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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「半人前の天狗様なんですけどね。龍雲のお爺さん、次は私にも書いてくれますか? 孔雀何とかっていう御経を」
 偶然近くにいた鈴が、降魔真言を書いて欲しいと願った。
「お嬢ちゃんには必要ないよ。その胸に下げているクルスが身を守ってくれておる。それに手にしておる剣は異国の降魔の力を持っておるようじゃ」
 龍雲は一目で鈴のクルスと剣の力を見抜いた。聞いていた嘉昭が目を丸くして驚いた。鷹が「また阻止する者を呼び寄せたみたいだね」と耳打ちした。
「龍雲殿、淀殿の怨霊を調伏する術を御存じではござりませぬか?」
 嘉昭が連也斎を押し退けると龍雲の前で額を畳に擦り付けるようにして土下座した。
「小笠原嘉昭殿か」
 まだ名乗っていない嘉昭がドキリとして顔を上げた。龍雲は小さく笑いながらも首を横に振った。
「申し訳ない。さきほど見た怨霊の恨みの強さには、儂でも敵わぬ」
 小倉藩邸の大広間の温度を下げるほど失望の溜息が至る所から漏れた。
 しかし、表情を変えぬまま龍雲は話を続けた。
「一体、誰が、何を考え、淀殿の転生を企んだのか? 豊全が死滅した今となっては知る由もないが、よくも見事にあの術達者を斃せたものじゃ。恥ずかしながら儂も何度か調伏の呪詛を試みたが、豊全の法力に全て跳ね返されてしもうた。おぬし等が力を合わせれば、儂などよりもずっと素晴らしい。この美しき国が地獄の火焔に包まれ形を失っていくのは避けなければならぬでな。微力ながら拙僧も手伝わせてもらうぞ、嘉昭殿」
 嘉昭が改めて龍雲に平伏した。いつの間にか、所司代の牧野も嘉昭の横で深く額衝いていた。所司代は龍雲が何者か知っている様子であった。
 龍雲の出現で淀君の怨霊を降伏する打合せが滞っていた。まだ、どのように淀君を関ヶ原へ誘き出すのか、そして、その時の陣容をどうするか、話がまだ辿りついていない。
 広間の中央から咳払いが聞こえた。
「恐れながら泰蔵様、八咫鏡を調べさせてもらえんじゃろうか?」
 甲賀衆の中にひっそりと身を潜ませている老人がいた。
「欺騙の儀兵衛か。八咫鏡を調べてどうする?」
「複製を作ってみようかと……年寄りの手慰みでございます」
「先ほども見たであろう。ただの鏡ではないぞ。古よりの霊力が備わっておる。形だけを真似たとしても同じ力を持つわけがなかろう。それに妖怪が本気を出せば八咫鏡でも防ぎきれぬ。そのことは嘘ではあるまい」
「泰蔵様、儂の技を見縊りなさるな。騙されたと思って預けてみなされ」
 儀兵衛は偽兵衛あるいは欺兵衛と呼ばれる贋作の名人である。その儀兵衛が上目遣いに泰蔵を見て笑った。だが如何に本物そっくりのものを複製する力があろうとも神の作ったものをその力まで含めて似せることなどできぬと誰もが思った。
 鈴が先程片づけた鏡を取り出して儀兵衛に渡した。
「お爺さん、お願いします。地獄焔を跳ね返せる鏡を作ってください。お願いします」
 鈴は儀兵衛を信頼した目で見つめると、矯めつ眇めつ手の中の銅鏡を眺めていた儀兵衛が鈴に笑い返した。
「大丈夫だ。もっと強力に頑丈なものが作れる。安心しなせぇ、お嬢ちゃん。ちゃんと立派な魂を込めてみせるよ」
 立派な魂とは何かと泰蔵が聞き返す前に、儀兵衛は弟子の甲賀者数名と一緒に鏡を持ったまま早足で藩邸を出て行った。
「ほほう……何ということじゃ、あのお嬢ちゃんは…………」
 遠目で眺めていた龍雲がまるで独り言のように呟くのを鷹が聞いた。
