別名で、岩戸隠れの際に刀斧、鉄鐸を造ったといわれる鍛冶を司る神であった。その二つの神が宿る憑代は、儀兵衛が贋作を作る際、万物化成の盛衰となる陰陽の気と、技巧を弄する力をこの隔離された作業場内に注ぎ込んでくれていた。
 元になる物象を陽とし、似せて作る客体へ十分相対できる陰の気を吹き込まなければ神を欺く贋作はできない。それが儀兵衛の口癖であった。
 師匠の言葉を思い出した与吉は、気合を入れ直して鏡面に向い合った。
 仕事場の空気が熱気で充満している。我慢できなくなった職人の一人が、儀兵衛の戒めも忘れ、ふらふらと閉じてあった格子窓の板を外そうとした。
「何をしておる。死にてぇのか!」
 儀兵衛が鬼の形相で叱り飛ばした時だった。四十畳以上はある頑丈で大きな作業場が大砲でも撃ち込まれたようにずどんと激しく揺れた。
「来た! 抜かるんじゃねぇぞ。誰も中に入れちゃいけねぇ」
 何のことか咄嗟に理解できなかった弟子達が戦慄して立ち上がった。甲賀信楽衆の中でも彼等は泰蔵や右京とは違う職人集団であったが、それでも手には幼い頃から馴染んだ武器を持っている。
「欺騙の儀兵衛よ。そんなものをいくら作ろうとも御方様の地獄焔を撥ね返すことはできぬ」
 高らかな笑い声が天井から響いてきた。
 儀兵衛等が一斉に上を見上げた。天井には梁に足を掛け、黒光りする刀を手にした真田忍者と思しき者が七人、蝙蝠のようにしてぶら下がっている。
「ならば何故儂を襲う。それほどこの儂が恐いか」
「口の達者な爺さんだ。口は災いの元ということを教えてやろう」
 蝙蝠のようにぶら下がったその男は刀身を口に銜え目を半眼に閉じて印を結んだ。
「おぬしの顔は大坂の役で見覚えがあるぞ。三雲の佐助じゃな。もう世は変わった。悪足掻きはよすのじゃ。同じ甲賀のよしみで忠告する。豊臣は負けるべくして負けたと思わぬのか。今更、豊臣の世に戻して何とする? 一度死んだ身であろう、早う成仏せぃ!」
 儀兵衛が言い含めるように佐助に対峙したが、儀兵衛の言葉は聞き流されているようだ。佐助の血で濡れたような真っ赤な目がかっと開かれた。
「儀兵衛、真田丸にて真田幸村様の影武者が被る似せ面を作ったことをもはや忘れたか! 精巧な仮面の出来栄えに幸村様から褒美を貰った恩も忘れ、徳川につくとは、同じ甲賀者として情けなや」
「馬鹿もの! 仕事をすれば対価を貰うのは当然じゃ。おかげで幸村は薩摩まで逃げおうせたであろうが。四十年以上も昔の話にいつまでも縛られてはおらぬぞ」
「淡路島の藻塩を魔除けに使おうが、我等には効かぬわ」
 佐助は懐から取り出した爆裂弾を投げつけ、作業場の北に備え付けてある神棚を粉々に破壊した。
 飛び散った榊の葉が儀兵衛の肩に舞い落ちてきた。
「罰あたりめが………まず神棚から壊すとは、ますますおぬしのいう御方様とやらの恐れ戦く姿が目に浮かぶようじゃ」
 儀兵衛が言い終わらぬ内に与吉等二十人余りの弟子達が一斉に十字手裏剣を天井へ向かって投げた。しかし、手裏剣は真田忍者の体を通り抜けて天井の梁に突き刺さった。
「おのれっ、幻影か……鏡を守れ! 死んでも鏡を渡してはならぬぞ」
 儀兵衛が弟子達へ向かって叫んだ。与吉達が出来上がった鏡の山と儀兵衛を守るために動いた。
 すでに佐助等は天井から姿を消している。儀兵衛の配下は身を研ぎ澄まして辺りを窺ったが、気配さえない。
 一人の職工が、鏡磨きに使った硬砂を所構わず投げつけてみたが反応はなかった。
 全員が同じ幻影を見たのだろうかと疑念を持った時であった。
 壁を背に天井を睨んで身構えていた信楽衆が、壁の中から突き出された黒い忍者刀で背中から斬られて絶命した。その刀はすぐに消えた。
 敵の姿が見えない。気配も殺している。
 静寂だが作業場の空気な中には血の匂いが漂い始めた。
 中央にいた信楽衆四名が見えない敵に斬り殺された。鏨を握った腕だけが儀兵衛の前に転がる。
 疑心暗鬼を生じた一部の職人には滅茶苦茶に武器を振り回す者もいて同志打ちの危険も孕んでいる。
 儀兵衛は、できたばかりの鏡を手にしていた。その鏡面に真実の世界が映っていた。
 鏡に目を落とした儀兵衛が一喝した。
「皆、鏡を持て! 我等の作った神鏡は、幻化も映しておる」
 儀兵衛は自分の作った贋作に宿った能力に慄然とした。
 儀兵衛の命令に配下の信楽衆がすぐさま近くの完成した鏡を取る。すぐに鏡は作業場の空気と同化していた透明の真田忍者を映し出した。さらに篝火の反射光が当ると、幻術が解け、真田忍者の姿が現れ始めた。
 しかし、姿が見えたからといって職人集団が勝てる相手ではない。真田忍者達は、縦横無尽に黒い刃身を振るってくる。出来上がった鏡もその動きの中で踏み潰されていく。儀兵衛等は抵抗することも逃げ出すこともできず全滅を覚悟するしかなかった。
 また激しく屋敷が揺れて入口の鍵が破壊された。その狭い入口から黒装束の武芸者集団が一気に傾れ込んできた。武芸が得意ではない職人の信楽衆は新たな敵かと恐怖が増大した。
「爺さん、錠前が頑丈すぎるぞ」
「おお、市来の小倅か、遅いぞ」
 儀兵衛が安堵の表情を見せた時には、すでに右京と連也斎によって二人の真田忍者が斬り斃されていた。
 遅れて派手に打ち砕かれ一気に灰塵と帰した真田忍者がいた。鈴であった。鈴はそのまま聖剣を構え直して作業場の中央へ躍り出た。
 黒い忍者刀を逆手に持った真田忍者が気配を消し、すっと鈴の後ろに忍び寄る。そのまま鈴の右銅を目がけて死角から斬り上げた。
 鈴のクルスが閃光を発し、振り返った鈴の気合が作業場の壁と天井を揺らした。
 先に斬りかかった男が遅れて振り落とした鈴の鳥速の剣に戟塵となって破裂した。
「鈴、前に出過ぎだぞ。拙者の後ろに下がるか、儀兵衛殿を守れ!」
 右京の叱責する声に口を尖らせて不満を見せる鈴はそれでも儀兵衛を庇うように、真田忍者を牽制しながら下がっていった。
「鈴之助、俺達にも獲物を残しておいてくれよ」
 霞に構えた連也斎が鈴に軽口をかけながら儀兵衛を狙う猿飛佐助の前に勢いよく飛び出して行った。
 佐助以外の真田忍者三人は右京と裏柳生に取り囲まれて進退窮まっている。
 佐助はこれまでと判断したのか連也斎に向かって内獅子印を結ぶと火焔弾を撃った。佐助しかできない火遁の術である。鷹の紅蓮ほどではなかったが刀勢で弾き返すには距離が近すぎた。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介