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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「右京の兄ちゃん、このクルスを持っていてくれないか? 捨てるわけにはいかねぇし」
「ならば拙者は墨で顔を汚さんでもよいのか。それは助かる」
 右京がそのクルスを手に持った時、クルスが淡く光った。四郎も新しい持ち主として右京を認めてくれたようだ。泰蔵が羨望の目で右京の手に渡ったクルスを覗いた。
「おい、みんなこっちへ集まれ。休憩は終わりじゃ」
 泰蔵が大きな柏手を打って、話を作戦会議に戻そうとした。既に丑の刻は過ぎ、藩邸の家来による灯りの取り替えが三度に及んでいた。


関ヶ原へ


 暮秋の関ヶ原へ向かう嘉昭一行は刻々と甲賀衆から入って来る戦況報告を聞きながら、足を速める。中山道近江路で草津を過ぎた。嘉昭、泰蔵、龍雲、鷹、伊織と小倉藩京都屋敷在勤の武士団十四名、そして影警護をする甲賀衆精鋭の道行である。
 右京と鈴、それに連也斎と裏柳生十八名は別の経路で関ヶ原を目指していた。一時的でも鈴と離れることに鷹が不平を洩らしたが、鷹自身が淀君の的になっている以上、鷹の属する組が一番危険なのだ。右京と連也斎、それに裏柳生がついていれば鈴も安心だろうと思うことにした。
 御三家である尾張藩が柳生連也斎からの懇請もあり江戸と連絡を取りながら既に戦の準備に入った。幕府との手続きに手間取っていることで嘉昭等は苛立ちを覚えたが、近隣の藩も同調して関ヶ原を目差している。しかし、幕府が腰を上げてくれたことだけでも心が軽くなった。それだけでよかった。始めは信じてもらえないかという危惧もあったが、西国諸藩からの上訴や援軍の申請、さらに根拠のない風評も大量に江戸へ届き、それを裏付ける泰蔵等公儀隠密の活躍が功を奏したといってよいかもしれない。ただ実際に幕府から討伐軍が送られても犠牲が増えるだけかもしれないと頭を過る。まさに嘉昭達にとっては、討伐軍が来て欲しいという気持ちと進退両難であった。
 江戸の防備が進んでいることを江戸在勤の甲賀者を従えて立ち戻った女郎蜘蛛の菊之介が教えてくれた。
 菊之介はそのまま手薄になった京へ情報を掴みに走った。
 予想通り京での淀君と青龍、白虎、朱雀をめぐる攻防は熾烈を極めているようだ。獣神が淀君の翼下として転生させられるのも重大な問題であるが、おかげで時を稼ぐことができる。
「御坊、やはり敵も我等の力を認めているのかもしれませぬな。淀君一人でさえ、我等手を拱いていると申すのに」
「嘉昭殿、この世に完全無比なものなどござりませんよ」
「ならば淀殿にもどこかに弱点があるということでござるな。それがどこにあるのか早くみつけねば、どれほど多くの命が失われるか………御坊、御存じであれば、ご教授願えませぬか」
 嘉昭が真っ直ぐな目で龍雲を見詰めた。肩に力の入った嘉昭を見て龍雲が目を細めて頷く。
「そうじゃのう…………淀殿の悲しみ、そして苦しみ……それがどこから来たのか、それを考えなされ。何故、焔をもって万象を焼き尽くさずにはおられぬのか」
 京に向かって合掌した龍雲に、得心した伊織が敬意を表して一礼する。
 伊織は小倉藩筆頭家老として小倉藩の再興を強く願っており、並々ならぬ決意で臨んでいた。
 頭を抱えて黙考していた嘉昭が足を止めた。龍雲はそんな嘉昭を意に介した様子もなく近江路を下って行く。
「数多の殺戮と破壊を繰り返す妖怪に、慈悲の心を持てと仰るのでございますか?」
 龍雲は嘉昭の問いに答えないまま、まるではぐらかす様に枯れた笑い声を上げた。
