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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「まず、青龍、白虎、朱雀の三神が妖怪により転生させられることを防ぐ」
 泰蔵の言葉にどこかでこの話し合いを見守っていた天草四郎から提案があった。その場にいる者達の心に四郎の声が届いた。
《私と聖霊が朱雀の上で結界を張りましょう。三神全てをと申したいところですが、淀殿の力に抗するには我等の力を三つに分散することができませぬ》
「東の青龍は、我等にお任せあれ。全山挙げて妖怪から守りましょう」
 真言宗総本山東寺の導師が厳かに合掌した。異教の徒に対抗意識を持ったわけではないだろうが、弘法太子以来の仏教各派に対する密教の優位性に対して自信に溢れていた。
「ならば西の白虎はお任せ願いたい。我が土御門家の名を騙った者へ、正統な安倍晴明の力を継ぐ者の力をお示しいたしましょう」
 東密に対抗したのか陰陽師が名乗りを上げた。
 泰蔵は嘉昭と目を合わせる。天草四郎の力は体験済みであるが、東密と陰陽師の力は未知数であった。しかし、他に頼る者もいないことは確かであった。嘉昭が泰蔵に頷いた。
「それでは、各々お頼み申す。玄武復活をしかと見分された方々じゃ。老婆心ながら申し上げる。われら平家の大船団が甦ったのも体験し申した。努々妖怪の力を侮ってはなりませぬぞ」
 泰蔵が睨むような目で再度その決心を確認したが導師も陰陽師も揺るがなかった。
「さて、次じゃ。四神以外に淀君が転生させたい者は誰だ!」
「豊臣恩顧の武将もほとんどが反石田光成勢で関ヶ原では、東軍についております。真田幸村、後藤又兵衛を斃した後は、大野治房、毛利勝永などが考えられましょうが、誰が転生しましょうが、攻略する方法がわかった今となっては、我等裏柳生の敵ではありませぬ」
 裏柳生のまとめ役が鍔鳴りを響かせて自信のほどを窺わせた。
 泰蔵は、石田光成を始めとする武将の終焉地への見張りを手配りした。
「見張りだけじゃぞ。転生を阻止しようなどと関わってはならぬ。速やかに我に報せよ。妖怪の動きも含めてな」
「発言してもよろしいか?」
 裏柳生の一人が遠慮がちに泰蔵へ口を挟んだ。
「我等が真に恐ろしいのは、武芸に秀でた者。それが妖術により生前の力以上のものをもって転生することにござる。例えば、我が流派でいえば、柳生十兵衛様、あるいは、宮本武蔵様、伊藤一刀斎様などでござる」
「だが平清盛公は、淀殿の誘いを快く思わず、知盛殿の成仏に手を貸していただき申した。今名を上げられた方々は、皆一角の武芸者。すべてが淀殿の誘いにのるとは思えぬが……」
 自分の師匠の名が出たからか、宮本伊織が疑問を呈した。
「伊織殿の御心痛を失くすためにも既に身罷られた武芸者の墓にも手配りいたそう」
 泰蔵は、そう言うとさらに甲賀者を手配した。
「連也斎殿、真田幸村殿を斃されたと申したが、その時真田の御家来衆も一緒だったとか」
 右京がふと思い当って連也斎に問いかけた。連也斎の代わりに他の裏柳生が答えた。
「十勇士の面々でござるな。三好清海入道、三好伊三入道、穴山小介、それに昨日は霧隠才蔵を連也斎様が屠りましてござる」
 彼らの脳裏に強敵であった十勇士との戦いが甦った。特に幻術を多用する霧隠才蔵には、多くの仲間を殺された。鬼才柳生連也斎がいなければ、裏柳生は全滅していたかもしれない。そのことは裏柳生もわかっているらしく才蔵を屠ったのが連也斎であると殊更強調して誇った。
「三雲佐助賢春殿はおりませんでしたか?」
 右京が一人の名前を上げた。