 龍雲は、鈴のことで何か言いかけたが言葉を呑んだ。龍雲が鈴を見て何を感じ取り、何を思ったのか鷹には想像がつかなかった。疑問に思い、声をかけようとした鷹に龍雲の方から先に話しかけられた。
「その胸のクルスを外しなされ」
「え? でもこれは四郎の兄ちゃんの大事な形見なんだ。外せないよ」
 龍雲の思わぬ申し出に、十字架を握りしめた鷹に躊躇いをみせた。拒否ではなく躊躇いだったのは龍雲が並の僧侶ではないと感じていたからだ。
「もっと強く成りたくはないか? そのクルスがお前の成長を止めておるのじゃがな。まぁおぬしがそれでもよいと言うのなら、無理強いはせぬが……」
 鷹が顔を上げると龍雲の優しい顔が目の前にあった。鷹は決心してクルスを外した。龍雲が鷹の肩を両手で掴むと大広間全域に響く鋭い気合を入れた。何事かと部屋中の視線が一気に集中した。
「あ………」
 鷹の体温が一時的に上昇したと感じた途端、体の奥底から何か強く固いものが湧き出てきた。鷹の体を構成する回路がまた一つ繋がった気がした。
「もう大丈夫じゃ。そのクルスをしておった時と同じ防護壁を自分の思いでいつでも発生することができるようになったはずじゃ。ま、自分の考え通りというには少し鍛錬せねばならぬがな」
 龍雲は連也斎を呼んだ。既に何事が起こったのかと広間中の耳目を集めている。
「連也斎殿、得意の雷刀でこの子を斬ってみてはくれんかのう」
「今、この小童を殺すわけにはいかぬ。妖怪を誘き出す餌じゃからのう。そうじゃ袋竹刀を使うか。じゃが小僧、気を失うことぐらいは覚悟いたせ」
 連也斎は裏柳生に命じて練習用の袋竹刀を持ってこさせた。
 龍雲が鷹へ向き直る。
「おぬしは何もせんでよい…………はずじゃ」
「なんだか自信のない言い方だよ。お坊様」
 鷹が不安がるのを龍雲は楽しそうに笑って連也斎へ合図した。連也斎は鼻で小さな息を吐き出すと上段に構えた。
 鷹はもう一度龍雲の顔を窺ったが笑顔で頷くばかりであった。観念した鷹が目を瞑ろうとした時、神速に袋竹刀が撃ち下ろされた。
 竹の弾け散る音が辺り一面に響いた。
「御坊、何をしてくれた? 肥後守秦光代を使わずに良かった。砕け散っておったところじゃ。儂にもその小僧のように術をかけてくれ」
「ふぉふぉふぉ………それはできぬ。この子にはもともとその素養があったのじゃ。儂はただそれを引き出してみただけよ。おぬしにはそれを上回る剣技があるではないか。攻撃は最大の防御よ。それに儂もおるではないか。ふぉふぉふぉ……」
「喰えぬ坊主じゃの」
 その場に胡坐を組んで腰を降ろした連也斎は手に残った袋竹刀の柄の部分を鷹へ向かって投げつけた。その途端、近くにいた者は鷹の体へ柄が触れる前に跳ね返されると思い身を防いだが、へらへらと笑う鷹の頭にしっかり命中した。
 柄は畳の上を転がった。
「お坊さん?」
 頭を押さえた鷹が慌てて龍雲に詰め寄った。
「あれぐらいでは死なぬじゃろ。自分で避けなされ。クルスをぶらさげていた時もそうだったであろうが」
 鷹はがっかりした声を上げて頭を抱えた。
「そうか!」
 連也斎はにやりと笑うと鷹を無理やり引き寄せ自由を奪うや、いきなり頭や背中を小突き始めた。
「やめてくれよ!」
「これくらいでは死なぬであろう」
 まるで子供のような無邪気さで戯れる連也斎と鷹を鈴が羨ましそうに見詰める。鷹も決して厭がっていない。
 鈴は、連也斎のことを誤解していたのかも知れないと思った。泉水に落ちそうになった鈴を救った連也斎の手も優しく温かだった。口や態度の悪さは、きっと照れ隠しなのだ。そう思うと連也斎に対する恐さが薄れた。
「ほんとに柳生はしつこいな」
 連也斎の腕を振り解くと鷹は右京の傍まで逃げて行った。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介