「嘉昭どん、難しゅう考えなさるな。おいどん等も最初は手も足もでんかったが、何とかここまで生き長らえもうした。いよいよ最終決戦でござるぞ」
 泰蔵が早く来いというように嘉昭へ向かって手を振った。
 淀君の放つ地獄焔が一時に一定量しか放出できないことがわかっただけでも嘉昭等に自然と勇気が湧いてくる。転生させられた者達との戦い方も連也斎等裏柳生の決死の働きで要領をつかめた。さらに都中の僧侶が謹んで恐れ入り、鎮護国家の大法である孔雀経法に通じた謎の雲水龍雲が加わった。
 鷹も初めて会った頃に比べれば術の強さも上がってきている。地獄焔に対抗できる迦楼羅の秘法には及ばないがその前段階である朱雀を戦いの中で会得したことは大きな力になった。それに本来であれば徳川幕府に遺恨を抱いていてもおかしくない天草四郎が鷹との友情で合力してくれている。嘉昭一行の力も確実に強化されてきているのだ。
「後は何とか地獄焔を撥ね返せればよいのだが………」
「嘉昭どん、八咫鏡のことかね。どひこ儀兵衛でもそいやでけんと思う。無理じゃ」
 八咫鏡は、天照大神が天の岩戸に隠れた時、石凝姥命が作った鏡である。天照大神が岩戸を細めに開けた時、この鏡で天照大神自身を映し、興味を持たせて外に引き出した。そして再び世界は明るくなった。そんな神鏡など人が作れるわけがないと、泰蔵は天岩戸伝説を引用した。
「小頭、それは神話伝承の話でございましょう。安徳天皇とともに壇ノ浦に沈んだ鏡は八咫鏡に似せて人が作ったもののようでございます。贋物作りの儀兵衛の親父様が作れぬものではありますまい。道明寺天満宮の犀角柄刀子は酔っぱらった泰蔵様が盗み出し、儀兵衛の親父様の作った贋物と入れ替えてきたのをお忘れなさいましたか。まだ贋物じゃと知れておらんようでございます。また、正倉院の宝物の話も小頭が絡んでおりましたな」
 同行の信楽衆からの話を聞き、嘉昭が驚いて泰蔵を非難する目で見る。龍雲が楽しそうに枯れた笑い声を上げた。
「昔の話じゃっど……若かったし。もう、晋左師匠様、余計な話はせんでよかよ」
 泰蔵がわざとらしい咳払いで視線を外した。
 泰蔵の慌てぶりが鷹には可笑しくて、そして不思議だった。聞いて見るとその晋左師匠様と呼ばれた信楽衆は、その昔泰蔵の世話役兼教育係であったらしい。今では泰蔵の方が位は上だが、頭は上がらないようだ。
 泰蔵は昔の師匠から距離を取るように、すたすたと先頭に立って歩いた。

 信楽の仕事場に戻った儀兵衛は最終段階に入っていた。
 弟子の信楽衆二十二名に加えて、同じ甲賀の金属加工を得意とする飾職人、刀鍛冶十一人が集められ、夜を徹しての細工を続けていた。工房の入り口は厳重な鍵と盛り塩で結界が張られて外からの侵入を阻んでいる。儀兵衛に触発されたのか、全員熱に浮かされて八咫鏡の複製を作っていた。用意された食事の握り飯に手を付ける者は誰もいない。
 儀兵衛は古の技法に従って銅鏡を作った。今、弟子と一緒に石榴で鏡面に磨きをかけている。古来、石榴の実は、銅鏡の曇りを防止するために磨く材料として使われていた。仕上げは儀兵衛が八咫鏡の表面に薄くついた緑青を削り取り、孔雀石から製した岩緑青という緑色の顔料と混ぜて、できたばかりの鏡に塗り込める。その際、儀兵衛が何か経のようなものを呟いているのだが、高弟の与吉さえそれが何の呪文なのか未だ伝授されていなかった。
「親方、もう三百枚を超えました。一体どれほど作るつもりです。早く関ヶ原へ運ばなければ、泰蔵様がお待ちでしょうに」
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介