 三雲氏は、甲賀五十三家の一つである。三雲佐助賢春とは、猿飛佐助の異名を持つ甲賀忍者であった。霧隠才蔵の手強さを思い起こしたのか、才蔵以上の幻術上手だという猿飛佐助の名に口には出さないが裏柳生の顔が暗然たる面持ちで歪んだ。
「佐助殿を転生させておらぬとは考えられませぬ。他にも、由利鎌之助、筧十蔵、海野六郎、根津甚八、望月六郎などという歴戦のつわものがおりまする。彼等が幸村亡き後、真田大助幸昌のもとにまとまれば、厄介………」
「既に転生しておるだろうよ。ババァとその孫が捨て置くはずがない。そのために我等がここにおる」
 今までずっと黙っていた連也斎が口を開いた。
「柳生のおっちゃん、体中に書いた降魔真言は効き目があったみたいだね。生き返った忍者の魔力が消えて、生前の力に引き戻されていた。子供だましの落書きかと思っていたよ」
「馬鹿を言え。いや、偶然であったのだが、ちょうど岡山へ向かう途中、不可思議な旅の雲水に会うたのよ。我等がどこへ向かっておるのか知っておって、どうしてもというので、気休めに書いてもろうた。今にして思えば、高名な阿闍梨殿であったのかのう。残念なことに名も聞いておらぬ。次の機会があれば自分で書けと手本をくれた」
 連也斎が無造作に懐から取り出した書付を覗いた東寺の導師が驚いた。
「大孔雀明王経………どなたがこれを?」
 真言密教において孔雀経法による祈願は鎮護国家の大法とされ最も重要視されていたが、禁裏を始めとする貴族社会と一部修験者のみでしか伝えられておらず、衆生のものではない。
「誰でも書けぬのか。それならこんなもの持っていても無駄じゃのう」
 連也斎が残念な素振りも見せず書付を放り投げた。
「捨てることはない。念じて書けば、誰が書いても効き目はある。それとも不可思議な雲水がそなた等に随行しようかのう。連也斎殿」
 枯れた声に一同が驚いて振り向いた。最後列に笠もとらずに座る雲水が胡坐をかいていた。連也斎が親しげな笑顔を浮かべて立ち上がると、甲賀衆や寺社方をかきわけ傍へ寄って行った。
「おお、御坊ではないか。あの時は、そなたの言うことを全く信じておらず誠に失礼をした。じゃが、おかげで助かったぞ、怨霊の力を封じることができた。敵も普通の人間並みに戻ったぞ」
「そうか、それはようござったな。信じておいてくれれば、もっと効き目があったかもしれぬがのう」
 雲水はからからと笑った。
「これは、仁和寺の承法法親王様ではござりませぬか。なにゆえかような姿で……」
 東寺の導師が笠の下の顔を覗くや慌てて畏伏した。承法法親王とは、仁和寺二十二世門跡で後大御室後水尾天皇第七皇子である。すぐに雲水の顔を知る者達が一斉に平伏した。
「誰のことじゃ? わしは旅の雲水、龍雲と申す。人違いでござろう」
 鷹は嘘の下手な老人だと思った。だが本人が龍雲であるというのなら、そう呼べばいいのだろう。
「して、龍雲殿。どうしてここへ?」
 傍若無人に映る連也斎の態度に取り囲んだ寺の坊主連中は、額から冷や汗を流して恐縮していたが龍雲と名乗る雲水は、さも楽しそうに笑っている。
「いや京の空が妖しく荒れていたからのう。その誘因がこの屋敷から発せられていたので覘いてみたのよ。そうしたらおぬしがいた」
「お爺ちゃんも一緒に行ってくれるのかい? 関ヶ原へ」
 鷹が気軽に声を掛けた。
「おっ? おぬしから面妖な霊気が出ておる。人ではないのか」
 おいら人間だよと言いかけた鷹の肩を抱き抱えるようにして連也斎が鷹を天狗の子と先に明かした。
「長生きはしてみるものじゃな」
 今度も龍雲は楽しげに笑ったが、目は鷹の心の奥底を見据えるように光った。鷹の胸の痛みを見透かされた気がした。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介